アッシュの同調実験

 同調を調べる実験として,アメリカの社会心理学者ソロモン・アッシュが1950年代に行なった実験が有名であり,ご存じの人も多いだろうが,ここで取り上げよう。アッシュは,20歳前後の大学生を参加者として次のような実験を行なった。実験は簡単で,「下図の左側に描かれている線分の長さは,右側のA,B,Cの線分のどれと長さが等しいだろうか」答えてもらうというものである(アッシュ1956)。実際には,こういったパネルが1人当たり複数セット用いられた。

図1 アッシュの実験で用いられた,線分のパネルの例
(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/アッシュの同調実験)

 この図の場合には正しい答え(C)は一目瞭然であり,実験参加者に個人的に答えてもらったところ,正答率は99%以上であった。もちろん実験の真の狙いは別のところにある。参加者は,左側の線分が右側のどれと同じ長さかを答えるのであるが,7人から9人のグループのメンバーが順番に回答を言う。実はこの実験の真の被験者はただ1人であり,他の参加者は実験者に雇われた「サクラ」であった。サクラは順番に,たとえばAという間違った答えを言う。真の被験者は,たとえば最後から2番目に答えることになっているが,1人目から自分の直前の人まで皆Aという間違った答えを言った。さて,被験者はどう答えるだろうか? 自分は「ぜったいCだ」と思っていても,他の人が皆Aというので自分もAと答えるだろうか,それともあくまで自分を信じて,Cと答えるだろうか?

 アッシュは同じ手続きの実験を12回行なった。その結果,サクラの間違った意見に同調して間違って答えた割合(同調率)は37%であり,また実験参加者123名のうち76%が少なくとも1回はサクラの誤った答えに同調したのである(ただし,同調率37%は他の同様な実験の結果に比べて高過ぎるが,それは当時のアメリカが「赤狩りの時代」であったためにきわめて集団主義的だったからだというようないろいろな説明がされている(高野2008))。

日本人での実験

 その後,アメリカでは同様な設定での実験が8回行なわれたが,同調率の平均値は25%であった(高野2019)。では,日本人を対象としたらどうであろうかという自然な疑問がわく。日本人が集団主義であるならば,このような実験での同調率はアメリカ人よりもかなり高くなるはずである。このように考えて,来日して日本人を対象として実験を行なったのがロバート・フレイジャーというアメリカの研究者である。

 フレイジャー1970は,当時の日本社会の研究者が,日本では他の国々に比べて社会的圧力が強く,その圧力への同調が強く見られると示唆していることから,それを測定するという目的をもって,日本人を参加者としてアッシュとほぼ同様の実験を行なった。当時の日本人論に多大な影響を与えていたルース・ベネディクトの『菊と刀』は,日本は個人主義を否定し,集団主義であると強調した。フレイジャーは,自分の考え方は『菊と刀』に依拠していると述べている。つまり,日本人は集団主義と考えており,それがアッシュ型の実験によって現われるか否かを確かめようとしていたのである。

 実験の結果はどうだったろうか? 日本人の学生(慶応大学生)の同調率は平均して25%であった。これはアッシュの37%よりずっと低く,前述のように,アメリカで行なわれた他の実験における同調率の平均値と同じであった。つまり,特に日本人が同調しやすいということはなかったのである。

日本人での他の実験

 他の研究者たちも日本人を対象として,ナッシュ型の実験を行なったが,同調率は23%であった(高野2019)。ところが,これらの実験に対しては,日本人は自分が属している集団(内集団)の人びとに対しては強い同調性を示すが,それ以外の外集団の人びとに対してはそうではないというような批判が行なわれた。そこで高野と共同研究者の荘厳は,同じ大学の文化系サークルに属する学生たちという,完全に内集団に属すると考えられる人たちを対象として,同じような同調実験を行なった。つまり,実際の被験者とサクラは同じサークル(内集団)に属しているので,被験者が内集団の人びとに対して同調行動をより取ることになるかどうかを確かめたのである。その結果,やはり同調率は25%だったのである。

日本人は集団主義とは言えない

 今回は,同調行動を調べるアッシュ型の実験だけを取り上げたが,高野2008,2019では,その他にいろいろな調査研究や集団主義と強い関係のある協力行動についての主として日米の行動差についての詳細な研究がある。そして結論は明らかである。高野らの包括的研究によって明らかになったのは,諸外国,特にアメリカと比べて「日本人は集団主義である」,「日本人は同調性が強い」という通説・常識は正しくないということである。集団主義,同調性について,日本とアメリカの差はほぼない,というのが結論である。

参考文献

Asch, S. E., 1956, Studies of Independence and Conformity: I. A Minority of One against a Unanimous Majority, Psychological Monographs: General and Applied, Vol.70, No.9, pp.1-70.

Frager,Robert, 1970, Conformity and Anticonformity in Japan, Journal of Personality and Social Psychology, vol.15, No.3, pp.203-210.

高野陽太郎2008『「集団主義」という錯覚-日本人論の思い違いとその由来-』新曜社

高野陽太郎2019『日本人論の危険なあやまち-文化ステレオタイプの誘惑と罠-』ディスカヴァー携書

Takano,Yotaro and S.Sogon, 2008, Are Japanese More Collectivistic than Americans?: Examining Conformity in In-Groups ans the Reference Group Effect, Journal of Cross-Cultural Psychology, vol.39, pp.237-250.