「日本人は集団主義」説

 日本人は集団主義だ。日本人は自己主張をせずに,自分の意見を集団の意見に合わせる。日本人は周りにどう見られるかを異常に気にする。日本人には個性がない。日本人は自分の意見を主張することがなく,独創性に欠ける。日本人は皆同じ顔だ。こういった主張はまことしやかに語られることが多く,みなさんも,自分でそのように思ったり,あるいはネットや書物で読んだことがあるのではないだろうか。このような言説はまとめて,「日本人集団主義説」と言うことができる。

 私の経験でも,学生たちは「日本人は集団主義だ」と考えていることが多く,そう考えている根拠は何かと尋ねると,驚いたようなあるいはきょとんとした反応を見せることがよくある。今まで「当たり前」と思っていたことの根拠をあらためて聞かれたので,うまく説明できないといった風である。数少ないきちんと説明してくれた学生によると,教科書にも書かれていたし,読んだことのある日本人論の本,たとえば,ルース・ベネディクトの『菊と刀』,中根千枝の『タテ社会の人間関係』などにそう書いてあった,というのが理由だそうだ。その他に,「周りの友達に合わせないと仲間はずれにされる」「空気を読まないといけない」などといったエピソードを上げる学生はたくさんいる。

同調圧力と自粛警察

 2020年来,コロナ禍で流行った言葉に「自粛警察」というのがある。法的・公的な規制があるわけではないのに,営業している店やマスクをつけない人に対して,「店を開くな」とか「家から出るな」といった誹謗中傷を浴びせたり嫌がらせをすることで,不適切と思われる行動を抑えようとすることである。自粛警察は,「周りと違うことをするのは許されない」ので,そういった行動は処罰されるべきであるという「同調圧力」が端的に表われており,集団主義の証左であるといわれた。戦争前や戦時中と似た雰囲気であるという主張も見られた。「自粛警察」という言葉は,2020年の第37回「ユーキャン 新語・流行語大賞」のノミネート語に選定された(大賞やベスト10には選ばれなかった)ほどで,いかにも「流行語」という言葉である。

本当に「日本人は集団主義」なのか?

 日本人集団主義説はかなり以前から主張されており,通説あるいは常識になっていると言ってもいい。これに対して,「本当に「日本人は集団主義」なのか」という疑問をもち学問的にきちんと反論しているのは,心理学者の高野陽太郎氏がほとんど唯一といってよい。今回は,高野氏の著作や論文で展開された,日本人集団主義説に対する学問的批判・反論を主に取り上げ,日本人集団主義説の当否を探ってみよう。

エピソードは根拠にはならない

 高野氏が展開する,日本人集団主義説に対する批判のもっとも強い根拠は,それが実証的に示されていないということである。日本人集団主義説に立つ多くの書物では,「日本人は集団主義」説を支持する多くの事例やエピソードが挙げられていることが多い。たとえば,「団体でぞろぞろと連なって観光する」「手当のつかないサービス残業をする」「皆が同じようなドブネズミ色の背広を着ている」などなど。

 高野氏は,単に事例やエピソードを挙げただけでは何の証拠にもならないというまっとうな主張をする。もしエピソードでよいなら,たとえば「先んずれば人を制す」や「憎まれっ子世にはばかる」という諺があるという例を挙げて,「日本人は集団主義」の逆である「日本人は個人主義」という主張さえできるという。実証的にきちんと証明するためには,日本人と他の国の人々で同じような立場・状況にいる人どおしを比較するという方法による実証研究が必要だとする。しかし,日本人集団主義説には,そのような実証的証拠が欠けているのである。

実証的根拠

 日本人集団主義説は正しいのか,間違っているのかを判定するには,それらの主張の根拠となっている説得力のある実証的証拠があるのか否かを見ればよい。高野氏自らは,日本人集団主義説に対する実証的根拠に基づく反論を行なっている。その詳細を見る前に,最近流行のことばで,日本における集団主義を代表すると考えられている「自粛警察」についての実証研究を取り上げよう。

 それは三浦ら2020による国際比較調査であり,たいへん興味深い結果を見い出している。彼らは,論文の副題から明かなように,昨年来の世界的なコロナ禍において,「コロナに感染するのは自業自得だ」とか「自粛警察は望ましくない」といった風潮は,日本特有の考え方なのかあるいは諸外国との異同はあるのかという問題意識から国際比較研究を実施した。この結果がなかなか興味深いのである。

 彼らの調査は2回行なわれたが,調査内容は同一である。第1回目は,日本,アメリカ,イギリス,イタリア,中国に住む各国400人から500人に対して,インターネットを用いて調査した。2回目は,日本,アメリカ,イギリスにおいてそれぞれ1000人から1200人を対象に実施された。

 調査内容は2回とも同じであり,次に掲げる4つの質問に対して,「強くそう思う」を6点または7点,「そう思わない」を1点として,参加者に質問内容に同意する程度を点数化して回答してもらったものである。

質問1:「新型コロナウイルスに感染した人がいたとしたら,それは本人のせいだと思う」

質問2:「新型コロナウイルスの感染する人は,自業自得だと思う」

質問3:「非常時には,他の人たちが政府の方針に従っているか,一人ひとりが見張るべきである」

質問4:「非常時には,他の人たちを政府の方針に従わせるために,個々人の判断で行動を起こして良い」

 質問1,2は「コロナに感染したのは自業自得あるいは自分のせいである」といった自己責任論を支持するかどうかを問うたものであり,今回の議論とは無関係なので詳細は省略する(実はこの結果も興味深く,日本人は,他の調査対象国民と比べて,このような「自業自得」「自己責任」という意見をより強く支持している)。

 質問3,4ははっきりと「自粛警察」という考え方や行動を支持するかどうかを聞いたものである。この結果を見てみよう。

 次の表の数値は,質問3,4に対する回答数値1~7の平均である。

  日本 アメリカ イギリス イタリア   中国
第1回 3.18 4.82 5.48 3.87 5.82
第2回 2.87 4.88 4.78 - -

 この結果を見ると,日本人の方が,アメリカ人,イギリス人,中国人と比べて,「他の人を監視する」「個々人の判断で行動を起こして良い」といった考え方に賛成する割合がずっと小さいことがわかる。言い換えれば,日本人は「自粛警察」という考え方に同意する割合が調査対象国の中で最低であり,英米伊も中国も日本より有意に高い数値となっている。

 つまり,「日本では同調圧力が強く,自粛警察といった他人の行動を私的に制裁する行動をとることが多く見られ,それが日本人の集団主義を顕著に表わしているのだ」といったマスコミやネット上でしばしば見られる主張は支持されないのである。言い換えれば,自粛警察は,日本人よりアメリカ人やイギリス人の方がずっと強く支持しているのである。意外に思った人も多いのではないだろうか。しかし,実証的根拠は明らかだ。逆に自粛警察といった考えは,日本人よりアメリカ人やイギリス人の方に支持されているのである。

 インターネットでは「店を開くな」とか「つぶれろ」などといった張り紙が店のシャッターに貼ってある写真が掲示されることがあるが,そういった自粛警察の例やエピソードだけでは,「日本は集団主義のために同調圧力が強く,自粛警察が幅をきかせる」という主張の証拠には決してならないのである。

参考文献

高野陽太郎2008『「集団主義」という錯覚-日本人論の思い違いとその由来-』新曜社

高野陽太郎2019『日本人論の危険なあやまち-文化ステレオタイプの誘惑と罠-』ディスカヴァー携書

高野 陽太郎2021「「日本は同調圧力が凄い」というのは本当なのか?-国際比較から見えてくる日本人の真の姿」2021.8.4 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85805

三浦麻子・平石界・中西大輔・Andrea Ortolani 2020 「新型コロナウィルス感染禍に対する態度の国際比較 ― 「自業自得」「自粛警察」は日本にユニークなのか」『日本社会心理学会第61回大会発表論文集』199頁