2013年に多様化推進室を設立し、多様な人財の活躍の推進に旗を振る日本たばこ産業(JT)。多様化推進室を率いる室長の金山和香氏は、“日本人・男性・中年”が多数を占める「モノカルチャー」で育って来た管理職全員を対象に、変化のきっかけを感じ取ってもらうための研修を実施してきた。

 全社を挙げての多様化の推進の動きの中で、第一歩とする女性の活躍の推進の実態はどうなっているのか。今後の多様化の推進の方向性をどのように捉えているか。金山氏に引き続き訊いた。

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 JTのような大企業では、多様化推進のカギを握るのは管理職の意識であることが多い。JTの多様化推進室長の金山和香氏も、管理職をターゲットにして意識改革のためのアプローチを始めた。2014年には当時約全1300人の管理職に、多様な価値観を受け入れるための研修を実施。その後、2015年からは"イクボス"に焦点を当てたセミナーを役員や管理職に実施してきた。

 こうした研修やセミナーを通じて、金山氏が気づいたことがある。それは、管理職が業務以外のマネジメントスキルなどの話をする場を欲しているということだ。

 「イクボスのセミナーでは、最後のセッションで悩み共有の場を設けていたのですが、これがものすごく盛り上がるのです。セミナーでは、日常の業務でかかわらないような管理職同士を組み合わせてチームを作り議論をしてもらっています。そのためお互いに細かい職場の事情を知らないことから、素直に職場の悩み事を相談しあえているようです」

 特に女性社員とのコミュニケーションのとり方は、多くの管理職が悩みとして口にする話題だという。社内の喫煙所などでも他部署の管理職と話すことはあるが、そこではある程度見知った関係の人が相手であり、悩みを語ると誰の話をしているかが特定されがちだ。セミナーの場であれば、関係の薄い部署の管理職同士で集まることで、本音の悩みが明かされる。そして、同じ悩みを共有したり、他のメンバーからアドバイスをもらったりすることで、気付きや変化が生まれる。

 「管理職も悩んでいたんだ!というのが私にとっての驚きでもありました。セミナーの場で悩みについて話をして、アドバイスをもらって、そのアドバイスを職場に戻って実践してみる――それだけでも一歩の変化が生み出せると思います。そうした変化が最終的な大きな流れを作ることにつながるのです。ただ知識を座学でインプットしても、職場での言動に表れなければ変われません。研修やセミナーが変わるための一歩になり、多様化推進室が変化に対する触媒になれればいいと思います」

 図らずも、金山氏の口からはチームスピリットが運営する本メディアの名称である「触媒(カタリスト)」という言葉が飛び出した。JTの変化を促進する触媒になる――。多様化推進室は自らの役割をそのように見極めているのだ。

マイルストーンは2023年に女性管理職を10%に

 JTでは、多様化推進室を立ち上げ、その1つの重点施策として女性の活躍推進に取り組んでいる。そこで掲げているマイルストーンが、女性の管理職(マネジメント職)の比率を高めるというもの。2018年までに女性管理職比率を5%相当に、2023年には10%相当を目指す。しかし金山氏はこの数字をガチガチの数値目標とは捉えていない。

 「いわゆる"男働き"をして管理職を目指すということではなく、いろいろな働き方を受容した結果としてマイルストーンに達することができたらと思います」

 研修やセミナーの開催、仕事と家庭の両立支援制度の拡充などもあり、2013年3月に1.4%だった女性マネジメント職比率は、2016年4月に4.5%まで上昇している。多様化推進室がJTの働き方に対して変化の触媒となってきたことの成果は、数字を目標としなくても着実に表れてきているのだ。

 「働き方には、いろいろなスタイルがあっていいんですよ、というメッセージを発信し続けることが大切なのだと思います。子育て、介護など、個人には個人の事情があります。その時期や支援が必要なタイミングも人それぞれです。部下の成長を考えるとき、"家庭がある女性に、重要な仕事を任せるのは負担だろうからやめておこう"という発想が、従来の管理職の中では主流を占めていたと思います。過剰な配慮をして、人財の育成や活用を止めてしまっていたのです。そうではなくて、個々の事情や考え方をきちんと聞いた上で、支援できるような管理職になってほしいのです」

 子どもがいるからということでずっと補助業務に回り、本格的に業務に復帰できるころにはスキルや経験が不足して活躍できないという女性は多い。しかし、「子育てしている女性」だからといって、みな同じ条件、同じ気持ちではない。このタイミングなら頑張れる、こうした支援があれば仕事に全力投球できる、そうした個々の働き方への意欲に気づいてもらうことが、管理職に求められるというのだ。多様化推進室は、さらにそうした多様化した働き方が可能になるような制度を作って、働く社員を支援していくという役割分担だ。

 「管理職には意識の変化も促しています。子育てだと一部の女性の話だと思いがちですが、介護の話となると男性でも自分にも可能性のある状況としてイメージしやすくなります。また、自分が病気になることもあるかもしれません。介護や病気が自分に降り掛かったときでも、会社との関係の中で力を発揮したいと思うことは自然なことです。自分ゴトとして考えてもらうことで、それは子育て中の女性でも同じことなのだと、理解してもらえるようになってきていると思います」

 介護や病気はかつてもあった。しかし社会が変化し、働きながら社会の力も借りながら対応していく必要が高まっている。金山氏は「背負わなければならないもののバランスが変わってきたのかもしれません」とつぶやく。

多様な働き方を担保する仕組みを整える

 JTでは、さまざまな働き方を求める従業員に対して、会社としては働き方を担保する仕組みを確実に整えてきている。フレックスタイム制の導入はもちろん、テレワークも2016年8月から全社的に試行を始めている。しかし、もっと手軽に利用できて、効果的な施策もあるようだ。

 「弾力勤務という仕組みも試行しています。これは、勤務時間をシフトするものです。JTでは定時は9時から17時40分ですが、弾力勤務では、勤務の開始を7時、7時半、8時、10時と選択できます。例えば7時に出社したら、15時40分に大手を振って帰宅できるのです。フレックスタイムだと基本的に月単位で考えることになりますが、弾力勤務は1日ごとに都合に合わせて対応できる点がメリットです」

 当初は、抵抗もあった。「働くとは定時の間、会社にいることだ」といった声も根強かったそうだ。しかし、そもそも「なぜそうなのか?」と考えることもなかった人たちに、考えるきっかけを与えることにはなった。実際、弾力勤務は、想像以上に男性社員がよく利用しているそうだ。その理由も、「夏休みだから、息子とキャッチボールするために早く帰る」であったり、「部署で野球を見に行く」であったりとさまざまで、柔軟な勤務の恩恵を受けているのだ。

 弾力勤務のメリットは、さらに広く波及している。子育て中などで時短勤務をしている社員は、従来ならば定時の17時40分よりも早く帰ることになり、後ろめたい思いをすることが多かった。

 「弾力勤務を導入してからは、15時40分ごろからパラパラと帰る人がいるので、時短勤務か弾力勤務かといったことが一見分かりにくくなりました。きちんと成果を出していればいいよね、というイメージが付きやすくなったのです」

 阿吽の呼吸という「思考停止」の状態から、個々の事情を考えるきっかけを与えることで、少しずつ変化を推進する。そうした手法が、JTの多様化推進室の奥の手のようだ。多様化を推進するため、そしてモノカルチャーから脱却するためには、こうした経験の積み重ねが重要なのだと金山氏は指摘する。

 「ビジネスは、一気にガラリと変えるというのはリスクが伴います。それなら働き方などの身近なことから変えていこう、違うものを少しずつ受け入れていこう。そうすることで、考えるきっかけが生まれて、変化に対応していけるようになるのではないでしょうか。将来的に、多様化推進室は、発展的解消をしたいと思っています。多様化推進室は、永続的にあってはいけない組織なのです。多様化を推進するための人財育成や制度設計、社員への周知が、専任組織がなくとも日常的にできるようになれば、多様化推進室はいらなくなりますよね。早くそうなる日が来るために日々活動しています」

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara