2015.10.30

人はなぜ変われないのかーー
「現状維持」「不作為」バイアスの呪縛

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 私たちは決まりきった同じことをすることが多い。同じ店で同じものを食べ、同じ通勤ルートを使い、同じ人と話す。ネットやスマホの契約を一旦したら、同じ契約を続ける。仕事や趣味のように少しは違うことをすることもあるが、大きな変化はしないし、望まない。それが一番気に入ったものだから、そうするということもある。実際は慣れ親しんだものだから、離れられないのだ。私たちは変化を好まず今のままでよいと考えがちだ。

「初期状態のまま」も現状維持バイアスが影響

 現在の状態から脱却して新しい状態に移ることには、リスクとコストが伴う。いつもの店ではなく、新しい店で食事するには、おいしくないかもしれないというリスクがある。つまり、変化にはコストやリスクが伴う。このリスクやコストは損失回避性によって過大評価されがちである。また、現在の状態を失うことはやはり損失と捉えがちである。ここでも損失回避性が働き、結局、変化しない、すなわち現状のままでいる方が選ばれることになる。これが「現状維持バイアス」である。

 現状維持バイアスの一種として、「初期値効果」がある。パソコンや家電製品などでさまざまな設定を初期状態のままにしておくことも多いだろう。これに関して、米国の2つの州で意図的ではないが、社会実験が行われた。この2州では2種類の自動車保険が販売されていた。1つは保険料は安いが保険の範囲は限定されているもの、もう1つは保険料は高いが保険の限定は少ない、といったものだ。

 1つの州では、初期設定として、自動車保有者は自動的に安い方(保険範囲は限定されている)の保険に加入し、割増保険料を払えば高い方に変更できる。80%の人は初期設定のままで加入していた。一方、もう1つの州では逆に高い方を初期設定にしていたが、安い方も選択できる。だが、75%の人は初期設定のままであった。もし、もし高額の保険が設定されていた州で低額の保険が選択できるならば、州民は年間数十億ドルも節約できたことが分かっている。このように初期設定がそのまま選ばれるのは、現状維持バイアスが原因の一端になっている。

失敗の恐れがあるなら何もしないことを選ぶ傾向

 現在の状態が「何もしないこと」であるならば、何もしない、すなわち不作為が生じることがある。「不作為バイアス」とは、やって失敗する恐れがあるなら、何もしないことの方(不作為)を選ぶ傾向のことだ。

 例えば、次のような実験がある。「最近、1万人の子どものうち10人が死ぬと予想されているインフルエンザが流行している。ワクチンを接種すればそれは避けられる。しかしワクチンには副作用があり、接種した子ども1万人のうち5人が死亡すると予想されている。あなたは子どもにワクチンを接種させますか?」という実験だ。

 多くの人は、死亡率が2倍であるにもかかわらず、ワクチンを接種しない方を選んだ。たとえ行為をしない方(不作為)が行為をした場合にもたらされる結果よりもリスクが高いにもかかわらず、不作為を選んだのである。このような行動傾向が不作為バイアスであり、人にはよく見られる。「他人に何か手助けをして失敗したら、非難されるし、後悔するだろう。それならいっそやらない方がよい」と思うことは多々ある。

選択肢が多いのは魅力だが決断できない

 この傾向は、個人の生活全般で生じうるだけでない。組織や経営にかかわる事態に対しても、現状維持バイアスや不作為バイアスによって、動くべき時に動けない、決めるべき時に決められないケースは多々あるのではないだろうか。例えば、製品に関してイノベーションすべき時、あるいは組織の再編や改革が必要なときにそれに踏み切れないことである。営業方法、マーケティングや販促キャンペーンの方法などこの傾向が生じる機会は少なくない。

 選択肢が多すぎて選べないこともある。行動経済学者による次の実験も面白い。スーパーマーケットで6種類のジャムと24種類のジャムを用意し、試食してもらった。6種類セットと24種類セットは1時間ごとに入れ替えた。通路を通りかかった人のうち多くは24種類のジャムに引かれて陳列を訪れた。

 ところが、実際に購入にまで至った客は6種類の陳列の方が多かったのだ。6種類のジャムの陳列を訪れた客のうち30%はジャムを購入したが、24種類のジャムを訪れた客のうち実際に購入したのは3%に過ぎなかった。選択肢が多いことは魅力的に映るが、選択肢が多すぎると感じると結局決断できないようである。つまり、選択肢が多すぎると不作為が生じるのである。

どうすれば現状維持バイアスから脱却できるか?

 では、前回解説した損失回避性や現状維持バイアスから脱却するにはどうすればいいのだろうか? この性向は非常に強く、逃れるのは容易ではない。それでも、脱却法はいくつか考えられる。実験や実証的に証明された、損失回避や現状維持バイアスから逃れる方法、あるいは完全に逃れられないとしても、それらの影響を軽減する方法をいくつか挙げてみよう。もちろん万能薬ではない。

  •  まず大事なのは、人間には損失回避の傾向や、現状維持バイアス、不作為バイアスなどの、時には非合理的な選択をするという性向があることを知っておくことである。決定に当たって、自分がそれらのバイアスの影響を受けていると自覚できれば、影響を小さくできる。
  •  決定を第三者に委ねる。第三者は、損失回避や現状維持バイアスの影響を受けにくいことが実証されている。そうは言っても、第三者に決定を委ねることなどできない場合も少なくないだろう。特に、組織や企業ではそうそう部外者に決定権を譲ることはできないだろう。その場合には、少なくとも担当部署以外のメンバーや外部の者に意見を聞いて、それを重視することである。
  • 決定を少しだけ先延ばしする。損失回避は、「損はイヤだ」という感情がもたらすことが多い。時間を置くことによって、感情の影響が小さくなり、現状維持にこだわることが少なくなる。
  •  選択肢が多すぎる場合には、選択肢をなるべく絞るのがよい。しかしそうはいかないケースもあるだろう。心理学者のバリー・シュワルツは、「選択に当たって最善を求めるのはよくない。おそらく後悔が生まれる」と述べている。彼が薦めるのは、「そこそこで満足すること」だ。これは選択という場面ではいつも成り立つことだが、特に選択肢が多い場合には重要である。

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