2015.10.09

人はなぜ変われないのかーー
「損失を回避する」本能が行動に影響

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 人はなぜ変われないのだろうか。心理学や組織論ではいろいろな説が提唱されているが、決定的な説はなさそうだ。ここでは行動経済学の立場から、1つの要因について考えてみよう。それは、「損失回避性」である。

「痛み」の重みは「満足」の2倍から2.5倍

 損失回避性とは、何かを得ることよりも、それを失うことに対する心理的な拒否感が強いことを言う。例えば、「1万円もらえる」場合と「1万円払わなければならない」場合の確率が半々であるようなくじがあるとすると、たいていの人はそのくじを選ぶのを拒否する。

 1万円という金額は同じであっても、それを得る場合と失う場合とでは、失うことの方がはるかに重く感じられるからである。では、失う額が1万円である時、得られる金額がどのくらいであれば、くじを選ぶであろうか。行動経済学者の研究によると、2万円から2万5千円程度である。つまり、失う金額がもたらす「痛み」は、同一の金額が得られる場合の満足より2倍〜2.5倍の重みがあるのだ。これが損失回避性であり、何かを得ることよりも、それを失うことを避けたいという心理傾向のことである。

 われわれ人間は、遡ること数万年から数十万年もの間、食料や物が不足する環境で生きてきた。そのような環境では、獲得した食料を失うことは、生命を直接危険にさらしかねない。食料をより多く得ても貯蔵はできないし、他人に取られてしまうかもしれない。そのため、より多く獲得するより、あるものを失わない方がはるかに重要な課題なのである。

 集団の中での自分の地位を失ったり、仲間外れにされたりすることも、同様に生存を脅かす避けるべき事態である。このような損失を避ける傾向はわれわれの心に染みついている。物が溢れ、余計な物まで溜め込み、食料まで惜しげもなく捨てるようになった現代の生活からは想像しがたいが、そうなったのはごく最近のことなのだ。猿や鳥などの動物でも同じ性質が見られることが分かっている。損失回避性は本能としてわれわれの脳や心に刻み込まれているのである。

回収不可能なコストが判断を惑わせる

 損失回避性は、人が選択肢を評価・判断するときに大きな影響を及ぼし、さまざまな選択行動にバイアスをもたらすことがある。例えば、サンクコスト効果という現象を考えてみよう。サンクコストとは、既に費やしてしまい、もう回収不可能なコストのことを指す。コストには金銭ばかりでなく、時間や労力も含まれる。合理的な選択のためには、サンクコストを無視して選択することが必要だが、もう戻らないサンクコストにとらわれてしまって合理的選択ができないのが、サンクコスト効果である。

 例えば、バイキング料理でついつい食べ過ぎてしまうことはないだろうか。バイキングに3000円払ってしまったら、もうこのコストは戻ってこない。そこで、合理的な選択は、この3000円のことは忘れて、どれだけ食べればよいのかだけを判断して行動することである。カロリー摂取量を気にしていたり、ダイエット中だったりしたら、そこそこで止めればよいのに、つい食べ過ぎてしまう。元を取らないのは「損失」だと判断して、損失回避性が強く働くからである。

 バイキングの食べ過ぎなど取るに足らない問題かもしれないが、公共事業や企業経営の判断でも同様のことが生じているかもしれない。事業がたとえ未完成であったとしても、中途で中止した方がよいケースは多々あるだろう。しかし途中で止めるのは難しい。既に投資したコストは回収できないから、投資した分が無駄になり、もったいないという感覚が判断を惑わせるのである。

 サンクコスト効果はコンコルド効果と呼ばれることもある。英仏が共同開発した超音速旅客機「コンコルド」は、たとえ完成しても採算がとれる見通しはなく、開発途中で中止も検討された。しかし、それまでに投資した巨額のコストが無駄になるという判断で開発が強行されたのだ。その後完成・就航したが、赤字は累積し、事故も起こり、早々に廃棄されることとなった。

 途中で開発を中止すれば、確かにそれまでの投資は回収できなくなるが、赤字額は、開発を強行した場合よりもずっと少なく済んだはずである。公共事業でも、いったん始めた事業を途中で中止するとそれまでの投資が無駄になるという判断によって、事業が強行された事例もある。それまでの努力や時間もかかっているし、計画が間違っていたと認めたくないという意地もあるから、途中で判断を変えるというのは余計難しくなる。

いったん手に入れたものを手放すのは難しい

 損失回避性からは、保有効果が導かれる。保有効果とは、人は自分が持っているものを、それを持っていない時よりも高く評価することである。こんな実験がある。学生を3つのグループに分ける。第1グループにはマグカップを与え、同額のチョコレートバーと交換してもよいと告げる。第2グループにはチョコレートバーを渡し、マグカップと交換してもよいとする。第3グループはどちらか好きな方を選んでよいと言う。

 その結果、第1グループでは90%の学生はそのままマグカップを保持することを選び、第2グループでも90%近くの学生がそのままチョコレートバーを持っていることを選んだ。第3グループの選択は半々であった。つまりマグカップとチョコレートバーの片方が特に好まれることはなかったのである。第1、第2グループの選択は、自分が与えられて持っているものを高く評価するため、交換に応じなかったと考えられる。いったん自分が手に入れたものを手放すのは「損失」であり、それは避けたいという損失回避性が働くために保有効果が生じると考えられている。

 保有効果は「もの」に対してだけ生じるのではない。人は、自分の地位や仕事や権利をいったん保有するとなかなかそこから離れたり、手放したりできないものである。自分のアイデアや好みや習慣についても同じことが言える。新しいことに変えるのは、今の状態を失うという恐れが伴う。この損失を回避したいがために現在の状態にこだわってしまうので、「現状維持バイアス」と呼ばれる。これも人が変われない大きな原因の一つである。

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