2015.12.28

シンガポールから学ぶ、多様性の高い集団のマネジメント

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 シンガポールは、言わずと知れた多民族国家。人口約530万人のうち、約380万人が国民と永住権保持者で、その約70%が中華系、15%がマレー系、10%がインド系である。また、約150万人の外国人労働者を受けて入れている。

 一歩外に出れば、肌の色、様々な民族衣装、文化による洋服のセンスの違いを見ることができる。この多民族国家は、まさに芸術とも言えるような微妙なバランスの元に成り立っていて、何かのきっかけで、民族間の調和がいつ崩壊しても不思議ではない。そのため、政府は、中華系、マレー系、インド系の人々を調和させるために、さまざまな工夫をしてきた。今回は、シンガポール政府が取り組んできた工夫をご紹介したい。これらの工夫は、グローバル化を目指す企業にとっても参考にしていただけると思うからだ。

集団の軸となるミッションや価値観を明文化し、浸透させる

 シンガポールには、「The Pledge(誓約)」というものがある。これは、シンガポールが独立して間もない1966年に、シンガポール独立に寄与したリーダーの1人であるS.Rajaratnam氏によって草案が書かれたものだ。S.Rajaratnam氏は、言語、民族、宗教の違いが不調和を生み出す要因であると考えた。そして、それを乗り超えて、多様な民族が調和の中で生活する国家を実現したいという強い信念のもとに、シンガポールが目指す国家像や国民のメンタリティーの軸、心の拠り所となるよう、これを書いたそうだ。

The Pledge(誓約)

We, the citizens of Singapore,
Pledge ourselves as one united people,
Regardless of race, language or religion,
To build a democratic society
Based on justice and equality
So as to achieve happiness
Prosperity and progress for our nation.

 小学校の教科書では、S.Rajaratnam氏の貢献とRacial harmony(多様な民族の調和)とThe Pledge(誓約)はセットで大きく取り上げられており、時間を割いて、その大切さが教育されている。また、毎朝の朝礼や集会など、ことあるごとに唱えられており、国民に徹底して擦り込まれている。唱える間は、学校の敷地内では、何をしていようとも全員が手を止め、一緒に唱えるほど、最大級の敬意が払われている。

 国家としては、独裁的な一面も垣間見られるものの、学校で教師の言動や判断等を観察すると、The Pledge(誓約)が根付いていることを感じることができる。企業の活動においては、Fair Employment Practicesという取り組みが導入され、年齢、人種、性別、宗教、結婚状況によって左右されることのない人材マネジメントが促進されていると同時に、差別された場合の相談窓口などが設置されている。

言語、民族、宗教による差別に対する厳しい姿勢

 The Pledge(誓約)に謳われているように、それぞれの言語、民族、宗教を尊重する精神は、法律でも配慮が見られる。言語、民族、宗教を侮辱することは、法律で禁じられている。つまり、ヘイトスピーチなどしたら法律で罰せられる。半年前も、YouTubeにキリスト教徒を侮辱する動画が掲載されているのが発見され、それをポストした未成年の人物が逮捕された。未成年のちょっとした悪戯でも逮捕するのかという議論が出たが、侮辱することは許されないという政府の厳しい姿勢が示されたものだった。

互いに理解を深め、立場を超えて共に祝う

 シンガポールには、宗教に関連する祝日が年に6日、設定されている。キリスト教にまつわる祝日がクリスマスとグッドフライデーで2日間、イスラム教に纏わる祝日がハリラヤプアサとハリラヤハジで2日間、ヒンズー教に纏わる祝日がヴェサックデーとディワリで2日間と平等に設定され、政府の配慮を感じることができる。

 幼稚園や学校では、それぞれの祝日の前には、絵本や劇などを通して意味を教えると同時に、伝統的なお菓子を食べたり、伝統的な遊びをしたりして、子供達は、小さいころからキリスト教、イスラム教、ヒンズー教の文化に触れ、一緒に祝う。イスラム教徒の家庭では、ハリラヤプアサは、日本の昔のお正月のように、親戚や友人を招いて盛大に祝うが、イスラム教徒という枠を超えて、子供たちが招待され、招かれた子供たちも、イスラム教徒に混じって、一緒に祝うことが珍しくない。ハリラヤ前には、ラマダンと呼ばれる断食月があるが、学校で断食するイスラム教徒の友人の大変さを間近で見て、その後ハリラヤのお祝いに招かれて一緒にご馳走をいただく......そうやって、子供の頃から、全く異質なお互いの文化に触れながら、心で理解を深め、共に祝う。

 キリスト教、イスラム教、ヒンズー教に等しく祝日を配置し、社会全体で共に祝う雰囲気を地道に作り出すことは、草の根の交流を促進し、相互理解を深めることへと繋がっている。クリスマス時期の挨拶が、「メリークリスマス」から「ハッピーホリデー」へと変化したグローバルの流れとは、対照的で興味深い。

ビジョンと戦略の効果的な提示とそれをベースにした具体的な取り組み

 毎年8月の建国記念日は、国家をあげて盛大に祝う。軍は、建国記念日の数ヶ月前から式典の練習をする。児童生徒も、数ヶ月前から式典の出し物を練習する。そして、驚くことに、1ヶ月前から毎週土曜日は、道路を一部封鎖した大々的な式典のリハーサルが行われ、戦闘機が爆音を轟かせながら宙を舞い、当日さながらに、花火まで打ち上がり、お祭りの雰囲気が、国全体を覆う。つまり、1ヶ月前から、建国記念日を肌で感じる仕組みになっている。

 毎週ごとに花火を楽しみながら7月を過ごし、とうとう8月の当日、首相から式典でビジョンと戦略が発表される。建国記念日後、そのビジョン、戦略に基づくプロジェクトも走り出す。政府は、何を目指して、何の優先度が高いのか、それは何故か、そのために何から始めるかを明確に提示している。これは、国民の考え方、価値観や文化が多様だからこそ大切なのだと思う。

 シンガポールがアジアの拠点として成長できたのはなぜか。それは、政治が安定している、治安がいい、英語で生活できる、インフラが整っている、ビザが比較的取りやすいといった点を挙げることができる。一方、シンガポールで生活していて、心地いいのはなぜかと考えると、上記のポイントに加え、ベースとして、多様性を受け入れる土壌があるからだと思う。多様性を受け入れる土壌があるからこそ、ここでの生活は、現地の人に合わせなければならないという息苦しさがなく、差別の不安もなく、自分の価値観を軸にしながら、のびのびとした生活を送ることができる。

 もちろん、シンガポールの人々のやり方にフラストレーションを感じることも多々ある。時間通りにミーティング相手が来ない、きっちりインストラクションを読まずに適当に作業を進められてしまう、何度言っても細かいことは聞く耳を持たない......イライラしようと思えば、いくらでもイライラする要素は見つかる。しかし、異文化の者同士が集まる集団では、細かな違いに関する問題を解決することに注力したり、他人が自分と同じように物事を進めてくれない事を嘆いたりするよりも、遂行するべき戦略的な優先事項と絶対に守るべき価値観を明確にし、その遂行に必要な秩序と良好な関係を維持することにフォーカスするマインドが、物事を前進させる秘訣だということを、シンガポール政府から学ぶことができると思う。

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