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残念ながら、シンガポール人には日本企業の「保守的なイメージ」が浸透してまっている
(写真はイメージ)

日本企業に厳しい人材マーケット

ここ数年、シンガポールでは人材不足の問題が起きているが、特にリーダー層の人材不足は深刻だと言われている。なぜ、リーダー層の人材不足が深刻になったか。シンガポールは多くの企業から東南アジアの拠点として選ばれる地だが、近年、海外拠点のあり方が変わったからだと思う。以前は、インターナショナル企業と言われる、本国と同じ製品を製造または販売するために単にオペレーションを回す企業が多く、そのような企業では、数年間の入れ替え制で本国から駐在員を送り込み、現地で採用した人材を活用してオペレーションを回すパターンが多かった。ところが近年では、各地域に設置したヘッドクオーターに高いコミットメントを持つリーダーを置き、本社と緊密な連携のもとで商品やサービスを提供するグローバル企業やトランスナショナル企業へと企業のあり方がシフトしたことが、主な要因だと思われる。

どんな人材が求められているか

こちらで求められているリーダーの人材像をまとめてみよう。従来のビジネスのあり方では、海外拠点のリーダーは一般的に明確なゴールに対するコミットメントはなく、現地採用した人材が作業できるように育成し、その後監督することが主なミッションとされてきた。一方、グローバル企業やトランスナショナル企業のリーダーは、現地採用した社員が作業だけではなく本社の戦略も理解して主体的に行動するように育成すると共に、製品やサービスをグローバルに展開するために必要な現地特有の事情を本社に共感的に理解してもらえるように共有しながら、戦略から落とし込まれたゴールに対してコミットする、いわゆるグローバルリーダーであることが期待される。

特に、地域/国に適応した製品やサービスを展開するトランスナショナル企業のリーダーは、本社の戦略に沿いながら、その地域特有の事情の中から重要なポイントを見極め、限られた時間と予算の中で適応しながらビジネスを展開しなければならない。こと、シンガポールにおいては、元々多民族国家である上に、世界中の企業が東南アジアを統括するヘッドクオーターを置くという場所柄、何に合わせるか難しい舵取りとなるため、様々な集団からの情報収集が必要となる。

これらを行うには、高い言語能力、人間関係構築能力、東南アジアでの豊富なネットワークや経験が必須となる。そのため、本社で能力を発揮している優秀な人材を送り込むというよりは、その域内でグローバルリーダーとなれそうな人材を採用し、マネジメントを託すことが効果的であると考えられている。

さて、人材不足が叫ばれるシンガポールの人材マーケットで、さらに苦境に立たされているのが日本企業である。ここ数年、シンガポールの人材の勤め先として、日本企業の人気は右肩下がりになっていると体感する。中小企業や新興企業ならともかく、日本の名だたる企業でさえ人気がないと聞くと、日本人としては残念でならない。どうやったら少しでも日本企業の人気が高まるか、私がいままで収集した情報やシンガポール人と話をした経験から、気づいたことをまとめてみた。

採用におけるマインドシフト

なんといっても、採用活動におけるマインドシフトは急務である。人材の「調達」という意識から「マーケティング」という意識へシフトさせることだ。日本企業で働いている人は、日本企業の持つ技術や高品質な製品に魅力を感じることを要因として挙げている一方、国別で人気の高いアメリカ企業で働いている人は、ブランドイメージがいいことを要因として挙げているという調査を目にしたことがある。日本でも、製品やサービスの宣伝目的ではなく、新卒採用で優秀な人材を集めることを目的に、高額なテレビコマーシャルを頻繁に流している企業が見られるようになったが、それが中途採用のマーケットでも重要だということだ。

日本では、日本企業は、新卒を採用して終身雇用する習慣が根付いていたため、中途採用のノウハウをもたないままシンガポールで採用活動を行い、上手くいかずに行き詰るケースが多々見受けられる。中途採用では、人事の採用担当者のみならずインタビューを行う現場リーダーも積極的に会社を宣伝することが必須となる。候補者に、「自分もこの会社の一員になりたい!」と思わせなければならない。自分の会社の目指すビジョンは、どこが魅力的なのか、そのプロセスを共に歩むことでどんな自己開発を期待できるのかといったプラスの面。一方、会社の課題には何があって、それにどう対処しようとしているのかという真摯な態度によって、マイナス面をポジティブなイメージに変えていくこと。例えば、課題として挙げながら手がつけられていない各種制度の整備に対して、柔軟な姿勢ややり方で切り抜けている様を説明して安心感をもってもらうといった工夫が必要となる。

日本企業と非日本企業のプロトコルの違いを埋めるリーダーの存在

先日、日本を離れて、いくつかの外資系企業で15年近く働いてきた日本人マネージャーと日本企業と非日本企業のプロトコルの違いについて話をしていた時、20年前の自分自身の体験を思い出した。入社して2年が経ち、アメリカの大学に1年程度、組織行動学を勉強しに行きたくなって、人事のマネージャーに休職の相談したところ、「休職の制度はないんだよ。ただね、こういうシナリオなら行けると思う。2年間人事領域に従事してきた流れで、組織行動学をアメリカに学びに行く。帰国後、それを活かしてチェンジマネジメントグループに入るっていう道。休職中は、籍は残しておくけど社会福祉をストップ、復職後に復活させる。今は、チェンジマネジメント領域を拡大させるという戦略が明示されているから、このロジックならば行けるはずだ。制度はなくたって、なんとかなる。だから、安心して行ってきなさい」と言ってくれた。

シンガポールにいて常に感じることだが、「平等であること、機会が均等であること」の捉え方の違いが大きいと思う。制度があって全員に告知されていると機会は均等である。これは、どの人にとっても平等だと感じる状態だろう。しかし、シンガポールを含めた多くの国では、理にかなっていれば、告知されていない機会でも、「戦略」と「企業の価値観」に合致していることが説明できれば堂々と取りにいって問題ない。妬む人が出てきても、理路整然と説明された上で「問題ない」で、一蹴される。

このことは、制度に対する問題対処のみならず、ビジネスの課題対処でも同じことが言える。マネージャーが説明責任を果たしながら柔軟に問題に対処する姿勢が、寛容に受け入れられる組織は、決断も行動も早い上に、常に最新の取り組みが可能となる。一方、そういうマネージャーの判断に寛容でない組織は、「前例がない」「本社ではそういうやり方は通用しない」といって、社員からの提案や要望を退けたり、本社の意向を伺っているうちに機を逸してしまったりして、なかなか新しい風が吹かない。マネージャーにも、自分で責任をとって判断する力が育たない。シンガポール人には、日本企業の保守的なイメージが浸透してまっている。シンガポールに拠点をおく日本企業のトップには、このプロトコルの違いを埋められるリーダーの存在が必要だと思う。