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人工知能(AI)が社会に浸透するにつれて、仕事がAIに奪われるのではないかという不安をよく耳にする。一方、単純な仕事はAIに任せ、人はもっと創造的な、面白い、意味のある仕事に専念できるから、AIは怖くないという意見もある。その真偽はともかく、AIが、人が働くことの意味や意義を考え直すきっかけを与えるとも言える。

このブログで何度も取り上げてきた行動経済学者のダン・アリエリーは、同僚とともに、仕事の意味を問い直すような実験を2つ行なった。今回はその実験を取り上げよう。彼らの実験では、「働くこと」に関して人から意味を認められること、少なくとも自分のやったことが全く無視されることがないことが重要であるようだ。

ダン・アリエリーの実験その1〜扱われ方によって取り組む姿勢は変わるか?〜

第1の実験の課題は次のようである。参加者は、アルファベットが羅列されて記されているシートを渡される。そこから2つ連続してアルファベットの「s」が書いてあったら〇をつけるだけであり、10個見つけたら55セントの報酬が支払われる。

1枚目のシートについて課題が終わると、2枚目をやるかどうか聞かれる。ただし、2枚目では課題は同じだが、報酬が50セントになる。3枚目以降は、課題は同じで、45セント、4枚目は40セントというように報酬はシートが1枚増えるごとに5セントずつ減り、参加者が「やめた」というまで続けられる。実際には、11枚で報酬はゼロになる。

実験参加者は3つのグループに分けられた。提出されたシートを実験者がどう扱うかはグループによってかなり異なるが、そのことはあらかじめ参加者に告げられている。

第1のグループは、「承認条件」であり、参加者はシートに記名し、課題が終わったらシートを実験者に手渡す。実験者はシートを確認し、ファイルに綴じ込む。


第2のグループは、「無視条件」である。参加者は記名も要求されないし、課題終了後に提出すると、実験者は、参加者から渡されたシートを確認もせずにシートの山の一番上に積みあげる。


第3グループは、「シュレッダー条件」である。参加者は記名も要求されないし、課題終了後に提出すると、実験者は、参加者から渡されたシートに目もくれずにシュレッダーに放り込むのである。

結果はどうだったろうか? 課題は面白くもないし、意味もないが、たとえ面白くない課題であっても、それがどのように実験者、つまり監督者あるいは観察者にきちんと認められるかが、参加者のやる気に大きく影響したのである。

ダン・アリエリーの実験その1の結果

 

平均留保賃金
(ドル)

平均シート数
(枚)

平均報酬額
(ドル)

第1グループ
承認条件

14.85

9.03

3.01

第2グループ
無視条件

26.14

6.77

2.6

第3グループ
シュレッダー条件

28.29

6.34

2.42

表1

表1には、各条件における、参加者の留保賃金(参加者がこの課題をやめると決めた直前の報酬額、つまり課題に取り組んでもいいと思った最低報酬額)と、取り組んだシートの枚数、稼いだ報酬額の平均値が示してある。

課題は同じであり、面白い課題であるとは考えられないから、条件による結果の違いは、シートの扱われ方、言い換えれば参加者自身がどのように扱われたかを反映している。つまり、面白くもなく、意義もない仕事であっても、他人や監督者に認められることだけで、そうでない場合に比べて、やる気が生まれるわけである。しかも、もし続けていれば報酬が得られたにもかかわらず、である。

また、3つの条件では、「ずる」をすることもできる。実験者はほとんど、あるいは全くシートを調べないので、実際には見つけていないのに、10個見つけたと申告することができ、報酬を得ることができる。それにもかかわらず、参加者は報酬を放棄してしまったのである。

ダン・アリエリーの実験その2〜1つ目の実験の結果を別角度から検証する〜

アリエリーらが行なった第2の実験を見てみよう。レゴというおもちゃをご存じだろうか。プラスティックでできた小さなさまざまのブロックを組み立てて、造形するおもちゃである。小さいものからかなり大きく複雑なものまで作ることができるので、少年たちにはなかなか人気がある。

アリエリーらは、レゴブロックの中の「バイオニクル」というシリーズの、一種のロボットを実験参加者に組み立ててもらった。バイオニクルは、40のブロックを組み立てるもので、組み立て説明書がついている。作業は難しくなく、作業時間は10分くらいである。

参加者の報酬は、バイオニクルの最初の1体を作れば2ドル得られ、その後1体完成するごとに報酬は11セントずつ減っていくと決められている。20体作ると報酬は2セントとなってしまう。実験1と同じく、参加者が「やめる」と表明すれば、実験はそこで終了する。

この実験では、2つの条件が設定されている。1つは、「有意味条件」と呼ばれ、参加者が1体組み立てるごとに、実験者は完成品をテーブルに置き、次の1体の部品が入った箱を参加者に渡す。

もう1つの条件は「シーシュポス条件」という面白い名前がついている。この条件では、レゴを一生懸命組み立てて完成させても、実験者は本人の目の前で完成品をバラバラにして部品に戻し、箱に収めてしまう。まるで、シーシュポス(シジフォスとも言われる)の神話のようである。
アルベール・カミュ原作の『シーシュポスの神話』では、神の怒りをかってしまったシーシュポスは、大岩を山の山頂に運ぶことを命ぜられたが、岩を山頂に運び上げると、岩は神によって麓まで転がされてしまい、シーシュポスはまた岩を山頂まで運び上げなければならない。これを延々と繰り返さなければならないのだ。努力は無意味で徒労に終わってしまうのである。

 

2つ目の条件での作業はこれに似ているので、シーシュポス条件と名付けられた。2つの条件は、作業内容も報酬も同じであり、違いは完成品の取扱い方だけである。

さて実験の結果はどうだっただろうか? 有意味条件では、参加者が完成させたバイオニクルは平均10.6体であり、平均14.40ドルの報酬を得た。
一方、シーシュポス条件では、バイオニクル完成数は平均7.2体であり、平均11.52ドルの報酬を得た。留保賃金の中央値はそれぞれ1.40ドルと1.01ドルであった(表2)。また、有意味条件では完成数の最頻値は10体、シーシュポス条件では4体であった。

ダン・アリエリーの実験その2の結果

 

留保賃金
(中央値:ドル)

平均完成数
(体)

平均報酬額
(ドル)

有意味条件

1.01

10.6

14.40

シーシュポス条件

1.4

7.2

11.52

表2

大きなコストをかけることなしに生産性向上をもたらす方法

この2つの実験によって、働くことに関して重要な教訓が得られる。
実験1では、面白くない作業をするのであるが、それでも純粋に経済的インセンティブだけでなく、人から認められることが重要なのだとわかった。
逆に、実験2では、自発的に実験に参加したい者だけが集められたので、課題をこなすのはそれなりに面白いはずである。それでも、面白さにプラスして人から認められることが、課題を続けるインセンティブになっているのである。その結果、認められた方が生産性は上がるのである。
どうやら人にとって、仕事を認められるというのは、大きな意味があるのだ。

 

現在の日本は、少子高齢化による生産人口の減少に直面しており、従業員の生産性を上げることが大きな課題となっている。
これに対し、2つの実験が示すように「働きをきちんと認め、評価する」ことが、大きなコストをかけることなしに生産性向上をもたらす有効な方策であることが示唆される。

アリエリーらの実験は10年前のものであるが、今でも古くなっていないし、意義は失われていない。その間、関連の実験や研究も多く行なわれている。次回以降も、この「仕事の意味」や「やる気」をめぐるテーマを取り上げよう。


参考文献

Ariely,Dan, Emir Kamenica and Drazen Prelec, 2008, Man's Search for Meaning: The Case of Legos, Journal of Economic Behavior and Organization, vol.67, pp.671-677.

アリエリー、ダン(櫻井訳)2014『不合理だからうまくいく』早川文庫。