少子高齢化が叫ばれ始めて久しい日本社会ですが、事態は改善に向かうどころか悪化の一途を辿っています。国立社会保障・人口問題研究所が発表した「日本の将来推計人口(平成29年推計)」によると、2015年に1億2709万人だった日本の人口は、2065年には8808万人と大幅減少の予想。65歳以上の老人人口は50年間で3387万人から3381万人と微減に留まるものの、15~64歳までの生産年齢人口は7728万人から4529万人にまで低迷すると推計されています。生産年齢人口の減少によって、高齢化率(人口における65歳以上の割合)は38.4%にもなると考えられています。

このように日本は、深刻な「人口減少社会」に突入しており、その傾向は今後もより顕著になっていくことでしょう。すでに現状で日本のどの業界でも慢性的な人手不足に陥ってきていますが、それはサービス業においても例外ではありません。人的リソースが逼迫する中、労働生産性を向上させて事業を成功させるためには、政府や行政だけでなく、各企業の努力や工夫が不可欠です。今回は外食・中食分野の工夫にスポットを当て、各企業が参考にすべき労働生産性向上のためのアイデアを紹介します。

労働生産性向上のために整理しておくべきポイント

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働き方改革研究所「海外との比較から探る日本の生産性向上のヒント」より

企業における労働生産性向上を考えるうえでは、まず指標をきちんと把握することが重要です。企業における生産性に目を向けることはもちろん欠かせませんが、1人ひとりの労働者が生み出す成果(労働生産性)を意識することで、より精度の高い労働の実現につながります。労働生産性は、「付加価値額あるいは生産量」を「労働投入量(労働者数または労働者数×労働時間)」で割った数値で算出されます。

つまり、労働生産性は分母にあたる労働投入量をなるべく抑え、さらに分子にあたる生産量を増やすことで向上が期待できるのです。より具体的に説明すると、労働投入量(費用・手間・時間)の削減、生産量(サービスの付加価値)の向上の2軸の取り組みが重要になります。労働生産性を高めるうえでは双方が必須ですが、労働投入量のカットには限りがあるので、まずはいかに付加価値を高めるかに焦点を当てましょう。以下では外食・中食分野における付加価値向上のための取り組みを紹介します。

労働生産性向上の施策1:付加価値を高める

外食・中食のようなサービス業においては、新規顧客を呼び込むことと同様にリピーターを定着化させることが不可欠な要素です。そのため、サービスにおいて競合他社にはないような付加価値をもたらすことで優位性を高めることができます。多くの企業ではまず分母となる労働投入量を削ることが検討しますが、分子である付加価値が高まることで、よりクリティカルな労働生産性の向上が期待できます。

では実際に外食・昼食業の現場ではどんな付加価値を高めるための取り組みが行われているのでしょうか。企業努力をすべきポイントについて紹介します。

取り組み1:コミュニケーションの円滑化(インバウンド対策)

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2019年にラグビーW杯が開催され、2020年には東京五輪をホスト国として迎える日本では、スポーツイベントのために来日した外国人へのおもてなしの質の強化にも注目されています。日本への観光の障害の1つとして言語が挙げられるだけに、多言語対応によるコミュニケーションへの対策が急ピッチで進んでいます。

インバウンド対策の1つの傾向として挙げられるのはデジタル化です。言語対応ができる人材を大量に確保することは現実的に難しく、できたとしてもコストがかさみます。そのため、訪日外国人でも見れば内容を理解できるホームページやタブレットの使用、後はQRコードを活用した決済や案内ページへの誘導などは効果的です。もちろん、そうしたコミュニケーションのデジタルシフトと並行して、直接のコミュニケーションを図るスタッフの英会話教育に力を入れることにも力を入れておきましょう。

取り組み2:メニュー開発・改良

情報洪水と呼ばれるほど、インターネットを通じて情報が溢れ返っている世の中では、外食・中食業においても個性が重要となります。顧客をリピーターにするためにも、メニュー開発に力をいれるべきです。目玉となるメニューが1つあるだけでも客足は大きく影響するだけでなく、メニュー化することで業務の効率化を図りつつ売上アップが期待できます。

ヒットするメニューとしてはもちろん味も良く見た目も画期的であれば、それに越したことはありません。ただ、お店の定番メニューでも、ちょっとした改良のアイデアで勝負できることもあります。たとえば、顧客の年齢や性別、食べられる量に合わせたカスタマイズができるメニューを開発したり、トッピング1品サービスを大胆にお酒に変更できたりなど、既存のものでもアイデア1つでヒットメニューになり得るでしょう。

取り組み3:訴求ポイントの強調・ブランドイメージの向上

手間暇込めて調理している料理やお弁当などのメニューは、訴求ポイントを強調することで売上が大きく変わることもあります。たとえば、メニュー表の欄に生産者や食材の解説を一行入れるだけでも印象が変わってオーダーにつながることもありますし、店舗独自のこだわりについて記載することでそれに共感した顧客がファンになってくれるかもしれません。後は写真がないメニュー表に写真を加えるだけでも訴求力はアップします。訴求ポイントを強調するだけでも、多くの方に付加価値を感じてもらえる可能性が高まります。

また、日本人は「期間限定」など限定物に弱いと言われますが、地域にセグメントしたご当地グルメについても人気を獲得しやすいと言えるでしょう。名産地の食材や地域限定のメニュー・お弁当などは目を惹きやすく、ブランディングすることによって他との差別化を図れます。ブランドイメージを向上させることで販売戦略もしやすくなり、さらなる付加価値の向上が見込めます。

取り組み4:店舗リニューアル・バリアフリー化

外食・中食業においては美味しい食事を提供することは大前提であり、それ以外の要素が伴って繁盛店となることが大半です。選ばれる要素として、お店のキレイさ利便性も重要となります。たとえば、昔ながらの中華料理屋とモダンでお洒落なつくりのお店では、女性客の入りやすさが格段に変わるでしょう。商戦を勝ち抜くうえで女性客を取り込むことは重要事項なので、そうしたことも意識したうえで店舗リニューアルなどを実施しましょう。

また、車いすの方やベビーカーを引いた家族連れの方をターゲットとする場合は、バリアフリー化することで通いやすさが圧倒的に変わります。プラスして障がい者用の駐車場も完備していれば、それだけでリピートする理由になり得ます。体の不自由な方が気を張らずに過ごせる場所はまだまだ少ないので、そうしたターゲット層に合わせた店づくりをすることも、付加価値向上における1つの手段だと言えるでしょう。

取り組み5:看板やポスターによる認知度向上

ネット社会において看板やポスターなどによる宣伝が顧客の来店に直結しないとお考えの方も多いでしょう。しかし、何でもネットで調べられる時代だけに「ネット内の情報の充実」だけに注力していても、競合に埋もれてしまう恐れがあります。だからこそ、道行く人の目に入る看板やポスターなどの訴求も重要なのです。

一回だけその道を通った場合は素通りされてしまうことも多いでしょうが、何回も通ることで自然と目に入って気になるのが看板やポスターの効力と言えるでしょう。何の店なのか、どんな食材やメニューがあるのかが認知されることで来店につながりやすくなります。店の個性を認識してもらううえでも、まだまだ重要なツールと言えるでしょう。

取り組み6:持ち帰り商品の販売

弁当や惣菜を販売する中食業の店では持ち帰りが基本ですが、外食業の店に置いても持ち帰りの販売は付加価値を高めるチャンスと言えます。近年は企業と提供したデリバリーサービスが流行っていますが、それは「店の味を自宅で楽しめる」という点に多くの方が良さを感じていることが一因となっています。持ち帰りサービスも始めれば、お店で食事してくれた方のお土産に、腰を落ち着かせて食事する時間がない時に購入してもらうことで売上アップが見込めるでしょう。

また、2020年2月現在では、テイクアウトは軽減税率の対象になるため、消費税率が8%である点も消費者にとっての魅力となっています。イートインすると軽減税率対象外のため、消費税率は10%です。たった2%の違いではありますが、顧客が持ち帰り商品をセレクトする要因には十分になり得ると言えます。

取り組み7:接客サービスの向上

顧客の心をつかむのは、何も提供する料理の味だけではありません。特に飲食店の場合は、店内の雰囲気や活気、従業員の対応の良し悪しもセレクトにおける理由となるのです。"こだわりのある頑固親父さんが名物"の店というようなブランディングができている場合などの例外も多少ありますが、基本的に多くの方は接客態度の悪い店を好みません。そのため、接客サービスの向上には常に取り組んでいく必要があるでしょう。

元気な挨拶やスタッフ同士の活発なコミュニケーションがあるだけでも店内の雰囲気は大きく異なります。特にお酒の飲める店であれば、そうした"愛嬌の部分"が常連さんを惹きつける魅力になることも珍しくありません。接客サービスの向上は1人ひとりの意識の改善によって実現できるので、付加価値向上の取り組みとして今すぐにでも着手すべきでしょう。

取り組み8:アレルギー表示・対応

近年、食物アレルギーに注目が集まっており、自主的に検査を受ける方の数が増えています。アレルギーは単なる好き嫌いではなく、程度によっては個人の健康や生死にも関わる重要な問題です。特に何かのアレルギーを持つお子さんがいる家庭では、常に子どもが口にする食材に神経を尖らせておく必要があります。

食物アレルギーを意識する方が増加したこともあり、アレルギー表示や対応がなされた店が人気を集めています。どの食材を使っていて、どのアレルギーを持つ人が口にしてはいけないものなのかを事前に把握できるだけで、アレルギー持ちからすれば安心です。誤って口にしてしまうという事故の防止にもつながるため、アレルギーに悩む方の来店の増加が期待できます。そうした身体的な特徴がある方に対する配慮がなされていることも選ばれる理由となり、「お客様のためになる」と実感することでスタッフの喜びにもなるのです。

取り組み9:子ども用無料料理の提供

多くの飲食店ではお子さん用の取り皿を用意し、親子で食事を楽しめるように配慮しています。ただ、子どもと来ている場合は取り分けるのは当然のことで、それだけでは子ども連れの方にリーチするサービスとは言い切れません。しかし、親の食事を子どもに分け与えるのではなく、初めから「子ども用無料料理」を提供するようにすれば、顧客の印象もガラっと変わります。

たとえば、うどんの提供に関しても、小児用うどんを先にお出しし、親が子どもにうどんを食べさせ終わるタイミングで、親用に注文を受けていたうどんを提供すれば、親子で出来立ての美味しいうどんが食べられます。さらに小児用うどんは麺を短くカットし、スープもぬるめにするなどお子さんが食べやすい配慮をしましょう。既存の切れ端の部分や短すぎる麺などを使って、小児用に無料サービスを試みるだけでも多くの子ども連れも顧客に喜ばれることでしょう。

取り組み10:公的機関の認定品の取り入れ

国などの公的機関の認定を受けている食材は、多くの方にとって安心の材料となり得ます。たとえば、農林水産省では、介護食品の範囲を整理し、「スマイルケア食」として新しい枠組みを整備しています。「スマイルケア食」は、健康維持上栄養補給が必要な人向けの食品に「青」マーク、噛むことが難しい人向けの食品に「黄」マーク、飲み込むことが難しい人向けの食品に「赤」マークを表示。それぞれの方の状態に応じた介護食品の選択を促進する取り組みです。

地域に高齢者の方が多いエリアでは、こうしたスマイルケア食認定を受けた製品を取り入れていることをアピールするだけでも競合との差別化につながります。顧客のことを思いやる取り組みは、支持されやすいので、今後の少子高齢化社会においては、スマイルケア食の活用は必須となるべき考え方かもしれません。

労働生産性向上の施策2:費用・手間・時間を削減する

前項でお伝えしたように労働生産性を高めるためには、まず付加価値向上について考えることが大切です。企業や店舗の多くは、それが二の次になってしまっています。付加価値向上の取り組みを実践したうえで行うべき施策が費用・手間・時間の労働投入量の削減です。すでに多くの経営者が取り組んでいる事柄かもしれませんが、まだまだ省ける無駄があるかもしれません。下記で紹介する内容をもとに業務の見直しを図ってみましょう。

取り組み1:レイアウトの見直し

25-3.jpg飲食店の座席の配置や売り場スペースのレイアウトを変更しただけで売上がアップすることも珍しくありません。たとえば、飲食店では間仕切りを見直すだけでも顧客の快適度が高まることもあるでしょう。後は厨房の位置などを改善することで、スタッフが無駄のない動きができる動線を確保することになり、ひいては人件費の削減にもつながることも期待できます。

取り組み2:注文方法の見直し

注文を取りに行くスタイルは顧客との接点を持つ重要な対応ですが、その反面、手間やロスが多いことも確かです。タッチパネル式の注文タブレットを導入するなどして、お客様自身が注文できるようにすれば、人件費の削減につながります。また、質問対応やトラブルの時間を削減することにもつながり、よりスムーズな店舗運営も期待できます。

取り組み3:食品ロスを減らす

飲食店では多くの廃棄物が出ますが、使う食品を一工夫するだけでも経費の削減につながります。これまでは未使用だった食材を活用して上手く新商品として開発するというやり方は、新しい食材の仕入れを必要としないため、注文があるだけ利益につながります。居酒屋などの賄いをイメージしてもらえば分かりやすいでしょう。

取り組み4:オススメメニューなどのメニュー表の充実

オススメのメニューを表にしたり、店内のボードに掲載したりすることで、来店した顧客に店のヒット商品を把握してもらいやすくします。そうすることでスタッフとお客様とのコミュニケーションの時間を短縮し、余計なことに時間を取られにくくなります。また、オススメによる高級感や特別感を出すことによる価格向上にもつながるかもしれません。

取り組み5:複数店舗の定休日をずらすことで廃棄ロス削減

複数の店舗を経営する場合、各店舗の定休日をずらすことで食材の2次利用の促進につながります。廃棄ロス削減が行えるうえに、店舗間の連携が高まることで、一店舗のみの経営ではできない相乗効果も期待できます。また、多くの日数を入りたいスタッフのシフトの調整にも役立つでしょう。

取り組み6:精算作業の改善

飲食店で意外と時間がかかるのが精算作業です。スタッフが対応に追われることで、他のお客さんのオーダーをもらい損ねる機会損失につながるケースもあります。POSレジの導入によるオペレーションの改善や無線クレジット端末や電子決済を導入することで、清算作業がよりスピーディーになることが期待できます。

取り組み7:小調理器等の見直し

多機能子調理器などの先端機器を導入することでも調理時間の短縮や廃棄ロスの低減につながります。無駄なく迅速な調理を行えることで人手不足の解消にも一役を買います。特に人手を借りずに自動化できる部分は積極的に投資をすることをおすすめします。

取り組み8:管理意識の向上

管理職層だけでなく、働くスタッフ全員の管理意識が高まれば、その分の材料費、人件費、資材費などの削減にもつながります。職場全体のコスト意識が高いと、1人ひとりの労働の質の向上も期待できます。そうしたきちんとしたコスト管理が行えることで安定した職場環境につながり、若手の定着率にも影響をおよぼすこともあるでしょう。

取り組み9:製造ラインの改善

飲食店の現場の改善だけでなく、製造ラインにも目を向けることで状況が一転することも珍しくありません。品質の不安定の改善、食品ロスの削減、製造工程の直線化による対応個数の増加などは製造ラインを整備することで改善が期待できます。供給元の安定によって余裕を持った稼働がしやすくなります。

取り組み10:定例会議の導入

スタッフ間の意識を高めるために定例会議を導入する店舗も少なくありません。生産性向上のための製造会議を行い、作業の標準時間を調査、効率的に作業できる動線の確保と機械等のレイアウト変更、会社理念の浸透のための勉強会などの実施によって1人ひとりの意識改革につながります。

労働生産性向上を目指すうえで頼るべき専門家

労働生産性向上の施策としては、分子にあたる付加価値の向上や分母である労働投入量の削減においてもさまざまな取り組みが存在します。他社が実践している取り組みを自社に取り入れることは1つの策ですが、自己流だけで行うのではなく、専門家による多角度のアドバイスをもらうことをおすすめします。下記に記載するそれぞれの項目においては、その道のスペシャリストに助言をもらいましょう。

取り組み専門家
店舗改装 建築会社の専門家
飲食の経営アドバイス 飲食コンサルタント
メニュー開発 フードコーディネーター
メニューやポスターなどビジュアル面 グラフィックデザイナー
メニューやポスターなど文章面 コピーライター
メニューの写真撮影 カメラマン

労働生産性向上は個人の努力というより「経営改善」

多角度から労働生産性を高めることに触れてきましたが、個人の生産性を高める動きよりも経営努力による取り組みの方が労働生産性向上につながりやすいことをお分かりいただけたでしょう。多くの企業では個人の費用・手間・時間の削減に注視しがちですが、労働生産性を高めるにはその仕事自体の価値を高める工夫こそが重要です。それはすなわち付加価値の向上です。

スタッフ1人ひとりの努力によって事業が成り立っており、同時に仕事の付加価値が高まることもあります。しかし、より重要となるのは企業努力による経営改善をいかに工夫して行うかだということを忘れないようにしましょう。今後の日本社会は人口減少が顕著となるだけに、1人ひとりが経営者に近い視点で利益を高めるにはどうすれば良いかを常に考えることが重要になるのです。

text:働き方改革研究所 編集部