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 前回まで,働く人のモチベーションが,仕事の成果や働く人の満足度に大きな影響を及ぼしていることを見てきた。また,モチベーションは,仕事の性質,仕事をする環境・条件,職場の雰囲気や働く人への支援などによって大きく影響されることについても見てきた。

 今回と次回は,それらの背後にあるメカニズムについて見ていこう。つまり,どうして仕事の性質や仕事の条件,職場環境などが働く人のモチベーションに影響を及ぼすのかについてである。

 一言で言ってしまえば,仕事に大きな裁量の余地があるのか,それとも上からの指示や命令でなされるかの違いである。

自己決定理論

 ここで鍵となるのは,アメリカの心理学者であるエドワード・デシとリチャード・ライアンが創始し,その後30年にわたって多くの研究者によって彫琢されてきた「自己決定理論(self-determination theory)」である。自己決定理論は,元来は教育や人間の成長といった分野での理論であるが,近年,仕事や組織の世界でも注目されるようになってきた。

 自己決定理論の考え方の大前提は,人は生まれながらにして好奇心や探求心を持ち,活動的で創造的であるが,人を取り巻く環境や状況次第でそのような本性は強められたり,弱められたりするという見方である。

 自己決定理論の核心は,人には,生存のための生理的欲求の他に,自律性・有能感・関係性を実感する心理的必要性があるという前提である。この三要素は単なる欲求以上のものであって,自分自身が成長し,満足のいく自分らしい幸福な生き方をするために必要不可欠な要素である。三要素のどれかが損なわれると,心身の不調,生活の満足や幸福の低下が生じ,逆に三要素が満たされれば,満足のいく充実した人生が送れるとされる。

 それぞれについて見ていこう。

 自律性とは,自分の行動は自分自身が自発的に行なっていると感じられることを意味し,自分が自分の行動を律していて他からの強制や指示・命令で行なっているのではないと感じられることである。自律性は,孤立はもとより独立とも異なる概念であることに注意が必要である。他の人に頼ると独立しているとは見なされないが,自ら求めて自分の意志で他者に依存するのは,自律性と矛盾しない。

 有能感は,自分は能力があって優れている,社会の役に立つ存在であるという感覚である.活動をして達成感が得られれば有能感も高まり,人から認められたり誉められることも有能感を高めることになろう。

 関係性とは,他の人と精神的につながっているという感覚である。愛し愛され,関心を持ちもたれ,集団や社会に属し,相互信頼関係を維持しているという実感を持つことであり,連帯感と言ってもいいだろう。特に,親・友人・上司・同僚などの重要な他者とのつながりが大事である。

 これら三要素は,全ての人が持っている基本的な心理的必須要素であり,文化的に習得したものではなく生来のものだとされている。さらに自己決定理論では,この三つの中で自律性がもっとも重要だとされる。自発的にものごとを決め,自分の意志で行動を起こすこと,つまり行動を自分でコントロールできることが大事なのである。仕事で言えば裁量が大事だということになる。これが自己決定理論という名称の由来でもある。

 アメリカの心理学者ダニエル・ギルバートは著書『幸せはいつもちょっと先にある-期待と妄想の心理学』(熊谷淳子訳,早川書房,2007)の中で次のように言う(40-41頁)。

「人にとってコントロールすることが心地よいから,だ。コントロールによって手に入る未来ではなく,コントロールすること自体が心地よい。力を発揮すること-変化させる,影響をおよぼす,ことを引き起こすなど-は,人間の脳に生まれつき備わった基本的な欲求の一つであり,乳幼児以降のわれわれの行動の大部分は,コントロールへの強い性向の表われにすぎない」。

三要素は文化によらない

 欧米諸国は個人主義の国であり,日本や中国・韓国などアジアの国は集団主義であるとよく言われる。個人主義の国では自律性は重視されるが,集団主義の国では個人の自律性よりも集団の目標や規範が重く見られるから,自律性はそれほど重要な欲求ではないのではないか,という疑問が生じるかも知れない。文化が人間心理に与える影響を重視する文化心理学者は,自己決定理論が重視する自律性は個人主義の国民にしか適用されないと主張する。逆に関係性は,集団主義の国では特に重要だが,個人主義の国ではそれほど重要ではないとも言う。

 このような見解に対して,アメリカの心理学者ケノン・シェルドンらは,自律性・有能感・関係性の他に自己実現・自尊心などを加えた計十種の心理的欲求のうち,アメリカ人と韓国人がどれを重視するのかを調べた。それによると,自律性・有能感・関係性の三要素はいずれもベスト四に入っていた。残りの一つは自尊心であった。興味深いのは,個人主義の国アメリカと集団主義と言われる韓国の両方で,自律性も関係性も同じように重視されていることである。自律性は他者依存性ではないし,関係性は集団志向とは異なるのだ。

 同様に,韓国・中国・台湾・トルコ・ブラジルという集団主義の国とアメリカ・ロシア・カナダという個人主義の国の人々にとって自律性がどんな意味を持っているかについての研究も行なわれている。共通しているのは,どの国の人々にとっても,自律性は心理的な満足を高めるということがわかった。

三要素と仕事・職場

 さてこのような三要素と仕事との関係を見てみよう。簡単に言うと,仕事そのものが持つ性質や仕事への取り組み方,賃金支払い条件,職場の人間関係などが三要素を満たしていると,仕事のモチベーションが高まることになり,ひいては働く人の満足感や幸福感を上昇させるということである。

自律性と内発的動機づけ

 金銭などの外発的動機づけ(外的インセンティブ)が,面白さや使命感といった内発的動機づけを抑制することがあるというクラウディング・アウト効果はよく知られている。クラウディングアウト効果はなぜ生じるのかに関して,三要素の観点が重要なのである。

 自分が興味を持ってあるいは価値を感じてやっていることに対して外部から報酬が与えられると,しかも仕事の出来ぐあいに応じて報酬が支払われると,仕事を依頼した人にあるいは報酬それ自体にコントロールされているように感じられるようになるだろう。すると自発的にやろうとする気持ちはそがれてしまう。つまり,自律性が損なわれることになる。このような「札束でほっぺたをひっぱたかれている」状態ならば,自ら積極的にやろうと思わなくなるのは当然だろう。このように,外発的インセンティブによって行為がコントロールされていると受けとることで,働く人の自律性が阻害されることが,クラウディング・アウト効果が発生する第一の原因と考えられるのである。

参考文献

Deci,Edward L., Anja H.Olafsen and Richard M.Ryan, 2017, Self-Determination Theroy in Work Organizations: The State of a Science, Annual Review of Organization Psychology and Organization Behavior, vol.4, pp.19-43.

Sheldon,Kennon M., Elliot,Andrew J., Kim,Youngmee and Kasser, Tim, 2001, What is Satisfying about Satisfying Event? Testing 10 Candidate Psychological Needs, Journal of Personality and Social Psychology, vol.80, No.2, pp.325-339.