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「仕事において重要なこと」を問われた際に多くの人は何と答えるでしょうか? コミュニケーション力、地頭の良さ、気配り、愛想、ガッツ......など人によって回答は様々です。それらはどれも正解ではありますが、多くの人は働くうえでのもっとも重要な"大前提"を忘れているかもしれません。それは「健康」です。みなさんも「健康管理も仕事のうち」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、その助言は実に的を射ています。なぜなら不健康の状態では仕事におけるベストなパフォーマンスを発揮できないからです。

「健康第一」と言えば当たり前ですが、時間外労働や休日出勤が常態化している企業においては、仕事のために健康を犠牲にする人も少なくありません。もし経営陣が仕事を成果だけで判断し、働き方に関しては「個人の裁量に任せる」というスタンスだとしたら、従業員の健康は見過ごされ、二の次にされるのが常です。かつてないほどに「長時間労働の是正」が注目されている昨今においては、経営においても「体が資本」の基本に立ち返る必要があります。つまり、「健康経営」の重要度が増してきているのです。

「健康経営」とは

「健康経営」という言葉自体には馴染みがない人も多いかもしれませんが、その考え方は至ってシンプルです。「企業において人材こそが『資本』であり、従業員が健康的に働ける状況を整備することが生産性向上の鍵となる」という経営方針を指します。従業員の健康管理を個人任せにするのではなく、経営的な視点で捉えることが肝であり、会社の経営戦略の1つとして導入している企業も存在します。

この健康経営という概念は、アメリカの経営心理学者であるロバート・ローゼン氏の「健康な従業員こそが収益性の高い会社を作る」という『ヘルシーカンパニー思想』から発展しました。大枠の考え方としては、会社経営が従業員の健康のうえに成り立っていることを意味します。逆説的には、無理を強いることで健康を損なう従業員が続出するような会社では、短期的な収益が見込めたとしても大局的に良い成果を出すことは難しいとも言えるでしょう。

健康経営における社会の取り組みの一環としては、2015年12月1日から施行されている「ストレスチェック制度」が挙げられます。労働安全衛生法の一部改正によって、50人以上の従業員がいる職場では毎年1回、労働者のストレスの検査を行うことが義務化されました。仕事における心身のストレス度合いを把握することで、従業員の適切な指導に役立てています。このように会社経営をするうえでは、もはや従業員の心身の健康を管理することが当たり前となりつつあるのです。

健康経営が注目されている背景

近年、健康経営に関する社会の注目度は高まっていますが、その背景には「働き方改革関連法案」の2019年4月からの順次施行があります。従業員にとって働きやすい環境を整備することは、従業員の健康を大事にすることと無関係ではなく、それらを複合的に考えている企業も存在します。一方で過労死問題がクローズアップされるなど、従業員の健康や働き方に配慮しないブラック企業が未だに存在することも事実です。また、経済産業省による健康経営を行う企業を奨励する取り組みも行われています。

健康経営を意識しない企業のデメリット

健康経営を意識せずに目先の収益ばかりを追求する企業には、主に以下の3つのデメリットが考えられます。

デメリット1:疾病リスクの増大

デメリット1:疾病リスクの増大

長時間労働を従業員に強いていると、将来的な疾病のリスクが高まります。現状では従業員が期待に応えることができていたとしても、ずっと負荷がかかり続ける労働環境では心身の健康を乱す危険性は常にあります。従業員が病気になり、他の人材でその穴埋めをすることは、企業においてもデメリットでしかありません。

デメリット2:企業価値やイメージの低下

就職活動をする際に、「ホワイト企業であるか」を会社選びの基準にしている人もいます。それだけ職探しにおいて労働環境は重要だということです。もし健康経営を全く意識していない企業としてのレッテルを貼られてしまったとしたら、企業価値やイメージの低下は避けられないでしょう。

デメリット3:離職率の増加

盤石な経営基盤を形成するうえでは、従業員の定着が重要になります。勝手知ったる従業員が増えるほど、業務を効率的にこなしやすくなります。その反面、離職率が高まると、採用や教育などに時間と労力が奪われるので非常に非効率です。健康を崩す従業員が多いと、離職率増加の危険が伴います。

健康経営によって期待される好循環

健康経営が社会的に支持されていることを説明してきましたが、現場で働く従業員や業績レベルではどのようなメリットがあると考えられるのでしょうか。従業員が心身共に健康な状態で業務に専念できる環境の場合、経営のサイクルが順調に循環することが考えられます。健康な従業員が増えることで、事業が安定し、組織が活性化し、生産性が向上するという好循環を生み、最終的には業績アップにもつながることが期待されます。

STEP1:従業員が心身共に健康である

第一に従業員が精神的にも肉体的にも健康状態を保っていることが重要です。仕事に多くの情熱を注ぐうえでの最低条件であり、反対に不健康になることで遅刻や早退、欠勤など勤怠に悪影響を及ぼすことが考えられます。勤怠状況を安定させる意味でも従業員の健康管理は不可欠です。

STEP2:心身の充実によるモチベーションの向上

STEP2:心身の充実によるモチベーションの向上

心身共に健康で働く活力に満ちている状況だと、従業員のモチベーションも向上します。すると目の前の業務をこなす集中力が上がり、ヒューマンエラーも少なくなるでしょう。すると労働生産性上がり、事業の安定が見込めます。

STEP3:人材定着率の向上&平均勤続年数の長期化

事業が順調に成長することで従業員の定着率の向上が期待できます。モチベーションを高く維持できるやりがいのある仕事は退職者が少ない傾向にあり、平均勤続年数も長期化するでしょう。地に足をつけて会社に貢献してくれる人材が増えると、事業基盤をより強固にしやすくなります。

STEP4:生産性の向上&業績アップ

従業員が健康で、モチベーションを高く保って仕事に取り組むことができ、さらにその状態を長く継続できている企業は、労働生産性が非常に高いはずです。従業員の健康意識の高まりを起点に良質な労働環境が構築できると、事業全体の業績アップにつながりやすいことは言うまでもありません。

このように従業員が心身共に健康であることは、経営のサイクルに好循環をもたらします。それは事業規模が拡大した場合でも基本的な考えは同じです。そのため、どの企業においても健康経営の考え方は事業を成功させるうえでの基盤となります。

国も推奨する健康経営の促進

健康経営は、それぞれの企業による努力という枠組みを超えて国レベルでの取り組みになりつつあります。経済産業省・商務情報政策局では、『企業の「健康経営」ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~』を発表。経営者に向けて健康経営のポイントを展開することで、従業員の健康に目を向ける企業を増やすことを目指しています。では、企業にとって健康経営を促進することにはどんなメリットがあるのでしょうか。

健康経営の促進によって生じるメリット

健康経営のメリットは、単に「健康な従業員が増える」だけではありません。1人ひとりの従業員が心身共に快活であることが社内の活性化につながり、マネジメントがしやすい環境の整備に直結します。また、世間的な評判が上がることでCSRにおける意識が高まり、経営基盤もより強固になると考えられます。つまり、マネジメント・経営の両面において好影響を与えることが期待できるのです。

【マネジメントにおけるメリット】【経営におけるメリット】
・従業員満足度の向上
・従業員のモチベーションの向上
・従業員の自社への愛着心の醸成
・従業員の生産性の向上
・従業員の人生の充実
・優秀な従業員の採用
・組織の活性化
・定着企業ブランドイメージの向上
・顧客満足度の向上
・リスクマネジメントの強化
・法令遵守の徹底
・福利厚生の整備
・医療費の適正化

「従業員を健康にすること」は目的ではなく手段

企業が従業員の健康に配慮することで、多くの利点が期待できる健康経営。しかし、勘違いをしてはならないのは、「健康経営は目的ではなく手段である」ということです。社員を健康にすることが最終目標になってしまうと、その先の飛躍があまり期待できません。

もちろん、従業員が健康であれば、それに越したことはないでしょう。しかし、従業員を健康にすることだけに意識を傾けるべきではありません。従業員が健康になることで、企業規模でのマネジメントや経営にどんな好影響をもたらすのかをきちんと理解したうえで取り組むべきだと言えます。従業員が健康になることでどんな未来を築くことができるのか――という視点を持つことが求められます。

労働人口の減少に伴い重要性が増す健康経営

日本の少子高齢化は顕著であり、特に労働人口の減少が懸念されます。国立社会保障・人口問題研究所が発表した「日本の地域別将来推計人口(平成30年推計)」によると、全人口に占める15歳未満の割合は2015年の12.5%から2045年には10.7%への減少が予想される一方、65歳以上の割合は2015年の26.6%から2045年には36.8%まで増大すると見込まれています。若者世代の将来的な人口減が危惧される状況なだけに、企業における労働力の確保は重要性を増すばかりです。

労働人口の減少が避けられない流れにあるだけに、経営陣は既存の労働力を維持するためにも、従業員が長期的に働ける環境の整備に力を入れるべきでしょう。つまり、それは「健康経営」に紐づきます。高齢者の人口は増加し続けていますが、元気でまだまだ働ける人も少なくありません。高齢になっても長く安心して働き続けることができれば、少子高齢化が進む日本の労働力問題の解決の糸口になる可能性もあります。

健康経営を実践するうえで重要な体制の構築

経営陣が健康経営を自社に導入しようとした際に、例えばトップダウンで現場の管理職にメンバーの健康管理のマネジメントをするように指示しても、きちんと機能しないケースもあるでしょう。なぜなら、健康経営は、個々人の行う取り組みではなく、"経営基盤から現場の施策まで"の様々なレベルで連動・連携することが不可欠です。健康経営を実践するための体制構築において、具体的なステップを紹介します。

STEP1:経営理念・方針の設定

全社共通の取り組みとして健康経営を考えるのであれば、トップがその理念をきちんと明文化することが重要になります。企業としての健康経営の方針を従業員はもちろん、投資家や顧客など様々なステークホルダーに向けてきちんと発信することが第一歩となるでしょう。

STEP2:組織体制の構築

大枠の理念や方針が固まった次のステップとしては、従業員の健康の実現に向けた実行力のある組織体制の構築が挙げられます。現場の管理職の裁量に任せると、部門ごとでの取り組みのレベルに差が生じることもあるでしょう。そのため、専門部署の設置や専門資格を持つ職員を雇用する等、全社としての体制を整えることが求められます。

STEP3:現状の調査・把握と施策の検討

健康経営を実践するうえで大前提となるのは、自社の従業員の健康上の課題の把握。つまり、現状を調査し、データとして整理することが不可欠です。調査データがそろった段階で、現状に対してどのような施策を行うべきかを検討しましょう。当然のようにも思えますが、企業によっては現状の調査や把握をしないまま、見切り発車で施策を行い失敗するケースもあります。調査データから算出した課題をもとに、事前に健康経営における評価指標を設定したうえで実行することが基本となります。

STEP4:制度・施策実行

体制が整備され施策が決まったら、いよいよ健康経営の制度開始です。本格導入がなされたら、経営陣が主導しつつも、専門部署や専門資格取得者、管理職のメンバー、従業員一同がそれぞれ主体的に健康に配慮した取り組みをすることが望まれます。関わる人すべてが連動・連携することで、全社の取り組みとして成功する可能性が高まるはずです。

STEP5:効果検証・評価改善

実際に運用がなされた後に、健康経営に向けた施策の実施によって、STEP3で挙げた課題に対してどんな変化があったかを効果検証します。現在の取り組みをしっかり評価するところまで体系化することで、健康経営のPDCAサイクルを回すことができたと言えるでしょう。成果や課題をしっかり認識したうえで、より良い仕組み作りに励むことが重要になります。

健康経営のための具体的な取り組み策

健康経営を全社の取り組みとして体制を構築することで、初めて社内全体に健康を意識した働き方の浸透が期待されます。では実際に健康経営を導入した企業では、どんな取り組みが行われているのでしょうか。具体策を紹介します。

具体策1:残業時間の短縮

時間外労働の是正は、健康経営の促進にも通じる話です。長時間にわたる労働を強いられることによって、心身共に悪影響を及ぼす危険性はあります。そのため、社員のワークライフバランスを考えたうえで、「テレワーク」「フレックスタイム制」「時差出勤」などを導入してみましょう。従業員が効率的に働ける仕組みを整えることで、残業時間短縮が期待されます。

具体策2:従業員の健康状況の可視化

従業員1人ひとりが健康を意識するうえで、自身の健康状態を把握していることはかなり重要なファクターです。そのため、健康状態を常にデータで可視化できるように、計測機器を部門ごとに支給するという取り組みもあります。従業員の血圧、活動量、脈拍、歩数、睡眠量などを計測して健康状態を常々チェック。もし数値が思わしくない場合は面談や指導などをすることをおすすめします。

具体策3:健康に関するイベントへの参加促進

健康意識の高い従業員が増えれば、社内全体の健康意識の向上にもつながります。そのため、企業の経費で積極的に健康関連のイベントやセミナー、定期検診への参加を促すのも1つの手段です。そうした社外でのノウハウを持ち帰り、社内に展開することで全社的な健康意識の向上にもつながるでしょう。

具体策4:ヘルスリテラシーの高いメンバーの育成

健康か不健康かを判断するのは、医師ではない一般人では当然難しいところがあります。しかし、健康に関するアンテナを常に張り巡らし、自ら知見を収集しているような「ヘルスリテラシー」が高いメンバーがいると、社内の意識も底上げされることが期待できます。生活習慣を見直し、自ら改善を図れる従業員の育成に努めるのも健康経営の浸透の鍵となります。

安全で健康的な職場の証し「ホワイトマーク」

これから就職活動をする学生やより良い職場環境への転職を目指す人にとって、健康経営を行っている優良企業か否かは、十分に志望動機になり得ます。安全で健康的な企業を見分けるためにも、「ホワイトマーク」を判断基準の1つとしましょう。

ホワイトマーク(安全衛生優良企業認定制度)とは

厚生労働省から安全衛生優良企業として認定された企業を公表する制度がホワイトマークです。つまり、ホワイトマーク認定がされている場合、労働者の安全や健康に積極的に取り組み、高い水準を維持している企業という公的な証明になると言えます。ホワイトマークを取得すると認定マークが付与されるため、自社製品やホームページ、求人広告などで認定企業であることをアピールできます。就職活動をするうえでは、"厚生労働省からのお墨付き"が1つの判断基準になるはずです。

ホワイトマーク取得のメリット

ホワイトマークを取得した企業は、具体的に採用力強化、優良企業としてのイメージアップ、受注の拡大などが期待できます。厚生労働省のホームページに優良企業として社名が公開されるので、広く一般的に企業の良いイメージを認識してもらいやすくなります。認定を受けるためには約80の認定基準を満たす必要があるため、厳しい基準を満たした企業として社内外問わず大々的にアピールできるでしょう。

健康経営への第一歩は勤怠状況の把握から

従業員の健康に配慮する健康経営は、今後の社会ではもはやスタンダードになりつつあります。従業員が安全で健康的に働けるホワイト企業を目指すうえでも、今すぐに始められることは勤怠状況の把握・見直しです。勤怠管理は以前から義務ではありましたが、勤怠データを健康状況と照らし合わせて管理できている企業はまだ少ないのではないでしょうか。働き過ぎは、わかりやすい健康を損ねる要因になり得るので、日頃から従業員の稼働の管理を徹底しましょう。

加えて長時間労働の是正、ワークライフバランスに合わせた働き方ができる環境を整備すれば、従業員が無理なく健康に働ける土台作りにつながるはずです。そのためには、まずは日々の勤怠管理で従業員の状況を適正に把握することで、生産性の高い企業の礎を築いていきましょう。

text:働き方改革研究所 編集部