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 前回に続き、集団意思決定について取り上げる。集団意思決定の問題点は前回述べたように、第1に「バイアスの増幅」、第2に「共有情報バイアス」、第3に「集団浅慮」、第4に「カスケード効果」、第5に「集団極端化」、第6に「社会的手抜き」がある。今回は、最初の3つを取り上げよう。

 第1に「バイアスの増幅」である。これは集団意思決定によって、個人の持つバイアスが是正されるどころか、かえって増大されてしまうということである。

 この連載の前々回までに、個人の意思決定に関する様々なバイアスを見てきた。そのようなバイアスは集団の意思決定に対してどのような影響を与えるのだろうか? バイアスは是正され、集団では個人の場合より合理的な決定ができるのだろうか。あるいはバイアスはより一層強化され、そのため集団の意思決定は個人の意思決定より、さらにバイアスがかかった決定をもたらしてしまうのだろうか。

個人のバイアスは集団の知恵では緩和されない!?

 個人の持っている次のようなバイアスは、集団意思決定においては改善されるどころか、ますます強化されることが研究により分かっている。それらは「代表性バイアス」「自信過剰」「計画の錯誤」「フレーミング効果」「ハロー効果」「サンクコスト効果」「確証バイアス」「近視眼性」などである。代表性バイアスとは、代表性ヒューリスティックの影によって導かれるバイアスのことである。もちろん、これ以外にも集団で強化されるバイアスもあり、多くのバイアスは、集団の知恵で緩和されるどころか、逆に強化されてしまうのである。

 では、なぜバイアスは集団で強化されるのだろうか。それは、集団の中の多数派がバイアスのかかった判断をしても、グループはそのバイアスを修正できないからである。その理由として2つ考えられる。1つは、グループの他のメンバーが自分と同じバイアスを持った判断をしていると、自分の判断に自信を持ってしまい、バイアスがかかっているという自覚ができなくなるため。もう1つは、同調圧力が働き、自分だけ独自の判断を示すことができなくなってしまうからである。

 もちろん、数は少ないが、集団ではバイアスが緩和されることもある。その代表的なものが、利用可能性ヒューリスティックによってもたらされる利用可能性バイアスである。利用可能性ヒューリスティックによって、人々がよりありがちだと思う情報が、人によって異なるからである。そこで集団ではその影響は小さくなる。

共有情報バイアス、多くの人が知る情報だけが重要に

 第2は、「共有情報バイアス」と言われる集団意思決定に固有のバイアスがある。これは、会議参加者の持つ情報の偏りによって決断が大きく左右されることである。集団意思決定の参加者は様々な立場や考え方の人がいるのが普通である。すると参加者の持っている情報も様々なものがある。しかし、集団のメンバーがそれぞれ情報を持っていて、適切に集約すれば最善な決定ができるような状況であっても、適切な情報の集約ができないことがある。

 集団のメンバーの多くの者が共通して持っている情報は、しばしば会議で取り上げられ議論の対象になる。だが、一部のメンバーだけが持っている情報は、それが重要な情報であったとしても、徐々に話題に上らなくなり、結局は、多くの者が知っている情報だけが重要な情報であると認識され、決定が行われることになってしまうのである。

 例えば、ある新製品の販売プランがあり、それを採用するかどうかを7人の集団で決定しなければならないとする。このプランには3つのメリットと5つのデメリットがあるとしよう。全体的に見ると、メリットよりデメリットの方が多い。しかし、3つのメリットは全員が共有している情報だが、5つのデメリットは、メンバーが分散して持っている情報だとする。

 この7人のメンバーで議論すると、全員が共有する情報であるメリットについては、議論が活発に起こる。各メンバーは他のメンバーと意見が一致していることから、このメリットの評価に自信を深めることになり、メリットは強調される。だが、実際にはメリットを上回る5つものデメリットがある。そうしたデメリットの情報は各メンバーが分散して持っているため、議論の俎上に載ることは少なくなり、議論が不十分になってしまう。そのために、このプランはメリットが少ないにもかかわらず、採用されることになりがちである。もちろん逆の場合もありうる。これが集団意思決定における「共有情報バイアス」の怖さである。

"集団の浅知恵"、問題解決よりも集団の維持が目的に

 第3に「集団浅慮」がある。集団浅慮とは集団の浅知恵のことであるから、集団意思決定の問題点はすべてこの範疇に入れることもできてしまう。この概念の提唱者である社会心理学者のアーヴィン・ジャニスは、集団で決定すると本来の目的とは離れた別の目的に視点が移り、問題解決よりも集団の維持が目的となってしまうという意味で浅知恵になり易いと指摘する。

 その原因として、まず集団のメンバー間で同調圧力が働くことである。異議を唱える雰囲気がなくなり、正しいことや適切なことより、意見の一致が重視されてしまうのである。集団の親密性が高かったり、上司が最初に発言し、それに反する意見に圧力がかけられるような状況では、この事態がより引き起こされやすい。さらに決定までの時間が少ないといった時間的なプレッシャーがあると、これは強化される。合理的な決定をするという当初の目標から逸脱し、集団のメンバーの意見の一致が優先されてしまい、本末転倒な結論が引き出されてしまいがちなのである。

 集団意思決定の問題点の最初の3つを見てきたが、このような問題点によって集団意思決定は個人の意思決定よりも合理的なものになるとは限らないのである。まさに「船頭多くして舟、山に登る」という状況が生じるのである。