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 前回は,自己決定理論を紹介し,人が心身ともに健康で満足のいく仕事をし,充実した生活を送る上で,自律性,有能感,関係性という三要素がきわめて重要であること,さらにそれらが仕事の成果や働く人の幸福にも大きな影響を及ぼすことを見た。

 仕事の文脈でこれら三要素が重要なのは,三要素が満たされるとモチベーションが高まるからであるが,自己決定理論ではモチベーションをどのように捉えているかをもう少し詳しく見ていこう。

 仕事や職場にとって,モチベーションがなによりも重要であるとはしばしば言われる。モチベーションと一言で言ってしまうが,モチベーションにもいろいろな種類があり,人は仕事に対してさまざまなモチベーションを持って取り組んでいる。さらにモチベーションの大小ばかりでなく,モチベーションの質の良し悪しも考えなければならない。どちらも仕事の結果に大きな影響を及ぼすからである。

 自己決定理論では,モチベーションは,まったくモチベーションがない状態である無動機を除いて,その源泉や原因によって4種類に分けられている。それらは,内発的動機,内面化された価値によるモチベーション,内的圧力によるモチベーション,外的圧力によるモチベーションの4種類である。

 モチベーションはたいてい外発的動機と内発的動機に分けられるが,自己決定理論ではそれらをさらに細かく分類することで,ニュアンスや意味の違いを明確にしようとする。ここで言う外的圧力と内的圧力は外発的動機にあたり,内発的動機はもちろん,内面化された価値も内発的動機に含まれるとされる。

 それぞれを源泉の観点から見ていこう。ただし,これらは厳密に分けられるわけではないし,連続的に分布していると考えられている。内発的動機づけから外的圧力によるモチベーションへと移行するにつれて,段々と外発性が強くなる,すなわち外からのコントロールの程度が強まるのである。2つのモチベーションが入り交じった段階や移行段階もありうる。

 ・外的圧力...外発的動機づけと言われることが多く,典型的には外部から与えられる報酬や処罰である。仕事が成し遂げられたり,成果が挙げられると報酬が得られ,不適切な行為に対しては処罰が与えられる。報酬は,ある行動を推し進めるモチベーションとなり,処罰はその対象となる行為を抑制するモチベーションとなる。地位や権力もこれに含まれる。この動機では,人は,自分の行動は外部からコントロールされていると受け取ることになる。このモチベーションは,短期的にはある程度有効であっても,長期的にはそうではない。また最小の努力で成果を挙げようとするため,不正行為も生じうる。

 ・内的圧力...外発的動機に近いが,主として自己の心理状態が原因となる。たとえば見栄や自己イメージのために行動することであり,仕事をしないと罪悪感や恥を感じるため,それを避けるというモチベーションや,仕事をすると賞賛が得られるとか,認められるということも含まれる。外的圧力弱いが,外部からのコントロールという面が強い。

 ・内面化された価値...個人的にも社会的にも意味があり価値があると考え,しなければならないと考えるというモチベーションである。最初は,外的な要因で行なっていた仕事を,やるのが当然であり,やることが自分にとって意味があると感じられるようになると,内面化されたモチベーションということができる。必ずしも仕事自体が面白いとは限らない。

 ・内発的動機...仕事自体が面白い,楽しいと感じられ,それを求めて行動する。仕事をすること自体が報酬となる。仕事そのものが楽しく面白いと考えられる状態である。

 人は,仕事に対して同時に複数のモチベーションに動かされていることもありうるし,状況に応じて,モチベーションの種類や程度が異なることもある。ひとりが複数の仕事をすることもよくある。一部の仕事は面白かったり意味があったりするが,他の仕事はそうではないこともある。その場合には,後者の仕事は外部からの報酬がモチベーションになっていることもある。

 外発的動機に分類される最初の2つのモチベーションは,外部の力でコントロールされているという感覚を人に与えるので,モチベーションとしての質は劣ると考えられている。一方,内発的動機に分類される2つのモチベーションは,より自律的であると受け取られ,質的には優ると考えられている。

これらを示したのが,図である。

 このような分類が意味を持つのは,これらのモチベーションの差によって,行動への影響が異なり,それが仕事の成果や働く人の満足に対して異なる影響を及ぼすからである。

 図に示されているような,質的に優れたモチベーションによる行動は,それが劣るモチベーションの場合に比べて次のようなことが成り立つことが多くの研究から明らかにされている。

  • 個人にとっても組織にとってもよりよい結果が生み出される。
  • 成果や生産性が向上する。
  • 現在の職場により長期に勤め,欠勤も少なく,転職・離職も少ない。
  • 仕事に対してより持続的に取組,集中力が高く,努力もし,より深く関わろうとする。
  • 与えられた役割をきちんとこなそうとする。
  • 活動的かつ創造的である。
  • より満足や幸福を感じることが多く,自分自身にエネルギーを感じられる。
  • 疲労感や燃え尽きることが少ない。
  • 身体的により健康で,ストレスを感じることが少ない。

 このように,より自律的なモチベーションから行なう仕事は,自律性が小さく外的要因でコントロールされているモチベーションによる仕事に比べて,組織にとっても個人にとってもより望ましい結果をもたらすことがわかっている。

 先に述べたように,働く人は,自律性,有能感,関係性の三要素が満たされると,より質の優れたモチベーションを持ちうることは実証的にも確かめられている。では次に,どんな条件が満たされれば,この三要素が満たされるのであろうか。それらが満たされるかどうかは,仕事のデザイン,職場の人間関係とリーダーシップ,そして報酬システムがどのように設計されているかに依る。この点に関しては次回検討しよう。 

参考文献 

Rigby,C.Scott and Richard M.Ryan, 2018, Self-Determination Theory in Human Resources Development: New Directions and Practical Considerations, Advances in Developing Human Resources, vol.20-2, pp.133-147.

Manganelli,Lara, Anais Thibault-Landry, Jacques Forest and Joelle Carpentier, 2018, Self-Determination Theory Can Help You Generate Performance and Well-Being in the Workplace: A Review of the Literature, Advances in Developing Human Resources, vol.20-2, pp.227-240.