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前回見たように,職場において,自己決定理論における三要素,すなわち,自律性,有能感,関係性が満たされると,質の良いモチベーションを持つことができ,その結果,仕事の成果が上がり,働く人の満足度も大きくなる。

 では,職場や仕事がどのような条件を満たすときに,この三要素は満たされるのだろうか。

仕事や職場に関する3つの側面とは?

 三要素に大きな影響を与えるものとして,仕事や職場に関する3つの側面が重要である。それらは,仕事のデザイン,上司や同僚との関係,給与や賃金などの報酬システムの3つである。多くの研究からわかってきたことを見ていこう。

 まず仕事のデザインが大事である。仕事のデザインとは,仕事の性質とその進め方のことである。これらには5つの観点があり,以下のような条件が満たされると,三要素,特に自律性や有能感が満たされるとされている。ポイントは,仕事の内容ではなく,仕事の進め方にある。働く人を単なるコマとか,歯車の歯の1つと捉えずに,主体的に行動できるようにすることが肝要である。

①仕事の多様性...さまざまなスキルや能力を必要とする仕事の方が,そうでない仕事よりも,働く人に自律性をもたらす。

②仕事のアイデンティティ...仕事の最初の段階から最終段階まで関わりを持てるような仕事であること。流れ作業のごく一部だけを担当するのではなく,なるべく多くの段階で関わりを持つことによって,仕事をしていると強く感じることができ,仕事に対する愛着や責任感を生み,自律性や有能感を促進することになる。できるだけ任せるということが肝心なのだ。

③仕事の意義や重要性...以前に取り上げたように,仕事の社会的意義や意味がはっきりしている方が,働く人に有能感や自律性をもたらす。

④仕事の自律性...働く人がきちんと考えて決断を下したり,意思決定を行なうことができるような仕事が,自律感や有能感を高める。

⑤フィードバック...仕事の結果ややり方に関して同僚や上司からの適切なフィードバックがあること。フィードバックは,必ずしもプラス面ばかりでなく,マイナス面であってもよい。ただし,フィードバックは,命令的であったり過剰に指示的であったりするのではなく,働く人が評価・判断するために必要な情報とともに与えることが望ましい。

 次に,職場の人間関係と上司のリーダーシップが重要となる。言うまでもなくこれらは,三要素のうちの関係性を決定する要因そのものである。さらに,上司やスーパーバイザーなどの発言が命令的ではなく,適切な情報を与えるものであれば,働く人の自律性や有能感に大きな影響を及ぼすことは想像に難くない。

 最後に,もっとも重要と思われる要因がある。それは,報酬システムである。金銭的報酬としては,固定給,成果給,ボーナス,固定給プラス歩合制などいろいろある。金銭ばかりでなく,成果を挙げた者に特別休暇を与えたり,出勤時間の自由を与えたりする非金銭的報酬も多様にある。

外発的動機づけが内発的動機づけを抑制する

 現金は最強最善の動機づけ要因であるとしばしば言われるが,それに対して,現金のような外発的インセンティブは,内発的動機づけを阻害するという意見も見られる。実際,このテーマに関しては,研究においても実践においてもさまざまな議論がある。たとえば成果に応じた報酬を与える成果主義をめぐっては,それを取り入れている企業や組織は増えている一方,有名企業の業績不振の原因の一端が成果主義にあるという分析もされている。

 出来高払いは,仕事が単調で,それ自体に面白みが感じられない仕事に対しては有効であり,出来高に応じた賃金が高くなれば,作業量が上がることが確かめられている。たとえば,単純労働である部品の組み立て作業などがこれに当たる。この点だけで,成果報酬は有効であるという結論が出されたこともあるが,事態はそう単純ではない。それ自体が面白いあるいは知的努力を必要とするような仕事では,出来高払いは,内発的モチベーションを抑制することがしばしば指摘されている。仕事をするモチベーションが,完全に外部の力でコントロールされていることになると,前回見たように,モチベーションとしては質が低くなる。行動経済学や心理学でしばしば取り上げられてきた,「外発的動機づけが内発的動機づけを抑制する」という現象(クラウディングアウト効果と言われる)である。

 さらに,次のようなマイナスの効果もあるということが明らかになっている。第一に,外発的インセンティブの効果は短期的には有効であるが,長期的には効果が薄れていくことである。第二に,出来高払いや成果報酬によって,たしかに成し遂げた仕事の量は増加することが多い,質に関しては必ずしも向上するとは言えず,かえって質的には悪化することも多いことである。

 要するに,金銭などの外発的インセンティブは,うまく働くこともあれば,逆効果をおよぼすこともありうるのだ。金銭的報酬はどんな条件下ではうまく働き,どんな条件下では逆効果なのかを明らかにするためには,自己決定理論に基づく説明が役立つ。それによると,決定的影響を及ぼすのは,金銭的報酬が働く人にとってどのように受け取られるのかということである。

 金銭的インセンティブは,働く人にとって,2つの意味を持ちうる。1つはそれが,働く人が,自分の努力や活動への参加を促進するものと捉えることである。これを金銭的インセンティブの情報的意味という。これに対して,働く人が,金銭的インセンティブを,それは自分をコントロールする,自分の行動を縛るものだと受けとることもある。これを金銭的インセンティブの統制的意味という。前者であれば働く人の自律性や有能感を満たし,内発的モチベーションにつながり,後者であれば,逆に自律性や有能感を損ない,外発的モチベーションが優勢となる。金銭的インセンティブの持つこの違いが,それが有効に働くかどうかを決定的に分けるものである。

 では,どんな場合に金銭的インセンティブは情報的であり,どんな場合に統制的となるのだろうか。この点については,実験も取り入れた研究があるので,次回に詳しく見ていこう。

参考文献 

Manganelli,Lara, Anais Thibault-Landry, Jacques Forest and Joelle Carpentier, 2018, Self-Determination Theory Can Help You Generate Performance and Well-Being in the Workplace: A Review of the Literature, Advances in Developing Human Resources, vol.20-2,

pp.227-240.

Thibault Landry,Anais, Jacques Forest, Drea Zigarmi, Dobie Houson and Etienne Boucher, 2018, The Carrot and the Stick? Investigating the Functional Meaning of Cash Rewards and Their Motivational Power According to Self-Determination Theory, Compensation and Benefits Review.