日常生活とSDG

 日常生活が環境に対して大きな負荷を与えているのは間違いない。日常の消費行動のうち特に以下の3つがSDGsにとってきわめて大事である。それらは,住宅(特に冷暖房),移動(特に自動車と飛行機),食品(特に食肉)であり,併せると,産業化が進んだ先進国において消費が環境に及ぼす影響のうちの80%に及ぶと言われている。

 食品は発展途上国においては飢餓や栄養不足といった文脈で語られるが,先進国においては肥満などの健康上の問題と,それに伴う医療・医療費の問題とされることが多い。しかし先進国における食品消費は上記の影響のうち25%を占めていると言われており,SDGsにとっても大きなテーマなのである。

情報の開示

 情報を人々に開示するだけでもナッジとして機能し,関連する人々の行動を変えられる可能性があり,たとえばクレジット・カードの使いすぎ防止や健康管理に効果的であることがわかっている(Sunstein 2020)。

 アメリカでは,肥満が大きな公衆衛生上の問題となっており,肥満防止のためにさまざまな公共政策が実施されている。その一つが,食品の栄養情報を供給者が消費者に対して開示することである。たとえば,アメリカ農務省は,食肉・鶏肉に関する栄養情報(総カロリー,脂肪量など)を消費者に提供することを義務づけている。このような情報を消費者に知らせることで,不健康な食生活を防ぐことが目的である。

 オバマ政権が推進した医療保険制度改革(オバマケア)では,20以上の同名の店舗をもつレストランチェーンは,メニューにカロリーを表示する義務が課されている。さらに顧客の求めに応じて,総カロリー,脂肪総量,脂肪分のカロリー,ナトリウム,炭水化物の量などの情報を文書で提供することも義務とされている。これによって,より健康的な食事を推進し,医療費削減をもたらすことが狙いである。

 このように関連する情報を消費者に提供することで,消費者の行動をよい方に変えようというのがナッジを生かした政策である(Sunstein 2020)。これらの事例では,結果として食肉類の消費の減少や食品ロス,食品ウェイストの削減につながり,SDGsにとっても有効である。

情報のフレーミング

 本質的には同一内容の情報であっても,その情報の表わし方によって人の行動が変わることをフレーミング効果という。たとえば,ある食品が,「80%脱脂肪」と表わされるか,「20%脂肪分」と表わされるかで購買行動は変わるだろうし,「手術の成功率90%」と言われるのと,「失敗の可能性10%」と言われるのとでは,患者が手術を受けるかどうかの決断が変わることもあろう。

初期設定のフレーミング効果

 スマートメーターとは,次世代型電力量計といわれることもある検針メーターのことであり,消費者が電気使用量の把握や他の消費者との比較が容易にでき,電力会社と使用者間の相互通信が可能であって,今後利用の拡大が期待されている。スマートメーターをめぐって,Ölander and Thøgersen 2014は,実験的に各家庭に次のような質問をした。

 「あなたの契約している電力会社が,リモートコントロール式のスマートメーターを無料であなたの家に取り付ける予定です」

  A:「取付に同意する場合には,ボックスにチェックを入れて下さい」

   □はい,スマートメーターの取付に同意します。

  B:「取付に同意しない場合には,ボックスにチェックを入れて下さい」

   □いいえ,スマートメーターの取付に同意しません。

 最初の説明文は同一であるが,A,Bのうち片方だけが各家庭に提示された。Aは初期設定が「同意しない」で,オプトインしなければスマートメーターは取り付けられない。逆に,Bは初期設定が「同意する」であり,オプトアウトしなければスマートメーターは取り付けられることになる。

 A,Bどちらであっても,取付に同意しなければスマートメーターは取り付けられないので,この2つの方式は本質的には同一である。しかし,結果は大きく異なっており,同意した人は,A方式では約60%であったが,B方式では約80%であった。

 前々回紹介したように,初期設定がナッジとして強い力を持っていることはわかっていたが,オプトイン方式よりもオプトアウト方式の方がずっと多くの同意者があったわけだ。ここでもフレーミング効果が働いているのであり,初期設定の方法も大きな影響を及ぼすことが明らかになった。

自動車の燃費

 自動車の燃費は,ふつうはガソリン1リットル当たりの走行可能距離あるいは実走行距離であり,10km/ℓのように表わされる。最近は燃費の良い車がもてはやされているから,車の所有者やこれから車を買おうとする人は燃費を大いに気にするだろう。

 さてAさんは,12km/ℓの車を持っていたが,14km/ℓの車に乗り換えた。一方Bさんは30km/ℓの車から40km/ℓの車に乗り換えたとしよう。「どちらの乗り換えがより環境にプラスすなわち燃費節約効果が大きいと思いますか?」という主旨の質問に対して,大多数がBさんの方だと答えた(Larrick and Soll 2008;もちろんアメリカでは「1ガロン当たりのマイル数」MPGで表わされる)。Aさんの車の燃費は改善されたが,距離ではたった2km,12%の節約に過ぎない。これに対してBさんの方は10km,33%も改善された。したがって,Bさんの方が資源節約効果は大きいと考えた人が多かったに違いない。

 ここで,同じ内容を違う表現で考えてみよう。A,B両氏の1万キロ走行時の,ガソリン消費量はどうなるだろうか。Aさんの車は833ℓ/1万kmだったのが,買い換え後には714ℓ/1万kmとなり,ガソリン119ℓの節約になった。Bさんは,333ℓ/1万kmが250ℓ/1万kmとなり,83ℓの節約である。環境保護のためにはガソリン消費量が減ることが望ましいのであれば,実は節約効果はAさんの方が大きいのである。

 このように燃費の表現の仕方でガソリン節約に対する考え方が異なってしまうということになった。一般的に用いられていて当然だと考えられている燃費の表現(km/ℓ)を異なる表現(ℓ/km)に換えることで,燃費の節約に関する考え方が変わるのである。これは「燃費の錯覚」と呼ばれている。

 調査によると,アメリカの消費者の多くは,このように表現の仕方によって燃費の解釈が異なってしまうということを理解していないという(Sunstein 2020)。日本ではこのような調査はおそらく行なわれていないのでなんとも言えないが,たぶん同様の結果になるのではないだろうか。

 アメリカでは,運輸省と環境保護庁が,燃費を新しい方式で記述したステッカーの使用を2013年から義務化しており,1年間と5年間それぞれで節約できるガソリン量と節約できるコスト,温室効果ガスの割合などを表示することになっている。ダニエル・カーネマンはこれについて「「燃費の錯覚」が指摘されてから5年間で,部分的ながらも燃費表示に修正が施されたというのは,公共政策への心理学の応用例としては,おそらく最速の記録である」(カーネマン2014,p.254)という面白い論評をしている。

 このように燃費の表現を,「ガソリン1ℓ当たり何キロ走るか」ではなく,「一定距離走るためにはガソリンが何リットル必要か」という表現に変えることで,人々の燃費の良い自動車への乗り換えが促進される可能性がある。これは,フレーミング効果を利用した,より資源節約的な行動を促すナッジとして機能するだろう。

参考文献

カーネマン,ダニエル(村井章子訳)2014『ファスト&スロー』ハヤカワ文庫。

Larrick, Richard P. and Jack B.Soll, 2008, The MPG Illusion, Science, vol.320, 20 June.

Lehner, Matthias, Oksana Mont and Eva Heiskanen, 2016, Nudging - A Promising Tool for Sustainable Consumption Behaviour?, Journal of Cleaner Production, vol.134, pp.166-177.

Ölander,Folke and John Thøgersen, 2014, Informing Versus Nudging in Environmental Policy, Journal of Consumer Policy, vol.37, pp.341-356.

Sunstein,Cass R., 2020, Behavioral Science and Public Policy, Cambridge U.P.