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スポットライト効果

 ちょっと目立つ服装をしているとか,少し太って顔が丸く見えるとか,シャツに汚れがついているとか,自分が気になることがあると憂鬱な気分になるものだ。他の誰もがそういった欠点ともいえない欠点に気づいていて,嘲笑したり,噂したりしていると思い込んでしまう。まるで自分にだけスポットライトが当てられていて,そこにいる誰もが自分に注目して,自分が気になっている所やクセが丸見えになっていると考えてしまう。「スポットライト効果」とは,自分が気にしていることを他者も同じくらい気にしていると判断してしまうことであり,認知バイアスの一種である。自分は注目されている,見られているという感覚である。

 大勢の前でのプレゼンや人前でのスピーチなどが苦手な人は少なくない。プレゼンやスピーチでのちょっとした言い間違いや小さな説明不足とか,手を動かしすぎる癖とかジャケットと不釣り合いのネクタイなどが気になるものだ。やはり他の人は皆気づいていると思ってしまう。

スポットライト効果実験

 心理学者のトーマス・ギロビッチら(1999)によるこんな実験がある。被験者は歌手のバリー・マニロウの顔写真が胸の部分に大きくプリントされた「ダサい」Tシャツを着て,数人がアンケート調査に答えている教室のドアをノックしてから,入っていく。被験者は自分では「こんなTシャツはダサくて恥ずかしいし,皆が注目する」と考えている(バリー・マニロウはアメリカの有名な歌手で数多くのヒット曲があり,来日公演や日本のCMの作曲なども行なっている。彼の顔写真のプリントTシャツがダサいのかどうか,筆者には判断がつかないが...)。しばらくして被験者は,教室にいる実験者とともにアンケートに答えている人たちの前を通って教室から出て行く。

 その後このTシャツを着た被験者に,教室にいた人のうち何人くらいが,Tシャツに注目したと思うかを質問した。Tシャツを着た被験者15名(教室に入っていくのは1人だけで,教室内でアンケートに答える人たちもそれぞれ異なる)の回答の平均は46%であった。教室でアンケートに答えていた4~6人のうち,実際に気づいたかのはどのくらいいたかというと,平均してわずか21%に過ぎなかった。被験者や教室にいた人たちとは別の参加者で,教室にいた人のうちどのくらいがTシャツの写真が誰であるかに気づいたかを推測するのが役割の人たちもいた。その人たちの推定値も,ほぼ同じく,22%程度であった。被験者は「多くの人に見られている」と思っていたのに,実際にはその半分以下にしか見られていなかったのである。推測するだけの第三者は,見ていた人は2割程度だろうという,かなり正確な予測をしていた。

透明性の錯覚と異同

 私たちは皆,自己中心的な世界に生きている。自分の仕事,趣味,活動...自分の行なっているあるいは考えているもろもろのことに一番関心を持っていて,注意を払っているのは自分自身なのだ。そこで自分が知っているということが基準(アンカー)となって他者の心を判断するので,自分が関心を持っていることに他者も同様に関心を持っているだろうと考えてしまうのである。これは,前回扱った「透明性の錯覚」の原因であるが,スポットライト効果でもまったく同じ原因が考えられる。

「私たちの誰もが,自分自身の宇宙の中心にいる」(ギロビッチら2000)のである。

 スポットライト効果と透明性の錯覚はよく似ているが,違いもある。透明性の錯覚は,自分自身の考えや感情などの心の内的状態が見抜かれているのではないかと思ってしまうことであるが,スポットライト効果は,自分の行動や見かけ・服装などの外的状態が他者に注目されていると思ってしまうことである。

スポットライト効果の影響

 自分の発言やプレゼンの内容よりも,自分がどう見えたのかが気になってしまうことがある。これでは肝心のプレゼンやスピーチの内容を伝達することがうまくいかないということが起こりかねない。スポットライト効果は,情報伝達に悪影響を及ぼす可能性があるのだ。

 自分は会議で意義ある発言をしたのに,あるいは協働のプロジェクトで重要な貢献をしたのに,それらが正当に評価されていないとの不満を持つ人がいる。不満を持つことで,やる気をなくしたり,職場に悪い雰囲気をまき散らすこともある。これもスポットライト効果の影響かもしれない。自分は自分の発言や自分の仕事の分担分についてよく知っているので,自分の発言や貢献が重要だと思いがちだ。他の人も同じくらいわかっていると思い込んでいるが,実はそうではないから,正当な評価がされていないと思ってしまうのだ。

 社会的不安の原因となることがある。社会的不安とは,他者からの評価に異常に敏感になることとそれによって生じる心身の異常である。自分のささやかな欠点にほかの人も気づいていて,マイナスの評価をしていると思い込んでしまうことがあり,それが社会的不安を招きかねない。

 さらに,スポットライト効果によって,人は自分が他の人とちょっと違った行動をとったり,違った格好をすることに注目し,それが自分のマイナス評価と結びつくと考えてしまう。そこで,なるべく他の人と同じ行動や同じ服装をしようと考えると,あまり意味のない同調性や体勢順応性が生まれることになる。

 このようにスポットライト効果は,小さな現象に見えるが,大きな影響を及ぼしかねない,意外に大事な効果なのである。

スポットライト効果から逃れるには

 多くの認知バイアスと同様にスポットライト効果も,それから免れる特効薬はなさそうだ。ただ,その影響を小さくすることはできる。それには「小さなことを気にしても誰も見てないから」というよく言われる言葉をかみしめるのが一番よさそうだ。スピーチやプレゼンの場合には,一番大事なその内容を伝えることに全力を尽くすとよい。そして些細なことが気にならなくなるまで入念な準備をするにつきる。

参考文献

Gilovich, Thomas and Kenneth Savitsky, 1999, The Spotlight Effect and the Illusion of Transparency: Egocentric Assessments of How We Are Seen by Others, Current Directions in Psychological Science, Vol.8, No.6, pp.165-168.

Gilovich, Thomas, Victoria Husted Medvec and Kenneth Savitsky, 2000, The Spotlight Effect in Social Judgment: An Egocentric Bias in Estimates of the Salience of One's Own Actions and Appearance, Journal of Personality and Social Psychology, Vol.78, No.2, pp.211-222.