2016.05.09

人はなぜ変われないのか――
後からは何とでも言える「後知恵バイアス」

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「そのアイデア、実は僕も考えてたんだよね」などという光景は日常でもよく見られるが……(写真はイメージ)

 「そうなることは最初から分かっていた」「そうなることは必然だった」などと、何か出来事が生じた後で言われるのをよく見聞きするのではないだろうか。後からなら何とでも言えるので、「後知恵バイアス」と呼ばれている。

 後知恵バイアスには、もう一つ別種もある。他の人が決定したことについて、「自分ならもっとうまく決めていた」とか「自分ならあんなミスはしなかった」と考えることである。これも事態が起こった後で言うことなので、やはり後知恵バイアスである。

 後知恵バイアスはしばしば見られるバイアスで、後の意思決定の質を悪化させる恐れがある。意思決定が連続するのは、日常生活でも企業経営でも普通のことであるから、多くの経営者にとって改善が求められるバイアスと言える。

全ての意思決定は後知恵バイアスの影響を受ける

 後知恵バイアスは、行動経済学者や心理学者が精力的に取り組んでいる研究課題であり、さまざまな形で検証されている。例えばこんな実験がある。

 まず、被験者にアガサ・クリスティの執筆した書籍の数を推定させたところ、その平均値は51冊であった。後日、被験者に正解(67冊)を教え、自分の元々の推定値を思い出すように言ったところ、その平均値は63冊に増えた。結果を知った後では、自分が実際より正解に近い予測をしたと考える人が多かったのである。

 かなり古い話だが、米国では1972年に当時のニクソン大統領が、突然中国を訪問し世間を驚かせた。この時、後知恵バイアスの名付け親でもある心理学者のバルッフ・フィシュホフがこれについての実験調査を行った。訪中前に、「ニクソン・毛沢東会談は実現する」「米国は中国を承認する」といった項目について、その実現可能性を確率で推定してもらった。そしてニクソンの帰国後に、訪中前の自分の予測を思い出してもらったところ、多くの被験者が、自分が実際に予測したよりもはるかに正確な、事実と合致する予測をしたと答えたのだった。

 米国では、2001年の同時多発テロの発生を予見していたとする者は、政治家や軍事評論家、そしてジャーナリストの中にも多数いるし、日本でも、バブル崩壊やリーマンショックは必然であって、自分は起こる前から予測していたと主張した経済評論家もいる。分かっていたのなら、先に言って欲しいものだ。

 企業や組織でも同様の事例はよくあるだろう。以前この連載で、おかしな決定をしたMJ社の例を取り上げたが(人はなぜ変われないのか――認知バイアスの罠)、そこで企画部長は、「製品Bの売上が悪いことは最初から分かっていた。製品Bは直ちに販売を止めるべきだ」と発言した。しかし、製品Bの導入を決めた会議で企画部長がそのような発言をしたことはなかったことが、当時の議事録から確かめられている。あまりにもありふれた後知恵バイアスである。

 企業には、商品開発、プロジェクトの立ち上げ、採用人事、組織改革、新規投資など、後の評価の対象となる事案が多数ある。従って、後知恵バイアスの影響を受けやすい材料は山積していることになる。意思決定全てがそうだとも言えよう。

人は過去の自分の考えを正確に思い出せない

 後知恵バイアスによって、意思決定者の決定が正当に評価されず、言われなき悪い評価がなされる恐れがある。手術が失敗すれば、「失敗する確率が高いことを医者は分かっていたはずだ」と決めつけたり、「こんな業績の上がらない社員を採用したのは、採用担当者の見る目がなかったからだ」と非難したりすることになる。そのため、その後の意思決定がうまくいかなくなることは目に見えている。

 よくありそうなのは、後で悪い評価を受けるのを避けるために、意思決定が、前例を踏襲し、新しい提案や行動をしないような、保守的・リスク回避的になることである。

 一方で、たまたま冒険的プロジェクトが運良く成功し、「"賭け"だったけどうまく行くと思っていた」などと後から言う人がいれば、そのようなギャンブル的な意思決定が不当に高く評価されることになる。いずれにせよ、意思決定の質は悪くなる。

 では、なぜ後知恵バイアスは生じるのだろうか。その原因は複数あると考えられている。

 第一に、人は過去に自分が何を考えていたのかを、正確に思い出せないという癖がある。新しい考えや事実を知ると、あたかもそれをずっと前から知っていたかのように思ってしまい、それを知らなかったときのことが思い出せないのである。

 また、自分の過去の判断や決断が間違っていたと考えるのは苦痛を伴い、自尊心を傷つける。そこで、そのような結論を導き出すのを避けるという自分勝手な傾向もある。

 第二に、「自分は人より優れているから、情報をより広く集め、論理的に考え、きちんと分析した、あるいはできる」と考えるような自信過剰なところがある。特に自分の判断力に過剰な自信を持っている。フランスの"皮肉屋"ラ・ロシュフコーが、「誰もが記憶力のなさを嘆くが、判断力のなさを嘆くものは誰もいない」と述べた通りなのだ。さらに、後知恵バイアスが自信過剰を強化することになる。

 第三に、後から知った結果がアンカーとなってアンカリング効果が働き、自分が過去に考えていたことは、実際に起こったことと大して違わないという結論を出すことである。

 第四に、人は事後に、実際に起こったこと以外にどんなことが生じる可能性があったのかを考えることは滅多にないからである。特に物事が成功した場合はそうである。従って、実際に生じたこと以外が起こる可能性は考えず、そこで実際に起こったことがあらかじめ分かっていたように考えがちなのである。これはすなわち確証バイアスである。

 ではどうしたらいいのか? 後知恵バイアスは、認知バイアスの中でもきわめて強力で、解消のための特効薬はないと言われているが、それでも軽減する手段はある。他のバイアスの解消法と同じだが、まずはこのバイアスの存在を知ることである。次に、自分が後知恵で解釈や評価をしているのではないかと、意識的に自分の認知を判断してみることである。これを「メタ認知」という。自分の認知がどうであるかを認知するという意味である。

 そして、決定された時点での情報や条件の下で、実際に生じたのとは異なる結果が起こり得たかと考えられるかどうかを思案することである。そうすれば、後知恵で評価することは少なくなるだろう。

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