2016.04.20

人はなぜ変われないのか――
判断に影響する「アンカリング効果」

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 今回は、認知バイアスの中でも比較的知られていると思われるバイアスを取り上げよう。それは「アンカリング効果」である。

 船は海上に停泊するとき、錨(アンカー)を海底に降ろし、船とアンカーを鎖(錨鎖)やロープでつなぐ。このとき船は、アンカーを中心として、鎖やロープの長さの範囲内で移動することができる。すなわち、船の可動域は、錨の設置場所に大きく制約されるのである。

 同様に人の判断も、何らかの基準が与えられると、それがアンカーとなる。そして、多少の調整を加えた後で最終的な判断をするが、それはアンカーに強く制約されることになる。その時、合理的とは言えないアンカーであっても、判断に大きな影響を与えるために、最終的な判断はバイアスがかかったものになってしまう。それが、アンカリング効果である。

正価の値札がアンカーになる

 抽象的で分かりづらいため、実例・実験例を挙げよう。値札に「定価2万円」などと書かれ、それが2本線で消されて、下に「特価1万6000円」などと表示されていることはよくある。2万円がアンカーとなり、それに比べると1万6000円は安いから、買うという決断がしやすくなる効果を狙っている。この2万円という定価が適正であるかどうかは全く分からないにもかかわらず、それに比べて1万6000円は安いから買ってしまおうと判断するのである。

 これを悪用した例もある。スポーツチームの優勝に合わせたECサイトの優勝記念セールで不正な価格付けが問題になったことがある。10個入りの菓子の通常価格を1万2000円とし、それを優勝チームの番号にちなんだ77%引きの2760円で販売すると称するものであった。この通常価格は実態のない異常なものであり、いかにも大幅に値引きをして販売しているように見せかけたものだった。アンカリング効果の悪用としか言いようのないやり方である。

 このように定価や通常価格がアンカーとなって、販売価格が安く感じられるアンカリング効果は、価格比較するというシンプルなものであり、いかにも生じそうだと分かる。しかしアンカリング効果が怖いのは、全く無関係な数値もアンカーとして機能して、判断に影響を及ぼしてしまうことである。

携帯電話の番号が作曲数に影響を与える?

 私は学生を対象としていろいろな種類のアンカリング効果の実験をしているが、その一つに次のような実験がある。次のようなものだ。

 ヨハン・セバスチャン・バッハが生涯に作曲した曲数は何曲だと思うかを推定してもらった。その際、まず、学生たちに自分の携帯電話の番号の下4ケタを紙に書き、次に作曲数がその番号より多いか少ないかを答えた上で、その後で具体的な作曲数の予想数値を書いてもらった。その結果、携帯電話番号の下4桁が小さい方の人たちの平均予想作曲数は1273曲であり、大きい方の平均は2162曲と大きく異なっていた。ちなみに正解は1087曲である。

 バッハの作曲数と携帯電話番号が全く無関係であることは、回答者はもちろん自覚しているし、作曲数の推定に当たって、携帯番号の影響は全く受けなかったと多くの学生が答えた。それにもかかわらず、明らかに影響を受けているのである。これがアンカリング効果の怖さである。価格推定の場合には、基準値が何らかの関連を持つと考えても不思議ではないが、この実験のように明らかに無関係な数値にも影響してしまうのである。

 アンカリング効果は多種多様な状況設定でさまざまな人を対象に研究が行われている。その一端を紹介しよう。まず、価格設定の専門家はどう影響されるのだろうか。

専門家も影響!? 経営判断の際は念頭に

 ある実験で、専門家と素人に住宅の販売価格を見積もるという作業を依頼した。住宅の詳しい情報、近隣の住宅価格などが、恣意的に決められた希望販売価格とともに、参加者に知らされた。その結果、それぞれの査定価格は、素人はもちろん、専門家でさえもこの希望小売価格に影響されていた。実験後に、見積もりに当たってどの情報を重視したのかを聞いたところ、提示された希望販売価格と答えたのは、素人のうち9%、専門家のうち8%に過ぎなかった。専門家でさえ無意識にアンカリング効果の影響を受けているのである。

 経験を積んだ判事でさえ、判決が求刑に影響されることも分かっている。たとえ素人が出したものであっても、求刑がアンカーとなって判決を左右するのである。また、人の印象形成にとって、第一印象は大切と言われるが、第一印象がアンカーとなって、人の性格や能力の判断に影響を及ぼすのである。面接試験などではこれによってバイアスがかかることが考えられる。

 企業でも個人でも交渉に当たっては、最初に互いの条件を提示して交渉が進められるが、最初に提示された条件がアンカーとなって、後の判断に影響を及ぼすことはよく経験するし、またよく知られている。
 
 アンカリング効果は、前回述べた確証バイアスとも大いに関連がある。われわれは、最初に設定された仮説・数値・出発点が、不適切や無関係であったとしても、それらに反する証拠を積極的に探して考えることをせずに、そのまま受け入れてしまったり、それらを支持する根拠ばかり探したりすることが多い。最初に与えられた仮説・数値・出発点はわれわれの判断に大きな影響を及ぼすのであり、それは一種のアンカリング効果である。

 経営者は、取引先との交渉、事業計画の策定・検討、従業員の採用や業績査定などに当たって、アンカリング効果で判断がゆがめられたり、不適切になる可能性があることを念頭に置いておかなければならない。

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