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日本政府を中心とした働き方改革の取り組みが行われている主な目的の1つは、「長時間労働の是正」です。ワークライフバランスを著しく乱す長時間労働が世の中に常態化したことで、仕事を原因とする精神疾患や過労死、自殺の件数が増加。メディアでもその危険性が報道されたことで大きな社会問題に発展しました。そうした長時間労働を改めるためにも、働き方改革法案では「時間外労働の上限規制」を制定。労働基準法が改正され、時間外労働の上限が法律で規定されました。

法改正によって企業は時間外労働の見直しを本気で取り組む必要がありますが、そうした変化の流れにすべての企業が対応できているかと問われれば、決してそうではありません。では未だに「時間外労働の上限規制」への対応に着手できていない企業の場合、どんなことに注視して対応を急ぐべきなのでしょうか。今回は大企業での運用の取り組みを参考に、今後の対応策について検証します。

「時間外労働の上限規制」とは

企業における従業員の労働時間はもともと、労働基準法第32条によって1日8時間、1週40時間と定められています。それが「法定労働時間」であり、この時間を超過して働くことを「法定時間外労働」と呼びます。また、各企業が就業規則で定めた「所定労働時間」を超えることを「所定時間外労働」と言い、それぞれの時間外労働を総称したのが、多くの方がご存知の「残業時間」です。

これまでも時間外労働の上限時間は、月45時間かつ年360時間と定められおり、これを超える残業は違法と見なされていました。しかし、臨時的で特別な事情があって労使が合意する、いわゆる「特別条項付き36協定」を締結している場合は、各社が定める時間内であれば上限なく残業が行えました。しかし、今回の法改正、「時間外労働の上限規制」によって、年720時間の上限規制を制定。それを超えた従業員がいる場合、企業が罰則を受けることになりました。

罰則

このように長時間労働の是正のため、本格的な法規制が施行され始めています。そのため、企業は「時間外労働の上限規制」を念頭に置いたうえで、従業員の残業を管理する必要があります。また、特別条項付き36協定において、「休日労働を含む時間外労働は月100時間未満」「2~6ヶ月の休日労働を含む時間外労働を平均80時間以内」「月45時間を超えることができるのは年間6ヶ月まで」の3点には特に注意が必要です。今後は上記条件を順守した勤怠管理が必須だと言えます。

上限を超えた場合に課せられる罰則金・企業名の公表

従来までの月45時間、年360時間の時間外労働の上限は、実は厚生労働大臣の告示により定めたもの。つまり、法的拘束力はありませんでした。そのため、上限を超えて従業員に残業をさせても罰則が科せられることもなかったため、ブラック企業が世の中に蔓延していたのです。

しかし、「時間外労働の上限規制」の法改正によって、法的拘束力を持つことになったので、違反企業には罰則がなされます。その内容は、「6ヶ月以下の懲役」または「30万円以下の罰金」です。また、懲役や罰金に加えて、違反の程度によっては「厚生労働省による企業名の公表」がなされるケースもあります。法令遵守ができない企業というレッテルを貼られると、事業活動にも大きな支障を来します。そのため、どの企業も今回の法改正にきちんと対応することが求められるのです。

企業規模で異なる施行スケジュール

2019年4月1日より働き方改革法案は順次施行され始めていますが、「時間外労働の上限規制」については企業規模によって導入のスケジュールが異なります。大企業では「2019年4月1日より」すでに法規制が始まっていますが、中小企業に関しては「2020年4月1日より」施行になります。大企業の労務人事関連の部署であれば直ちに対応が必要であり、中小企業に関しても今後を見据えてすでに準備を開始しなければいけないタイミングに差し掛かっていると言えるでしょう。

大企業や中小企業など企業規模の定義

大企業とは異なり、中小企業は適用までまだ猶予がありますが、自社がどのカテゴリーに属しているか認識できていないケースもあるでしょう。その場合はまず自社の企業規模をきちんと把握することが第一です。中小企業の範囲は、「資本金額または出資の総額」「常時使用する労働者の数」の2つのいずれかにおいて以下の基準を満たしているかどうかで判断できます。

業種資本金額または出資の総額業種
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業 5,000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
その他
(製造業、建設業、運輸業など)
3億円以下 300人以下

参考にすべき大企業の「時間外労働の上限規制」の運用

大企業

すでに大企業では「時間外労働の上限規制」の運用が始まっており、労務人事関連の部署は法規制に則った勤怠管理を行うことが必須となっています。そのため、新しい基準に対応しきれていない中小企業の場合は、大企業ですでに行われている運用方法が参考になるかもしれません。真似するべきところは取り入れ、自社の課題が明確な点に関しては早急に対策に講じることが大切です。

失敗しがちな従業員の自主性に頼った時間外労働の短縮

残業が多い従業員に対して「ノー残業デイ」「一斉消灯」「PCの強制シャットダウン」などの手法を取り入れている企業もいるでしょう。しかし、それらは従業員の努力に大きく依存したやり方とも言え、根本的な時間外労働の短縮にはつながらないケースもあります。すべての従業員が自主的に継続して取り組みを実践してくれればいいのですが、そうとは限らないでしょう。決めごとが形骸化してしまい、気づいた時には以前までの残業が当たり前の環境に逆戻りしてしまう危険性もあります。

そのため、勤怠管理をしている労務人事関連の部署はもちろん、経営層など会社レベルで抜本的に働き方を変えていく意識が重要です。そのためには、従業員1人ひとりが自身の就業状況をきちんと把握できていることが重要であり、そうした環境を構築することが労務管理者には求められます。

「時間外労働の上限規制」に関する大手企業の対応状況

「時間外労働の上限規制」に関する大手企業の対応状況

<調査概要>
期間:2018年12月19日~2019年1月18日
対象:国内大手企業100社(うち各設問における有効回答を抽出)
調査方法:働き方改革関連法 各社対応に関するアンケート(ワークスアプリケーションズ調べ)
引用URL:https://www.worksap.co.jp/news/2019/0312/

2019年3月に株式会社ワークスアプリケーションズが発表した「働き方改革関連法への対応実態 調査レポート」によると、「時間外労働の上限規制」に対して何らかの運用フローを策定して対応しているのが71%で、「対応予定なし」と「未着手」の項目を合わせると29%がまだ対応ができていないという回答でした。意外にもきちんと対応できている企業が少ない結果になっています。

これは大企業における「時間外労働の上限規制」が施行される2019年4月1日を目前に控えた段階での数値になります。大企業においても直前まで法規制に対応しきれていないケースもあるだけに、中小企業であればより多くの割合が対応しきれていない事態も想定されるでしょう。罰則の勧告を受けてから慌てて対処するのではなく、適用前の段階から今後の方針を見定めていくことが重要になります。

大手企業の「時間外労働の上限規制」対応状況の分析

大手企業の「時間外労働の上限規制」対応状況の分析

上記の調査では、「時間外労働の上限規制」に対する運用方針についてもアンケートがなされており、実装しているとの回答が多かったのが、「勤怠状況の照会機能を活用して、残業時間を確認できるようにする」が7割超え。「上限に近づいた従業員やその上長に対して、勤怠システムの画面上で注意喚起のメッセージ等を送付する」が約半数が対応しているとの回答でした。

大手企業では、すでに何らかの勤怠管理システムを導入していることが推測され、その中でも「機能として問題がある場合にエラーや注意喚起のメッセージやメールが出せるツール」が選ばれている傾向にあるようです。ただ、5割を超えている回答が少なく、「時間外労働の上限規制」の対応が完全にできていない企業もあり、導入に時間がかかっていることが予想されます。

大企業の現状を踏まえたうえで奨励される取り組み

前項で大企業においても「時間外労働の上限規制」への対応が万全ではなさそうな状況が浮き彫りとなりました。ではそうした現状を踏まえたうえで、2020年4月に「時間外労働の上限規制」が施行される中小企業はどんな取り組みを行うべきでしょうか。具体的に以下の項目をクリアできると、法令を遵守した勤怠管理が行えるでしょう。

取り組み1:猶予期間があるからと先延ばしにせず今すぐの対応を検討

中小企業の「時間外労働の上限規制」においては、大企業の施行開始から1年の猶予があり、本コラムが公開されたタイミングからも半年の期間があります。しかし、自社に新しい勤怠管理システムの導入を検討するうえで、それらの期間は決して長くはありません。先延ばしにし続けることで、2020年4月のタイミングで罰則の対象になる危険性もあるだけに、新しい勤怠管理システムを導入する場合はできるだけ早い対応を心掛けましょう。

取り組み2:従来のエクセルや手作業の管理からデジタル管理できるツールの導入

これまで勤怠管理の基本だったエクセルやタイムカードによる打刻は、ミスや不正などのヒューマンエラーが起こりやすい点が懸念材料でした。管理が大変になると労務管理者の負担は増大しますし、法令遵守を踏まえた勤怠管理を行ううえでは決して万全とは言えません。未だに手作業によるアナログな管理体制の企業は、この機会にデジタル管理できるツールの導入をおすすめします。よりスマートな勤怠管理が求められています。

取り組み3:既存の勤怠管理システムに危機管理機能の追加

法規制を見据えて、すでに勤怠管理システムを導入している企業でも安心はできません。なぜならデジタルでの勤怠管理をしているだけでは、それぞれの従業員の残業時間の把握が正確にできるとは限らないからです。そのため、危機管理機能の追加を推奨します。法規定の水準に達しそうな従業員とその上司宛にアラートが行くツールであれば、確実に時間外労働の抑止力となり得ます。

取り組み4:経営層を巻き込んだ会社全体での取り組みの実施

ブラック企業などで従業員の残業過多に対する言い分として、「従業員の自主性に任せている」という主張をするところがあります。もちろん、従業員1人ひとりの頑張りが残業削減につながるはずですが、それを個人任せにするのは決して良くありません。「時間外労働の上限規制」という厳格なルールに則り、経営層も含めて全社でどう対応していくのか取り決めを行うことが重要です。改善につながるのであれば、経営層を巻き込んで長時間労働の是正について議論を交えることも必要でしょう。

取り組み5:目標値、実績値を開示した切磋琢磨する風土の醸成

残業が常態化してしまっている企業に関しては、抜本的な改革をしなければ企業体質の改善には至りません。例えば、従業員や管理職問わず、時間外労働の数値を自身の目標に取り入れて、全体で無駄な工数を削減する意識を植えつけることも1つの策だと言えるでしょう。実績数値を開示し、さらに目標管理を行うことで「どうやったら残業を減らせるか」を切磋琢磨して考える風土が醸成されることが期待できます。

取り組み6:変形時間労働制の導入を検討

時短勤務とはまた別に、月や年単位で労働時間の調整を図る「変形労働時間制」を導入することで、労働時間のバランスを保ちやすくなる可能性もあります。業種によってはどうしても繁忙期と閑散期の業務量の差が出てしまうことがあります。そうした職種の場合は、思い切って繁忙期と閑散期で業務時間を変えるという策も長時間労働を是正するうえでは有効な手段だと言えるでしょう。

取り組み7:所定労働時間残数を意識したマネジメントを徹底

勤怠管理においては、現場でのマネジメントも重要になります。しかし、管理職がメンバーの業務量のコントロールを上手くできないケースも珍しくありません。そこで、所定労働時間残数と想定される業務量を掛け合わせたうえでのリソース配分の調整実施の徹底を推奨します。労務管理者だけでなく、メンバーの上長も定量情報をもとにしてメンバーを指導する方が厳密なタイムマネジメントができるはずです。個人での管理ももちろんですが、組織として管理していく視点に切り替えることをおすすめします。

決して他人事ではない「時間外労働の上限規制」

「時間外労働の上限規制」への対応は、企業の規模を問わず、従業員を抱えるすべての企業が取り組むべくこれからの社会の義務とも言えます。「うちは小さな会社だからそんな細かい管理は必要ない」ということは決してなく、社会で働くすべての人が注視していくべき課題なのです。特にまだ、「時間外労働の上限規制」への取り組みが行えていない中小企業に関しては、2020年4月に向けて早めの対策を講じることをおすすめします。

text:働き方改革研究所 編集部