「朝型勤務」の施策で、夜の残業を禁止し、残業の朝へのシフトを実現させた伊藤忠商事(伊藤忠)。成果が着実に出ている朝型勤務は、もちろん働き方改革の1つの施策に過ぎない。朝型勤務を成功させた同社では、どのようなポリシーで働き方改革を推進しているのだろうか。同社 人事・総務部 企画統括室長の西川大輔氏に、チームスピリット代表取締役社長の荻島浩司氏が前編に引き続き働き方改革のポイントを訊いた。

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荻島氏:朝型勤務は、働き方改革の第一歩として成功しているようです。夜は20時までという時間の制約があるために、かえって効率的に仕事をしたり、業務を減らしたりするようになったというお話でした。しかし、実際に業務を削減した場合、業務の品質には問題は起きていませんか。

西川氏:私たちは、どうも必要以上にクオリティを高くするような仕事の仕方をしていたのではないでしょうか。作らなくてもいい資料を作り、仕事を増やしてはいなかったでしょうか。そうした無駄が整理されていると考えると、朝型勤務に伴う労働時間の短縮でも、クオリティ自体は下がっていないと思います。

 仕事を減らすことは、なかなか現場からはできないものです。トップが資料を作れというから、現場はそれに対応してきたわけです。それなら、まずトップから変えようということになりました。会議の回数、時間、そして資料の厚さを定量的に測定し、減らすようにしています。マネジメントが努力して減らそうとしてれば、社員もそれを認識します。量が多いことがクオリティの高さではない、中身があってポイントを押さえていればいいのだ、そういったメッセージを送っています。

荻島氏:私も会社を経営しているわけですが、そうした変革にはとても勇気が必要だと思います。原動力はどこにあったのでしょう。

西川氏:伊藤忠の場合は、代表取締役社長の岡藤正広が働き方改革を率先しています。元々、社員のころから残業をしないことで有名だったほどで、デスクに向かっていても仕事はできない、お客さまや現場を見よう、という現場主義が徹底していました。そうしたトップがいて、働き方改革にコミットしていることは非常に大きいことだと思います。

会社に貢献する人には個別に支援する

荻島氏:働き方改革の取り組みは、朝型勤務に始まったことではありませんよね。それまでの経験から得たノウハウはありますか。

西川氏:伊藤忠商事では、多様化への対応、女性活用に対して2000年代の半ばごろから取り組んできました。例えば女性総合職を2割、3割と採用するといった数値目標ありきで女性を多く採用し、様々な制度を整備していきました。しかし、枠組みを整えても、実際に「頑張る人」を支援する制度になっていないことがわかりました。そこで、今は「げん・こ・つ改革」をキーワードにしています。「現場、個別、つながり」です。

荻島氏:その考え方は、実際にはどのような施策につながっているのですか?

西川氏:「げん・こ・つ改革」は、現場に即した、個別支援を実施し、会社との繋がりを作っていく――というものです。以前に様々な制度を作ってわかったことですが、社員一律の制度を作っても、実際には制度の本来の目的の通りに機能しません。

 会社は、利益を上げ、成長することが第一であり、そのために、どんな施策を打っていくか――そこから落とし込んでいかなければいけません。会社が成長するために求められる施策は、「頑張る社員を支援する」ことです。育児や介護、様々な要因で困っている人がいたとき、手助けをすることで会社に貢献してくれるならば、その支援をしましょうというスタンスなんですね。もしも一律で支援するようにすると、仕事をする人もしない人も同じく支援してしまうことになります。だから「個別」なのです。

 「つながり」も同様のメッセージが込められています。育児などで一時的に仕事を離れる人も、その後に復職するつもりがあるなら、会社の現場とつながっていましょうということです。メールをする、誰かと連絡をする、今の仕事環境がどうなっているか勉強しておく――形はどうであれ、自分のキャリアや会社に対して、つながりを持っていてくださいと伝えています。

荻島氏:人材育成と健康経営というキーワードを掲げて働き方改革を推進していらっしゃいますが、社員の健康や「ワークライフバランス」の「ライフ」についてはどう考えていますか?

西川氏:健康経営を考えたとき、最終的な目標は会社の企業価値が上がることだと思います。社員の健康や生活も大切ですが健康経営はそれだけではないと伊藤忠では考えています。ワークライフバランスと言いますが、会社にとって社員のワークとライフのバランスを取ることが目的ではないはずです。あくまでもワークがあって、そのために必要なことであればライフも上手く行くように支援するという優先順位です。ワークライフバランスというのは、会社に貢献しようとする思いの結果として、表れてくるものではないでしょうか。

荻島氏:会社への貢献を第一とする考え方は、とても学ぶべきところが多いと感じました。そうした考え方の下での女性の活躍について、現在の状況を教えてください。

西川氏:現状の総合職女性社員は全体の約1割です。採用数としては10~15%程度の比率です。同業他社はもう少し女性の採用比率が高いと認識しています。ただし商社という仕事を考えたとき、現実的に活躍してもらえる女性の数や比率はどうしても限られるのが現実です。特に海外駐在は女性の働き方としては大きな転機となります。

 もちろん、将来的に女性を増やしていく方向性には変わりありません。ただし、その量やスピード感には、私たちなりの身の丈にあったものがあるでしょう。今でも女性が活躍できるための仕組みを用意し、活躍の支援は怠っていないと考えています。

働き方改革は「勝つため」のツール

荻島氏:こうして推進している働き方改革は、御社の中でどのような位置づけにありますか。

西川氏:伊藤忠は他の大手商社と比べると、少ない人員で仕事をしています。他社に比べて少ない人数で、絶対に負けないレベルを保ち、勝ち続けなければならないわけです。そのためには、社員のスキルや能力を上げるという能力開発の側面と、健康、からだ、こころを保つという健康力向上の側面の両面があります。働き方改革は、この両面に対するインフラとなる部分と位置づけています。能力開発、健康力向上の両面で、個人のパフォーマンスがどれだけ上げられるか。そこにフォーカスしていくことになるでしょう。

 企業人としての能力にも2種類ありますよね。「元々の能力の高い人を採用する」という考えと、「経験を積むことで能力は磨かれていく」という考えです。伊藤忠では、どちらかというと後者の考えです。いかに仕事の経験の中でスキルを上げていくかです。個性を最大化させ、後天的に伸ばすという意味では、会社に入ってからのほうが勝負なのではないでしょうか。それが最終的な人材力強化につながると考えています。

荻島氏:今後の働き方改革へのアプローチはどのように考えていますか?

西川氏:今も試行錯誤をしている最中です。例えば、今よりも劇的に残業時間が3割、4割と減る環境にはならないわけです。朝8時までに来る人が7割、8割になることもないでしょう。これ以降は、時間の制約ではない形で業務効率化を進めるための違う仕掛けをしていかないといけないでしょう。

 その1つとして、場所の制約を外すという施策も考えられるかもしれません。現状では、在宅勤務は育児や介護に携わる社員と、身体に問題がある社員に限っています。しかし、IT環境は整備され、場所の制約を外すだけの環境が整ってきていることも確かです。今後どう考えるかは、試行錯誤をしていくしかないですね。

 新しい試みとして、2018年4月に独身寮を復活させることを考えています。食事指導や健康指導も採り入れたファシリティを備えた、若い社員が全員入れる独身寮を建設中です。健康面はもちろんですが、コミュニケーションの側面でも独身寮による初期教育はむしろ重要になってきていると思います。スマートフォンやSNSといったクローズドな世界で生きてきた若者に、いろいろな人間関係を作っていくスキルを身につけてもらいたいと考えています。

荻島氏:面白い試みですね。ぜひ独身寮の稼働後の成果についてもお話をうかがいたいものです。最後になりますが、人事担当の部署が主導で働き方改革を進めることについて、どう考えているか教えてください。

西川氏:朝型勤務も含めて、働き方改革に対してはトップのメッセージがとても強いですね。そこからインスピレーションをもらって、施策に落とし込んでいっているのが人事・総務部です。ゲームチェンジャーになるためには、競合他社と同じことをやっていてもダメです。常にリスクをとって、新しいことをやっていこうという意識が必要です。人事政策という側面から、企業価値を高めることができるのはとても意味のあることだと考えています。

 小さなことですが、「110運動」というキャンペーンを4年ほど実施しています。飲みに行く際、「1次会だけで、10時(22時)までに帰ろう」というものです。たくさん飲んだら翌朝に影響がでますし、長時間飲んでも良いことがないことは皆さん経験済みでしょう。朝型勤務と連動させながら、翌日に備えて22時には帰りましょうというわけです。健康にもいいですしね。このキャンペーンが定着してから、本社の周辺の飲み屋さんは22時にはお客さんが帰ってしまうと嘆いているほどですよ(笑)。

荻島氏:働き方改革に向けた様々な施策が、着実に定着していっていることがよくわかりました。今日はありがとうございました。

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara