一般社団法人働き方改革コンソーシアム主催「デジタルイノベーション実現会議 2018 ~働き方改革と成長戦略の未来展望~」が6月28日にベルサール東京日本橋にて開催されました。

さて偶然にもこの日、働き方改革関連法案が参院厚生労働委員会で可決され、翌29日の参院本会議で同法案が成立となりました。今回の働き方改革関連法案は、残業時間の上限規制・正社員と非正規の不合理な待遇差を解消する「同一労働同一賃金」・高収入の一部専門職を対象に労働時間規制をなくす「高度プロフェッショナル制度」の導入を柱としています。これを機に戦後の高度成長期に形成・定着した日本の労働慣行が大きく転換することになりそうです。

「働き方改革」という言葉は世間に広く認知され、新たな仕組みを導入する企業も増えています。一方で、多くの場合、「働き方改革」が単純な残業時間の削減で終わってしまっていることも否めません。もちろん長時間労働の削減は重要な課題であり、過労死も不当な労働環境も社会からなくなるべきです。ブラック企業のような不正な働き方から労働者を守る制度は必要不可欠です。しかし、働きたい人が時間や場所に縛られることなく、思う存分にクリエイティビティを発揮できる社会を同時に作らなければ、激化するグローバル競争の中で日本が生き残ることは難しいのではないでしょうか。

今回、「世界に貢献するイノベーションと働き方改革を誰が担うのか」というテーマで、政府・ベンチャー起業・地方自治体・大企業という、異なる立場のパネリストたちが議論を繰り広げました。政府が推進する「働き方改革」に身を委ねるだけでは、イノベーションは生まれません。人生100年時代を迎える中で自分が何をすべきなのかについて、大きな示唆を与えてくれるセッションとなりました。

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【登壇者】

●パネリスト
世耕 弘成氏 (参議院議員、経済産業大臣)
十河 宏輔氏 (AnyMind Group Limited 共同創業者兼CEO)
富田 能成氏 (埼玉県横瀬町長)
中畑 英信氏 (株式会社日立製作所 代表執行役 執行役専務)

●ファシリテーター
竹中 平蔵氏 (東洋大学教授、慶應義塾大学名誉教授、 未来投資会議議員、国家戦略特別区域諮問会議議員)

はじめに世耕経済産業大臣から、6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018」についての説明がありました。「未来投資戦略2018」は、「Society 5.0」(※1)を本格的に実現するための実行計画です。副題を「『Sciety5.0』『データ駆動型社会』への変革」とし、今後の日本の成長戦略や取り組むべき具体的な施作が盛り込まれています。

※1Society 5.0 http://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもの。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)と定義されています。

世耕氏によると「未来投資戦略2018」の中で、政府が特に重視しているのが「規制のサンドボックス制度」だということです。

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○規制のサンドボックス制度
現行法の規制を一時的に止めて特区内で新技術を実証できる制度。海外では2016年頃から既に18カ国以上(イギリス・シンガポール・オーストラリア・マレーシア・タイ・インドネシア・UAE など)で創設されており、FinTechやブロックチェーン技術を中心に、新しい技術の社会実装が急速に進められている。日本ではFintech分野に限らず、ドローン飛行や自動運転といった先端技術の実証実験を円滑に進めていくことを目的に設置された。

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世耕氏は規制のサンドボックス制度に期待をこめ、次のように語りました。

「これからは『データ駆動型社会』になっていきます。つまりアイデアを競う時代からデータに基づいて物事を動かしていく時代になっていくということです。日本もそれに対応した成長戦略を練らなくてはなりません。これまでは規制に阻まれて、企業も行政も思い切って新しいことに挑戦することができませんでした。しかし規制のサンドボックス制度を導入すれば、先進的な実証実験を行うことが可能になります。ビッグデータを使った新たなビジネスを生み出すうえで、かなり追い風になると考えています」

また「未来投資戦略2018」は、AI時代に対応した人材育成や最適活用も重視しており、「第4次産業革命スキル習得講座認定制度」を設置してリカレント教育の先行事例として進めていくほか、テレワークやフリーランスなど多様な働き方の普及を後押しするルールを整備する方針を示しています。

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○第4次産業革命スキル習得講座認定制度
IT・データ分野を中心とした専門的・実践的な教育訓練講座を経済産業大臣が認定する制度。
民間事業者が実施するAI、IoT、データサイエンス、クラウド、高度なセキュリティやネットワークに関する講座を認定。今後、厚生労働省が定める一定の要件を満たすものを「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」の対象講座とすることが予定されている。

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さらに政府自身も「デジタルガバメント」というコンセプトを掲げ、あらゆる行政手続きを手元のスマートフォン1台で完結さできるペーパーレス、ワンストップ、ワンスアンドオンリーの仕組みを実現することを目指しています。

世耕氏は政府が目指す未来にふさわしい働き方改革について、次のように述べました。

「これからは働くこと・学ぶこと・休むことが人生の中でまだらに出てくる時代です。企業も個人も、それに対応した働き方改革を進めなくてはなりません。働き方改革は単に長時間労働をなくすということではありません。徹底した生産性向上とセットで考えることが不可欠です。そのためにもテレワーク環境の整備、フリーランスの法的保護、兼業副業の推進、新卒一括採用の廃止など、さまざまな角度から取り組む必要があります」

●イノベーションを担うのは誰なのか

イノベーションを起こす社会を実現するためには、政府の取り組みだけではもちろん不十分です。ディスカッションは「誰がイノベーションの担い手になるのか」というテーマからスタートしました。

埼玉県横瀬町長の富田氏は「地方がイノベーションの重要な担い手になる」と主張します。

横瀬町は3,300世帯、人口約8500人の小さな町です。地方創生や先進的な公共サービスに取り組む企業・個人とともに展開する官民連携プラットフォーム「よこらぼ」が大きな注目を集めており、現在、大手IT企業・スタートアップ企業・NPO・学生などが横瀬町で新たなビジネスの実証実験を行っています。

富田町長は地方からイノベーションが生まれやすい理由について、次のように述べました。

「私が行っている行政のテーマは『未来を変える』ことです。そのために外部からいろいろな資源を入れ、イノベーティブな化学反応を起こそうとしています。今はインターネットのおかげで、地理的な不利はほとんどありません。地方は人口減という大きな危機に直面していますが、その危機感を住民と共有できているというのは大きなアドバンデージだと感じています。イノベーションはいつも必要性から生まれます。したがって、地方こそがイノベーションが生まれる舞台になると信じています」

シンガポールでAnyMind Groupを起業し、東南アジアを中心にAIを活用したマッチングビジネスを展開している十河氏は「ミレニアル世代」もイノベーションの重要な担い手だと語ります。

「当社は設立2年ですが、現在12拠点で300名の社員が働いており、そのほとんどがミレニアル世代です。日本であろうとシンガポールであろうと、今はとにかく新しいことをやり続けないと世界で勝ち残ることはできません。我々は常にアンテナを張り、事業モデルをスピーディーに変化させています。生産性向上のためにテクノロジーを活用し、さらに自ら開発する技術力も持っています」とグローバルで活躍するミレニアル世代の特徴を紹介しました。

ミレニアル世代は、革新的なデジタル技術・機器の進歩とともに育った初めての世代です。彼らの新しい価値観を、企業のトップや世代が異なる上司たちがしっかりと認識し、認めることが重要だと語るのは日立製作所の中畑氏です。

「私たちが若手だった時代の日本のGDPは世界2位でした。当時は優れた製品をしっかりと作って納めることが何よりも重要でしたが、今、ビジネスの形は大きく変わってきており、製品が良ければ勝てる時代ではありません。お客様の現在の課題と将来の課題を探し、それを日立の技術を使ってサービスとして提供することが付加価値となる時代です」と中畑氏。古い価値観に縛られることで、若い社員が生み出したアイデアを潰すことは大変危険なことだとし、企業のトップから意識改革を進めていくことが重要だと述べました。

●グローバルで展開されるビッグデータの戦いを日本はどう勝ち抜いていくのか

続いてファシリテーターの竹中氏は、グローバルで展開されるビッグデータの戦いについて言及しました。

「これからの経済競争はビッグデータの戦いになりますが、日本は遅れをとっているように感じます。そう感じる大きな理由が、日本の『キャッシュレス対応』の遅さです。中国全体ではキャッシュレス決済の比率が60%を超え、アリババ社1社で年間300兆円の決済を行っています。それに対し、日本のキャッシュレス決済の比率は20%にとどまっています。日本は今後10年でそれを40% にまであげる目標を掲げていますが、中身が伴っていない印象です。この問題を解決しない限り、次には進めません」

これに対し世耕氏は、日本のキャッシュレス化の遅れは経産省の責任もあると説明したうえで、日本がビッグデータの戦いに勝つためにはBtoBのデータをいかに活用していくかが重要であると強調しました。

「今、BtoCの取引に関わるデータの多くが残念ながらGoogleやAmazonなどの巨大外資系プラットフォーマーに持っていかれています。ここでの戦いでは、日本企業は完全に出遅れてしまいました。しかし、BtoBのデータ、つまり製造業やサービス業における取引のデータはまだ十分に活用されていません。これらにビッグデータとしての価値を持たせ、サービスの質を高める。ここに日本の勝ち筋があるのではないかと考えています」(世耕氏)

 そのうえで、人口減少・少子高齢化の進む地方が、自動運転や運送の「ラストワンマイル」など第4次産業革命の担い手として発展していくことへの期待も語りました。

●働き方改革を担うのは誰か

続いてイノベーションを創出する手段としての「働き方改革」について、特に「個人」がどのような意識を持って取り組むべきかに議論は移りました。

16万人の日本人社員と14万人の外国籍社員が集まるグローバル企業である日立製作所の中畑氏は、働くことに対する日本の価値観と海外の価値観の間に大きなギャップを感じると語ります。特に、高いポジションをオファーされると躊躇してしまう日本人社員と、実力関係なく高いポジションに積極的に手を挙げる海外の社員の違いを紹介し、個人の意識改革が必要だと主張しました。また、企業には「高度プロフェッショナル制度」などを活用し、時間や場所にとらわれない自由な働き方を認めながら社員を成長させる姿勢が求められていると語りました。

AnyMindの十河氏も「高度プロフェッショナル制度」について、「働きすぎは良くないという価値観が人の成長を妨げているように感じる。グローバルな環境で勝っていくためには、成長したい人が思う存分に仕事に情熱を注げるような仕組みが必要だ」と主張しました。

また横瀬町長の富田氏は、単純作業をAIやロボットが担う時代がやってくる中で、個人が何のために働くのか、何を成し遂げたいのかという内発的な動機を持つことが何よりも重要だと強調しました。

最後に世耕氏は、働き方改革を進めていくうえで必要な視点について、次のようにまとめました。

「企業の中で人材が新陳代謝しないことも、働き方改革が進まない大きな原因となっています。雇用の流動性を実現するためには、さまざまなことが必要となりますが、まず企業ができることとしては、ジョブディスクリプションを明確にし、ジョブディスクリプションに基づいた採用を進めていくことだと思います。そして労働時間や勤続年数で社員を評価するのではなく、ジョブディスクリプションに対する達成度で評価する仕組みを実現してほしいと考えています。新卒一括採用や終身雇用を廃止し、転職が当たり前となる世の中を作ることが働き方改革を促進するうえでは重要です。政府は転職やキャリアアップにつながる『リカレント教育』を積極的に進めようとしています。また人材の流動性を促進する情報プラットフォームサービスを育てていくことも重要だと考えています」

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ファシリテーターの竹中氏は議論の中で、人生100年時代には勉強し、働き、リタイアするという直線的な人生設計はもう通用しないと、語りました。また世耕氏も述べていたように、イノベーションを起こす社会を作るためには「人材の流動性」が大きなキーポイントになります。

弱い立場にある人たちをしっかりと守る仕組みを作る一方で、時間に関係なく思う存分に働き、成果を発揮したいと思う人々の自由を担保する制度も必要です。長い人生のステージごとに、誰もが安心してよりよい環境を求め、手にすることができる社会こそがイノベーションを生む社会なのではないかと強く感じました。