前回はストレスチェック義務化の背景や、ストレスチェック導入にあたっての心構えなどをお話していただきました。後編では「企業のメンタルヘルス対策」について、さらに詳しくお話を伺いたいと思います。

●「うつ病を出さない環境」ではなく「うつ病が出ても対応できる環境」作りに意識を切り替えることが大切

――「ストレスチェック」は企業のメンタルヘルス対策の一つの手段に過ぎないというお話でしたが、「うつ病」を出さない職場環境を作るには、どんなことに気をつけたらよいのでしょうか?

山田氏:よくそのような質問をいただくのですが、私自身は「うつ病を出さない環境づくり」ではなく「うつ病社員が出てもしっかりと対応できる環境づくり」に意識を切り替えることが何よりも重要だと考えています。
前回お話したように、日本では精神疾患患者数が300万人を上回るといわれています。ここまでくると、どんな組織であっても、ある程度の人数になったらメンタルケアが必要な社員が必ず出てくると考えた方が自然です。
この時代にストレスを感じない人はいないでしょうし、どんな人でも「プチうつ」程度の不調は感じたことがあるのではないでしょうか。「うつ病」は様々な要因が重なって起こるものですし、どんな人でも発症する可能性があるものです。調子が悪いなと思った時、すぐにだれかに相談したり、助けてもらったりすることができればよいのですが、そのまま放置してしまうと深刻な症状につながってしまいます。
どうしたら予防できるかを考えるよりも、いかに早期発見して深刻化させないようにするかを考え、対応を準備しておくことが大切だと思います。

――なるほど。「うつ病」というと特別な病気のような気がしてしまいますが、いつでもだれにでも起こりうることなんですね。

山田氏:例えば育児や介護をしている社員がいたら、企業は彼らにとって働きやすい制度を作ろうと思いますし、社内に外国人エンジニアが増えてきたら、文化・習慣を理解しようとしますよね?従業員に対するメンタルケアもそれと同じです。特殊なものとして扱うのではなく、個性をいかし、多様な働き方を支援する「ダイバーシティ・マネジメント」の一つとして取り組んでいくべきものではないかと思います。

――確かに昔に比べるとメンタルの問題は身近なものになってきていて、心療内科や精神科を受診するハードルも低くなっていような気がします。その一方で症状が深刻でなくても病院に行き、「うつ病」と診断されることが増えているという話も耳にします。

山田氏:良い意味でも悪い意味でも情報があふれている時代なので、本当は病気じゃないのに病気だと思ってしまうケースが増えているのも事実です。医師としては患者さんの言葉を信じるしかないところもあるので、診断は非常に難しいですね。
「うつ病の社員が出ても対応できる環境づくり」という話をしましたが、それは決して「メンタル不調の社員はそのまま医療機関へとつなげればいい」ということではありません。
ここ数年、日本の医療費の増加が問題になっていますが、2011年の医療費は39兆円にのぼり、10年後の2025年には60兆円を超えるともいわれています。もちろんその多くは65歳以上の高齢者への医療費ですが、精神科の受診も急増しています。
企業が組織的な対応を考える前に医療機関に問題解決を丸投げしてしまうようでは、メンタル不調の社員を減らすことはできません。国の財政面を考えても、企業のメンタルヘルス対策への姿勢が今後より厳しく求められてくると思います。
高ストレスと判断された場合、医療機関の治療が必要なのかを判断したうえで、まずは自分でできることをやることが大切です。クライアントが医療機関に行く必要があるかどうかについては、別のチェックシートを使用して判断しています。医療機関に行く必要がない場合は、まずは生活習慣を見なおし、睡眠を確保して生活リズムを整えるだけで、ストレスが解消されたという事例も場合も数多く認められます。このような意識を持つだけでも、産業医やカウンセラー、人事担当者の負担を大幅に減らすことができます。

●日本でも注目されつつある「アプセンティイズム」と「プレゼンティイズム」

――国の医療費負担を考えても、職場での「早期発見」・「早期対応」が重要ですね。企業にとっても、メンタル不調で社員が出勤できなくなってしまった場合の経済的な損失は大きいように思います。

山田氏:そうですね。中小企業やベンチャー企業は常に人不足ですし、代わりの人を採用・教育するにも大きなコストがかかります。
「アプセンティイズム」と「プレゼンティイズム」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。アメリカで生まれた言葉ですが、最近日本でも注目されつつあります。「アプセンティイズム」は欠勤による生産性の低下、「プレゼンティイズム」は職場には来ているがうつ病や片頭痛、腰痛などにより仕事の能率が落ちて生産性が低下することを意味します。
たとえ出勤していても、うつ病・メンタル失調の状態だと年間で平均7%生産性が下がるといわれています。「プレゼンティイズム」は「アプセンティイズム」に比べて目に見えてわかりづらい分、企業にとっては大きなリスクですね。

――心身が健康でないのに無理して出社してしまうと、周囲に与える負の影響も大きいですよね。

山田氏:だからこそ「セルフケア」への意識を高めてもらうことが重要なんです。企業には従業員の安全を配慮する義務があるとお話しましたが、従業員も自分自身の健康を保つ「自己保健義務」というものを負っています。自分で自分の体調を認識し、生産性を高める努力をすることは従業員の義務でもあるんですよね。
仕事ができる人というのは、無理を続けるのではなく当然他のひとに仕事をある程度終えた前提ですが、「最高の結果を出すために今日は思い切って休もう」ということができる人です。上司自身がそういう姿を部下に見せられたり、働き方について伝えられたりするだけでも「セルフケア」への意識は高まると思います。特に若い人たちに生産性が高い働き方とはどういうものなのかをしっかりと理解してもらいたいですね。最近は自分の体調をちゃんと理解できないままに転職を繰り返してしまう人も増えているので。

――日々のちょっとしたコミュニケーションでも意識を変えられるんですね。ただ、最近は「パワハラ」などの言葉も生まれてしまったがために、個人的なことに立ち入ることを遠慮してしまう上司や人事の方も増えているような気がします。

山田氏:職場の飲み会なども減っているようですね。もし「飲みニケーション」ができないのであれば、例えば2週間に1回、30分だけ面談の時間を作るだけでも違います。これまで産業医として様々な組織にかかわってきましたが、どんなかたちであれ上手におせっかいができる上司がいるチームはメンタルが強い印象があります。最近は敬遠されがちですが、世話焼きの人がいる一昔前の職場も実は悪くないんですよね(笑)。

●人事や管理職の日常業務をいかに効率化するかが企業のメンタルヘルス対策への第一歩

――人事も上司も自分の業務プラスアルファで周囲のメンタルケアをしていくとなると、日常業務をいかに効率的に回していくが肝心ですね。

山田氏:メンタルヘルス対策は「重要度は高いが緊急度は低い」課題なので、やるべきだとわかっていても手をつけられずにいる企業は非常に多いです。特に中小企業の人事やマネージャーは日々多忙を極めているので、ある意味ルーティーンワークをどれだけ削減するかがメンタルヘルス対策実施への第一歩かもしれません。
メンタルヘルス対策に力を入れたいという企業には、まずは労務管理の徹底から始め、勤怠管理を効率よく簡単にできる点でTeamSpiritをご紹介することもあります。日々の業務の見直しも含めて、まずは経営者自身が意識を変えていくことが大切だと感じています。

――少子高齢化による人材不足などの問題もありますし、今後ますます企業のメンタルヘルス対策の重要性が高まってきそうですね。

山田氏:従業員の健康管理に経営的な視点で取り組む「健康経営」が最近注目されています。2015年3月には経済産業省と東京証券取引所が共同で、東京証券取引所に上場する企業3,400社のなかから22社の「健康経営銘柄」を選定・表彰しました(※1)。
また日本政策投資銀行も健康配慮に優れた企業を評価・選定し、その評価に応じて融資条件を設定する「健康経営格付」を始めるなど、色々なところで企業の健康経営を後押しする動きが生まれています。
メンタルヘルス対策を生産性・業績向上のための経営戦略ととらえる時代が来ています。これまで対策をとってこなかった企業は今回の「ストレスチェックの義務化」を手間だと感じられるかもしれませんが、外部機関などを活用しながら、企業ステージに合わせて上手く運用し、是非中長期的な経営戦略へとつなげていってほしいと思います。

※1 経済産業省 平成26年度「健康経営銘柄」
http://www.meti.go.jp/press/2014/03/20150325002/20150325002-a.pdf

取材協力
山田洋太先生:企業の健康管理システムなどを手がける株式会社iCARE 代表取締役、医師。金沢大学医学部医学科卒業後、沖縄県立中部病院、久米島の離島治療を経て慶応義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。会社経営と医師としての診療の双方を平行して行っている。
楽なメンタルヘルス対策をクラウドで提供するを提供する株式会社 iCARE


2015年12月からストレスチェックの実施が義務化!