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 今年はバーチャルリアリティ(仮想現実、Virtual Reality、VR)元年と言われています。ハードウエアの面では既に発売された米オキュラスVRの「Oculus Rift」や台湾HTCの「HTC Vive」に加えて今秋にはソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation VR」の発売も控えており、アプリケーションも充実しつつあります。さらに韓国サムスン電子の「GearVR」や米グーグルの「Cardboard」のように、既存のスマートフォンと組み合わせてVRを実現する安価なツールも登場しています。

 現実空間にバーチャルな情報を組み合わせてマッピングするAR(拡張現実、Augmented Reality)に関しても大きな進化がみられます。スマートフォンを使ったARの世界では、キラーアプリとして「Pokemon GO(ポケモンGO)」が人気を博し、一気に大多数の人への普及を促しました。

 この種のテクノロジーがブレークするための必要条件として、コストダウンに加えて必ず求められるのがキラーアプリです。このキラーアプリが登場したことで、VRやAR、あるいはそれらを組み合わせたMR(複合現実、Mixed Reality)はまさに普及に必要な段階を超えつつあると言ってもよいでしょう。

 VRやAR、MRといった技術は、それらを実際に体験することで始めてイメージがつかめ、そこから応用へのアイデアが湧いてくるものです。そのため普及が進めば、さらに多様な使い道が生まれてくることになるでしょう。現状ではゲームを始めとするB2Cのエンタテインメントの領域が中心ですが、B2Bの「仕事の領域」への活用にも無限の可能性を秘めています。

広がるVR/AR中継

 VRやARの活用が実際に進んでいるのがスポーツ中継です。例えば米NBCテレビはVR向けストリーミング配信を手掛ける米NextVRと協業して、様々なスポーツのVR中継を実現しています。ゴルフ中継では実際に視聴者がグリーンの脇に立って「芝目を読む」経験ができたり、バスケットボールのコート脇から臨場感のある観戦をしたり、といったことが可能になります。さらにはこれらの実績を発展させて、リオデジャネイロ五輪でも計85時間分のVR中継を計画しています(記事執筆時点)。

 スポーツ中継の興味深い事例として競馬中継が挙げられます。北米で最も人気のあるレースの一つである「ケンタッキーダービー」では、VRを用いた「トラックの脇」の視点からのライブの視聴が行われています。

 もちろんリアルな現場体験に勝るものはありませんが、このようなテクノロジーを使えば現場を"超える"ような体験も可能になります。ライブであれば1カ所でしか見られないリアルな映像を、VRを使うことで例えばトラック上の5カ所から続けざまに見ることが可能になります。実際に現地で見ている際には絶対にできない「瞬間移動」が可能になるということです。

 またAR技術を組み合わせれば、パドックの馬を見ながらその馬のオッズや過去の戦歴などをリアルタイムに確認することも可能になるはずです(オッズの表示などは既に利用可能になっているようです)。

AR/VRでホワイトカラーの「現場」も変わる

 本連載でも、ARの活用で現場が変わり、現場と本社の関係も変わる趣旨の話をしてきました。工場という製造業の現場、治療室や手術室という医療の現場は既に導入が進んでいますが、純粋なオフィス業務や営業などの「現場」にもこのような技術の適用の場はいくらでも考えられます。例えば、重要なプレゼンテーションの準備段階でVR/AR技術を用いることでリハーサルをよりリアルなものにできます。

 さらにはスポーツの実況中継ならぬ、ビジネスの現場を中継することにも様々な応用が考えられます。例えば会議室という「現場」の中継です。客先との会議を「中継」してしまうことで、自社のオフィスにいてその会議には直接出席していない上司ともその状況を共有できます。これだけなら、小型カメラを取り付けたビデオ会議と同じですが、ARを使えば、この場に様々な情報を重ね合わせたり、「現場で」必要になった情報をリアルタイムに本社側から提供したりといったことができるようになります。

 このように、会議室内の状況を"影"からサポートするツールができてしまえば、どこか別の場所で見ている側がその場の出席者の属性(過去にどういう部署を経験しているのか、あるいは社内での人脈・「派閥」や影響力の大小など)を調べた後に、「注釈」として(あたかも馬のオッズのように)追加で表示することも可能です。

 「この人が意思決定者である確率」などといった情報を、競馬のオッズのようにその人の「注釈」として、ウエアラブルデバイス(眼鏡などの)を通して見ることができたり、編集できたりすれば、会議のやり方やプレゼンの仕方も大きく変わることになるでしょう(実際にはこれまで出席者の「頭の中」だけで起こっていた推測や仮説などが複数の関係者間で共有され、そこからさらに先の検討ができるようになることでしょう)。

 集団採用面接の場などでの利用も考えられるでしょう。面接官同士が各候補者をどう思うか、あるいは背景となる個人の属性情報(もちろんネットで公開されている範囲の情報)がその場で共有できるわけですから、便利である一方で、ある意味「恐ろしい」世界であるとも言えます。

 さらに応用すれば、電車で前の席に座っている人の情報をその場で確認するようなことも不可能ではありません。画像認識とクラウド上のデータを利用し、ウエアラブルデバイスを通して前の席に座っている人の頭上に「属性データの風船」が出てくるといったこともできてしまいます。例えば「◯◯祭りに3年続けて参加している人だから、××駅で降りる可能性大」などという「診断結果」が表示されるかも知れません。

 こうした技術が「婚活パーティー」などで用いられるようになったら、例えばその場にいない"外野"が裏で品評会をやってその情報が出席者に「ラベル」として貼られるようなことも可能になるわけですから、これもまた「恐ろしい世界」になりますね。