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第二次世界大戦後の高度経済成長期を経て、飛躍的に経済力を向上させた日本。1968年には国内総生産(GDP)もアメリカに次ぐ世界第2位となり、その座を42年間も守ってきました。しかし、少子高齢化・労働人口の減少という社会的背景や人口13億人を超えるアジアの大国・中国の躍進もあり、2010年にはついにGDP世界第3位に転落。"極東の経済大国"として世界から羨望の眼差しを集めていた日本経済にも陰りが見えており、先行きを心配する声も出ています。

日本が再び世界に存在感を示す意味では、やはり経済力の維持・発展が欠かせません。しかし、近年では日本人の労働生産性の低さがたびたび指摘されており、それが経済の伸び悩みの一因であるとも考えられています。多くの日本人は自分たちの国民性に関して「勤勉で真面目」というイメージを持っているため、労働生産性の低さを認めたがらない風潮もあるようです。しかし、働き方改革を推進する意味でも既存の労働環境を見直したうえで、「労働生産性をいかに高められるか」を真剣に考える必要があります。

海外と比べて低い日本の労働生産性

未だに世界有数の経済大国である日本ですが、かつての高度経済成長期のような勢いはありません。イギリス金融大手HSBCによると、2030年にはGDPでインドにも抜かれると予測されています。中国・インドのような10億人以上の人口を誇る大国が本格的な経済発展を遂げれば、日本の人口規模では太刀打ちが困難なことは容易に想像できます。しかし、経済力は人口数だけで決まるものでもありません。少ない人口でも労働生産性を高めることによって、効率的に経済を回すことは可能です。ただ、問題の本質は「日本の労働生産性の低さ」にあるのです。

OECD間での日本の労働生産性は中位以下

公益財団法人日本生産性本部が発表した2018年版の「労働生産性国際比較」によると、以下の調査結果が出ています。

労働生産性の国際比較2018

  1. 日本の時間当たりの労働生産性は47.5ドルで、OECD加盟36ヶ国中20位
  2. 日本の1人当たりの労働生産性は、84,027ドル。OECD加盟36ヶ国中21位
  3. 日本の製造業の労働生産性は99,215ドルで、OECDに加盟する主要31ヶ国中15位

世界第3位のGDPを誇る経済大国の日本ですが、欧州諸国、アメリカ、日本などの34ヶ国で構成され、「世界最大のシンクタンク」と呼ばれているOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development/経済協力開発機構)間で労働生産性を比較するとこぞって中位より下にランクインしています。つまり、総合の生産量であるGDPは世界第3位であるにもかかわらず、多くの先進国と比較した際に日本の労働生産性は低いと言えます。

実は以前から低い日本の労働生産性

バブル経済の崩壊後、日本は経済成長が思わしくない失われた30年を経験しました。「そうした不況の影響から労働生産性も低下したのでは」と多くの方は考えるかもしれません。しかし、1980年の「時間当たり労働生産性」は19位で、1970年の「1人当たりの労働生産性」は20位とほぼ横ばいです。つまり、他の先進国と比較して日本の労働生産性が低いのは近年に限った話ではありません。働き方改革が施行される中で、労働生産性に目が向けられるようになったことで、そうした課題が浮き彫りになってきています。では労働生産性を高めるためには、どんな取り組みが必要なのでしょうか。

押さえておきたい生産性向上における基本

ここまで日本の労働生産性の低さを指摘してきましたが、そもそも労働生産性とは生産性を定量的に表す指標の1つです。労働投入量(労働人員数・労働時間数で表される総量)に対して生み出した経済的な成果(付加価値)によって導き出されます。生産性向上を図る方法はシンプルであり、分母となる労働投入量の効率化を図るか、分子の付加価値を増やすことの二択です。つまり、たくさん稼いで成果をあげるか、人や労働時間を減らすしか生産性を上げる方法はありません。

労働生産性

労働投入量を少なくしたうえで付加価値を高められれば、労働生産性の高い仕事を行うことができるでしょう。しかし、現在の日本社会では従業員の残業時間が多いなど、労働投入量の効率化についてはまだまだ改善の余地があるでしょう。しかし、労働にかけるリソースを減らしたうえで付加価値を生み出すことは至難の業だと言えます。それだけに、これからの時代はテクノロジーをうまく活用した生産性向上の取り組みが重要になってきます。

生産性向上におけるICTの利活用

冒頭でも述べたように、日本は少子高齢化と労働人口の減少という社会問題に直面しています。内閣府が発表した「令和元年版高齢社会白書」によると、15~64歳の生産年齢人口は、2018年の約7,500万人から2065年には約4,500万人にまで減少すると予測されています。生産性の基盤を支える分母となる労働力が大きく減少している状況なだけに、人の手を煩わせずに生産性を向上させる仕組みを構築する必要があるでしょう。その役割を担うテクノロジーとして、近年では「ICT」に注目が集まっています。

ICTとは

ICTは「Information and Communication Technology」の略であり、日本語では「情報通信技術」と訳されています。類似する言葉として、一般にも広く定着しているITが挙げられます。しかし、IT(Information Technology)はインターネットなどの通信とコンピュータとを駆使する情報技術であるのに対して、「Communication(通信、伝達)」という概念が含まれていることが大きな違いです。

ICT

ネットワークなどの情報技術を通して、コミュニケーションがより容易になり、情報や知識の共有が簡単に迅速に行えるようになりました。近年ではスマートフォンなどの携帯端末だけではなく、IoT(Internet of Things/モノのインターネット)によって身の回りのさまざまな製品がインターネットにつながり、データ収集や情報伝達をすることが可能になっています。そのため、そうしたテクノロジーを生産性向上に活用しない手はないのです。

各国企業のICT導入状況

生産性の向上に大きく寄与するテクノロジーとして注目を集めているICTですが、実際にどの程度ビジネスに活用され始めているのでしょうか。総務省が2018年に発表した「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」によると、ICTを導入済みと答えた日本企業は全体の約7割。アメリカの8割、イギリス、ドイツの9割以上に比べて低い水準であることがわかります。日本企業のICT導入は各国に後れを取っており、そうした現状が日本の労働生産性の低さとも関連しているかもしれません。

各国企業のICT導入状況

日本とアメリカのICT利用との比較

ICTの導入状況だけではなく、その用途においても各国で違いがあります。例えば、日本とアメリカを比較すると、日本は主に業務効率化やコスト削減を目的とした組織やプロセスに関する利用が中心です。業務の省力化や業務プロセスの効率化を図ることで労働投入量を減らし、分母の改善を行う事で労働生産性の向上を目指しています。

一方のアメリカはビジネスモデル変革など、マーケティングやプロダクトにICTを積極的に利活用しています。テクノロジーを駆使して既存製品・サービスの高付加価値化や新規製品・サービスの開発に注力。企業収益を増やすなど分子を引き上げることで労働生産性を高めようとしています。

日本のように業務効率化やコスト削減の実現手段としてICTを利活用することを「守りのICT」と位置付けられる傾向があり、米国型ビジネスモデルの改革など付加価値向上のために実現手段を講じるICT利活用は「攻めのICT」と呼ばれています。ICTによって既存の効率化を図るのか、それとも新たな価値を創出していくのかは戦略次第です。しかし、労働人口が減少し続けている日本において、分子より分母を優先した政策を推し進めることは、果たして得策と言えるのでしょうか。

日本とアメリカのICT利用との比較

アンケート結果に見るICTによる生産性向上の効果

ICT活用による労働生産性向上を目指すうえで、付加価値の提供を追求する分子強化の政策(攻めのICT)と労働投入量の効率化を追求する分母へのアプローチ(守りのICT)。どちらが日本企業にとって目指すべき姿なのかを見極めるうえでは、総務省の2018年版の「情報通信白書」の国内企業500社のアンケート結果が1つの指標となります。

「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」のデータに基づいて、総務省が公表したアンケートではICTによる生産性向上の効果を定量化しています。労働投入量に対する施策は業務の省力化が1.1倍、業務プロセスの効率化が2.5倍の効果を実感したのに対して、「製品・サービスの高付加価値化」や「新規製品・サービスの展開」の付加価値に関しては4.0倍。アンケート結果から「攻めのICT投資」による分子を拡大する方針により大きな効果を感じていることがわかりました。

アンケート結果に見るICTによる生産性向上の効果

上記のように、ICTの利活用による労働生産性向上に関する施策においても、プロセスの効率化よりもプロダクトの付加価値を高めた方が上昇効果を感じられるようです。業種や企業規模など一様に同様の効果を実感できるとは限りませんが、日本企業においても分母より分子の視点でICTの活用を検討することをおすすめします。

労働生産性を向上させるためにすべきこと

高度経済成長を遂げ、有数の経済大国になった日本ですが、その際に世界中から評価されたのは日本のサービスや製品における「質」ではないでしょうか。モノ作りにおける精密さや丁寧さを追求することによって、自動車産業や家電産業における世界でも名だたる企業をいくつも輩出してきました。

しかし、現在はコスト削減や業務効率化という分母をいかに削減するかに力点を置くことばかりに意識が向きがちな傾向にあります。そうした価値創造を軽視する風潮が続くようでは、日本が世界に誇るモノづくりの文化も先細りしていくでしょう。そのため、分母を減らすことはもちろん重要ではありますが、それ以上に日本社会では分子を増やし生産量を高まることを意識すべきなのです。

その1:海外のやり方を模倣したICTの利活用の組織構築

海外のやり方を模倣したICTの利活用の組織構築

日本では、業務の省力化や業務プロセスの効率化のためにICTの導入を行うことが多いようですが、アメリカなど海外のやり方に倣ってビジネスモデル変革などマーケティングやプロダクトにICTを活用するように思考をシフトすべきでしょう。そのためには、ICTの能力を効果的に引き出し、利活用するための組織構築が最優先です。サービスや製品の質を高めるためにどのようなプロセスを踏むべきかを明確にするために、まずは業務内容を見える化してPDCAサイクルを回しましょう。そして、価格設定の工夫や他社製品・サービスとの差別化などのマーケティング施策を行ったうえでプロダクトイノベーションに取り組むことが有効となります。

その2:イノベーション実現のために「ICT利活用>ICT投資」を徹底

多くの企業が陥りがちな誤解としては、ICTを導入することだけで社内の労働生産性向上に寄与してくれると考えていることです。いわゆるICTに投資をして、費用をかけて設備やシステムを整えれば成果が出ると思ったら、それは大きな間違いだと言えます。前項で触れたアンケートにもあったように、労働投入量の効率化を追求する分母へのアプローチだけでは大きな改革は難しいでしょう。つまり、ICTは利活用して製品やサービスに付加価値を生むことが主目的であり、「インフラを整備して完了」という考え方から脱却する必要があります。

その3:生産性向上特別措置法などの支援制度の活用

労働生産性において大企業との差が拡大傾向にある中小企業に対して、老朽化が進む設備に対して生産性の高い設備へと一新させる支援を行うのが「生産性向上特別措置法」です。設備面が労働生産性の向上、ひいてはサービスや製品の質向上の足かせとなっている中小企業の後押しとなるので、支援の積極的な活用が望まれます。

効率化だけでなく価値創造を意識したICTの利活用を

働き方改革の施行に伴い、社会全体でも長時間労働の是正により注目が集めるようになりました。しかし、単に残業時間を減らすだけの施策で業務効率化を推進しようとしても、うまく成果に結びつかないことも考えられます。効率的な生産だけを追求して分母となる労働投入量を減らすと、ビジネスの先細りも懸念されるでしょう。

近年はICTなどのテクノロジーが発展しているので、ビジネスにうまく利活用することを意識しましょう。機械的な効率化だけではなく、ICTを利活用することでいかに先進的で新しい価値を生むことができるのか。日本の労働生産性を上げるためには、そうした常に新しいものを取り入れたうえでの業務のアップデートが重要になるでしょう。

text:働き方改革研究所 編集部