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最近の買いだめとSNS

 私たちは,手元のモノや目先の情報にすぐに反応してしまう。今新型コロナウィルスが蔓延しているが,それにともなってマスク・トイレットペーパー・食料品の買い占めやまとめ買いが問題となっている。マスクは実際に手に入らなくなっているらしいが,トイレットペーパーや食料品は在庫が豊富にあり,買い占めさえしなければ手に入らなくなることはないと言われている。しかし一部の人々はドラッグストアーやスーパーマーケットに殺到する。

 こういった商品の品薄情報は,まずSNSで流れたらしい。そしてそれを信じた人が実際に店に行ってあわてて買い込むと,確かに一時的に品薄になる。それをマスメディアが報道し,空っぽになった棚が映像で流れると,見た人がまた慌てて買いに走る。そういった循環で,最初は根拠がないのに買いだめしても,実際に品がなくなっているのを見れば,いっそう買いだめ行動に拍車がかかることになってしまう。

SNS情報の特徴

 SNSでは,「いいね!」とかリツイートなどを利用して,自分が得た情報を他人に拡散することがよくある。では,SNS情報をどんな場合に拡散するのだろうか。それを調べたデータによると,「内容に共感した」が46.2%,「内容が面白い」が40.4%であるのに対し,「情報の信憑性が高い」はわずか23.5%であった[1]。年代別に見ると20代以下では,「内容に共感」49.5%,「内容が面白い」58.0%であり,「信憑性」はたったの19%である。年齢が上がるにつれて,「内容に共感」はあまり変わらないが,「面白い」の程度が減っていき,「信憑性」を重視する人が増えてくる。60代以上では,「内容が面白い」18.2%,「信憑性」は37.9%となる。若い人ほど,SNS情報の信頼性を重視せず,内容に共感するかどうかや面白いかどうかを基準にしていることがわかる。

「見たものすべて」とは

 「見たものすべて」とは,人は目につきやすい情報や特徴には直ちに反応して行動を起こすが,目の前にない情報や事実には気づきにくいという性質である。行動経済学の第一人者であるダニエル・カーネマンは,「見たものすべて」は人の認知の最大の欠陥であると言う[2]。そして,SNSやメディアで品薄などと知らされると,直ちに「大変だ。買わなくちゃ」と考えてしまい,買い占め行動に走る。情報が正しいのか,今すぐ買う必要があるのかといったことにはなかなか気が回らないのだ。

 以前から何度も指摘しているように,これはシステム1,すなわち直感や感情の反応なのである。人は情報に接したときに,「大変だ」「恐い」といった感情的な反応が引き起こされると,直ちにそれを避けようとする。システム1は,まさに「見たものすべて」であり,目の前に大変な状況が示されればすぐに反応するが,背後にある見えないものにはなかなか反応できないのである。こういった場合には,システム2によってよく考え,調べるという行動が必要なのだがなかなか難しい。上のSNSに対する態度を見ても,若い人ほど感情的に行動していることがわかる。

感染症検査の落とし穴

 最近,新型コロナウィルスの蔓延の危機に備えてもっと検査をすべきだという声がよく聞かれる。本当にそうだろうか。検査を多くすることでより多くの感染者を見つけられるというメリットが強調されるが,実はその方法には気づきにくい危うさがあることを見ていこう。

 たとえば,人口1万人当たり1人が感染する,つまり感染率が1万分の1の感染症があるとしよう。(以下は,あくまで考え方を示すための仮設例であり,現在進行中のコロナウイルスの事例とは異なる点も多いことを予めお断わりしておく)。そして検査の精度が仮に90%であったとしよう(検査の精度としてはかなり高い)。これは,検査をすると,90%は正しく判定されるが,誤りが10%あるという意味である。つまり,感染者が100人いれば,検査すると90人は「陽性」と判定されるが,10人は間違って「陰性」と判定されることを意味している。逆に非感染者100人を検査すると,90人は「陰性」だが,10人は「陽性」となってしまうのだ。

 さて,この検査の結果「陽性」と判定されたら,ほとんどの人が自分は感染したと考えるであろう。なにしろ90%正確な検査の結果が陽性なのだから。正しいと信じても当然である。

 しかし,本当にそうなのだろうか?ちょっと面倒くさいかもしれないが,次の計算を追ってみて欲しい。


 まず,感染率は1万分の1なので,1万人あたり1人の感染者がいることになる。ではこの検査を市中の10万人にしたらどうなるだろうか。感染者は10人いることになる。検査すると,精度90%なので,感染者のうち9人は正確に「陽性」と判定されるが,1人は間違って「陰性」となる。この,感染しているのに「陰性」となることを「偽陰性」という。残りの非感染者9万9990人のうち,8万9991人は正しく「陰性」となるが,間違って「陽性」となる人が9999人もいることになる。これは感染していないのに陽性になるので「偽陽性」という。

 これを表に示したのが以下である。

表1.png

 この表から,「陽性」のうち実際に感染している確率はどの程度か計算して見よう。

(感染していて陽性)/(陽性と判定)= ①/①+② =9/10,008 ≒0.0009

 つまり約0.1%しかないのである。90%正確な検査で「陽性」判定を受けても,実際に感染している確率はたった0.1%(!)しかないのである。「信じられない」という人もいるだろう。でも,これが真実なのだ。

 ここで注目して欲しいのは,②に分類されている「偽陽性」の多さである。「陽性」判定を受けた人のうち99.9%は,感染していないのに「陽性」となった「偽陽性」なのだ!

 こんな検査はやってもムダだ,ということになるだろう。そこで,実際にはこんな無差別な検査はしない方がよい。感染している可能性が高いハイリスク集団に限って検査する方がよいのである。たとえば,感染者との濃厚接触者とか,咳や発熱の症状がある人などである。もちろんこのような自覚や症状があっても感染していない人もいる。このようなハイリスク集団における感染率を70%として,精度90%の検査を受け「陽性」の判定が出たらどうだろうか。上と同様に表と計算を示してみよう。

 この集団では感染率は70%なので,1000人いると700人は感染していることになる。この700人を検査すると,精度90%なので,630人は正確に「陽性」と判定されるが,70人は「偽陰性」となる。残りの非感染者300人のうち,270人は正しく「陰性」となるが,「偽陽性」が30人いることになる。

表2.png

 「陽性」のうち実際に感染している確率はどの程度だろうか。

(感染していて陽性)/(陽性と判定)= ①/①+② =630/660 ≒ 0.95

 この場合には感染確率は95%,つまりほぼ確実に感染していることになる。ただし,この場合には偽陰性も20%ほど出てしまうのが欠点である。つまり,陽性と出たらほぼ確実に感染しているが,陰性と出たのに感染していることが2割ほど生じてしまう。

 ここまでの分析は,感染率や検査の精度に関する数値の設定の仕方によって結果の数値がかなり変わるので,あくまで一例と考えて頂きたい。しかし,できるだけ多くの人をとにかく検査すべきであるという主張が正しくないことはおわかり頂けたのではないだろうか。症状があったり感染可能性が高いハイリスク集団に絞って検査する方が,感染者を正しく発見する確率ははるかに大きいのである。またハイリスク集団では「陰性」であっても再検査が必要である。リスクが高いので,いったん「陰性」と判定されても念のため再検査した方がよいのである。

 多くの人を検査した結果,多くの偽陽性の人が出て,その人たちが病院におしかけて医療設備がいっぱいになり,本当に感染している人が治療を受けられないことが起こりうる。それが「医療崩壊」と言われる,もっとも避けなければならない事態なのである。数は少ないが偽陰性の人の行動も危ない。自分は感染していないと思い込んで,感染防止を怠ることが大いにありうる。単に検査数を多くすることのメリットは小さく,ハイリスク集団にだけ検査する方がずっと大きな意味があるのだ。

 ここでも「見たものすべて」が働いているのである。感染率が高いかどうかはまったく気にせずに,検査の精度だけが気になり,検査の精度が90%と聞くと,検査を受けさえすれば,感染しているかどうかがほぼ確実にわかると思ってしまう。もう1つの「見たものすべて」は,「陽性」と聞くと「感染」している,「陰性」は「非感染」と同じ意味と思ってしまうことである。上で見たように,「陽性」=「感染」ではないし,「陰性」=「非感染」とも言えないのである。

 実際の感染症では,そもそも感染率がわからない,症状が出るとは限らない,重症化するかどうかわからないなど不確定の要素が多いから,ここでの議論がそのまま当てはまるわけではないが,上のような誤解はよく見られる。

 不適切な行動を招きかねない危うい性質-それが「見たものすべて」であり,私たちはシステム2を十分に働かせて,冷静に対処することが求められている。

参考文献

[1]総務省, 2016, 『平成27年度版 情報通信白書』
[2]ダニエル・カーネマン, 2012, 『ファスト & スロー』ハヤカワ文庫