2019年4月1日に施行された「働き方改革関連法」をきっかけに、「働き方改革」という言葉は世に広く認知されるようになりました。しかし多くの場合、残業時間を減らすことに目標が置かれ、本来の目的である生産性向上への取り組みにまで至っていないのが実状です。そこに突然訪れたコロナ危機。遅々として進まなかったテレワークが一気に普及し、人々の働き方や価値観は大きく変化しました。新型コロナウィルスの収束がいまだ見通せないなか、企業は事業の成長と感染拡大防止の両立という難しい舵取りを求められています。しかしこの逆境を変革のチャンスとし、真の「働き方改革」を目指さなければ、企業は存続の危機にさらされるかもしれません。

これまでのコラムでは、テレワークに必要な「ルール」(就業規則や労務管理など)や「ツール」(セキュリティシステムやアプリケーションなど)について解説をしてきました。「ルール」や「ツール」といったハード面を整備すれば、業務は大幅に効率化されます。しかし、それで働き方改革を実現できるかというと、そうではありません。重要なのはむしろソフト面、つまり組織におけるマネジメントやコミュニケーション、評価に対する考え方をニューノーマル時代の働き方に合ったものへと変革することです。

マネジメントの役割が変わる

テレワークの普及により、管理職に求められる役割が変化しつつあります。従来の働き方では、管理職は部下の様子が気になれば声をかけたり、報告や相談があったタイミング対応したり、ということが可能でした。同じ場所で長時間一緒に過ごすなかで、自分がプレイヤーとして活躍する背中を黙って見せることで、部下を教育することもできましたが、お互いの姿の見えないテレワークでは、このようなマネジメントスタイルは一切機能しません。

テレワークでは、一人ひとりが自立して働きつつもチームで成果を出すことが求められます。管理職自身がプレイヤーとしてチームを引っ張るのではなく、メンバーの個性を引き出し、それぞれのセルフマネジメント力を高めることでチームの生産性を向上させるよう、管理職の意識と行動を変えなくてはなりません。

iStock-1198252567.jpg

インテルの元CEO、アンドリュー・グローブは、著書「ハイアウトプット・マネジメント」で管理職のあるべき姿について、次のように語っています。

私の見解では、マネジャーのアウトプットは自分の率いる組織のアウトプットそのものであり、それ以上のものでも、それ以下のものでもない。したがって、マネジャー自身の生産性は、部下のチームのアウトプットをより多く引き出すことにかかっている。
(アンドリュー・S・グローブ著 『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』,日経BP社, Kindle版, 2017, 位置No.3945)


アンドリュー・グローブは、マネージャー自身がどれだけ仕事について熟知していても、それをチームのパフォーマンスやアウトプットにつなげることができなければ意味がない、部下の個人個人のパフォーマンスレベルを引き上げるためには、教育とモチベーションの向上が最も重要で、それ以外にマネージャーがやるべきことはない、と語っています。

では、部下のセルフマネジメント力を高めるために、管理職は何をすればよいのでしょうか。何よりも重要なのは、上司と部下の信頼関係の構築です。テレワークではメールやチャットでのコミュニケーションが主となります。そこで起こりがちなのが、部下が発信したことに対する反応が何もない、という状況です。お互いの姿が見える状況であれば、忙しいからまだ確認できていないのだろう、何も言われないということは大丈夫ということだろう、と察することができますが、様子のわからないテレワークで同じことをしてしまうと、部下は不安になるだけです。これでは信頼感を醸成することはできません。

まずは、チームのビジョンや目標を明確にし、個人に適切な業務配分を行うこと。目標達成へのプロセスもしっかりとモニターし、成果を出すためにどのように時間を過ごすのかを、こまめに話し合うこと。孤独感を感じたり働きすぎたりしないように、モチベーション管理や体調管理にも気を配ること。テレワークを核とした新しい働き方では、管理職に求められるコミュニケーション量は大幅に増加します。しかし、これらのことに真摯に向き合わない限り、テレワークを核とした新しい働き方を実現することはできません。すでに、管理職にプレイヤーとしての役割を求めず、純粋なマネジメントを担ってもらうようマネジメントスタイルを変えようとしている企業、コーチングの専門知識やダイバーシティに関する研修を行うことで、管理職のマネジメントスキルやヒューマンスキルを向上させる仕組みを構築しようとしている企業も出始めています。新たなマネジメント手法を確立できるように、管理職の権限や待遇を向上することなども、ニューノーマル時代の経営戦略における重要なポイントとなりそうです。

「優秀な人」の評価軸が変わる

さて、テレワーク導入企業でよく聞かれるのが、「『優秀な人』の評価軸が変わった」ということです。従来の働き方では、朝早く出勤して夜遅くまで残っていたり、インフォーマルなコミュニケーションが上手だったりということが、評価におけるプラスのバイアスとして働きがちでした。しかし、テレワークでは一人ひとりのパフォーマンスの本質が明らかになります。明らかなアウトプットがないのに残業時間だけが長ければ、一体何をしているのだろうかと不信感を抱かれます。ビデオ会議では、事前準備をして臨んでいるか、建設的な発言をしているかなど、限られた時間におけるアウトプットがとても目立ちます。優秀だと思っていた人が実はそんなに成果を出していなかったり、逆にこれまであまり目立たなかった人の貢献度が非常に高いことがわかったりと、これまでの評価が覆されるようなことも起こりえます。目に見える成果によって評価するという、当たり前のようでなかなか進まなかった成果主義への動きが、今回のコロナ危機で一斉導入されたテレワークをきっかけに、加速しています。

この時代に評価されるのは、自立・自走しながら、チームの目標に対して成果を出せる人材です。成果を正しく評価するためには、目標を明確にしたうえで、社員をどのような指標で評価するのかという評価軸も可視化しなくてはなりません。こうした流れは、企業と従業員の雇用契約のあり方にも影響を及ぼそうとしています。

今、注目を集める「ジョブ型雇用」とは?

2020年7月31日、KDDIは約1万3000人の正社員に対して、段階的に「ジョブ型雇用」を導入すると発表しました。

「ジョブ型雇用」とは、職務内容を明確にして成果で賃金を支払う雇用制度です。KDDIは今後、職務定義書で社員の職務を明示し、その達成度などをみて、年功にとらわれない評価で賃金を決定していくとしています。また一律20万円台だった新卒の初任給も、大学での研究分野やインターンシップの評価をもとに、最大で2倍以上の差をつけることも想定しているようです。

「ジョブ型雇用」に対して、従来の雇用制度は「メンバーシップ型雇用」と呼ばれます。「メンバーシップ型雇用」では、新卒を一括採用し、ジョブローテーションなどで適性を見極めながら、職務を与えていきます。給与は年齢や勤続年数などをもとにして決められます。終身雇用を前提としているため、長期勤続者が多く、雇用が安定するというメリットがありますが、多くの場合、専門分野を持たないゼネラリストとして成長していくため、個人にとっては、年齢が高くなるほど転職が難しくなるというデメリットもあります。

一方「ジョブ型雇用」は、ジョブディスクリプションによって仕事の範囲が明確にされており、企業は仕事に必要な能力を持った人材を必要なタイミングで雇用します。給与は、年齢や勤続年数関係なく、スキルによって決定されます。企業にとって非常に合理的な採用方法であり、個人にとってはより専門性の高い人材として成長していくことができるというメリットがあります。しかし、自律的にスキルアップができなければキャリアアップが難しいという厳しさもあります。

ここ数ヶ月で、KDDIだけではなく、日立製作所、資生堂、富士通など名だたる日本企業が立て続けに「ジョブ型雇用」への移行を発表し、経済界に大きな衝撃を与えています。そしてこの流れは、中小企業も巻き込みながら、さらに加速しそうです。2020年4月に施行された「パートタイム・有期雇用労働法」では、「同じ仕事に就いている限り、正社員・非正社員であるかは関係なく、同一の賃金を支給する」ことが必要となりました(中小企業への適用は2021年4月から)。いわゆる「同一労働同一賃金ルール」です。「同一労働同一賃金ルール」では、立場に関係なく仕事の内容によって賃金が決定します。業務内容に関係なく年齢や勤続年数によって給与が決まる「メンバーシップ型雇用」とは相容れない部分が出てくるため、従来の給与体系を維持することは難しくなるでしょう。終身雇用制や年功序列制も崩壊しつつあり、近い将来「ジョブ型雇用」が主流となっていく可能性は十分に考えられます。

では、この大きな環境変化に、一人ひとりのビジネスパーソンはどう向き合えばいいのでしょうか。これからは上司に言われるままに仕事をこなし、長時間会社にいれば評価してもらえるという時代ではなくなります。「ジョブ型雇用」が進めば、会社に雇用されているとはいえ、社員はプロフェッショナルとして、自分のスキルを会社に提供し、その対価としての報酬を得ることになります。つまり「個人」=「事業主」、「会社」=「顧客」に近い感覚で仕事をするようになっていくということです。社内における立場や役職関係なく、時代に必要とされるスキルを身につけ、いかに創造性の高い仕事をできるかどうかが、ニューノーマル時代に働く個人に問われています。大きな変化に対応する姿勢が、今、企業と個人の両方に求められています。