Yahoo! JAPANを運営するヤフーが協力して、オンラインゲームを提供する会社「GameBank」(ゲームバンク)を設立したのが2015年1月のこと。スマートフォン時代のモバイルオンラインゲームを制作、開発、運用、プロデュースする若い企業だ。

 GameBankの代表取締役社長 CEOを務める椎野真光氏は、セガ・エンタープライゼスでオンラインゲームのプロデュース、セガネットワークス(現セガゲームス)では制作を担当しながら編成副部長を兼務し、2014年にヤフーに入社してゲームパブリッシングサービスのマネージャーを務めた経歴を持つ。一貫してオンラインゲームの提供に関わってきた椎野氏は、人と人がコミュニケーションすることでこそゲームの楽しみが広がるとゲームの世界観を語る。

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 電車の中で、カフェで、様々なところでスマートフォンを使ってゲームをする人を見ることが多くなった。そんな時代の到来を見越して、ネットワークを介したコミュニケーションを通じて楽しめるオンラインゲームに関わり続けてきた人物がいる。GameBank代表取締役社長 CEOの椎野真光氏だ。ゲームは1人で遊ぶこともできるけれど、人とのコミュニケーションがあるともっと楽しめるというのが椎野氏の持論だ。相手より強くなろう、仲間と協力して難局を乗り切ろう――そうした意識を持つことで、ゲームの本質的な面白さに目覚めるという。

 「大学時代に社会学の研究をしていて、渋谷にどうして女子高生が集まるのか、女子高生にとってプリクラにどういう意味があるのか、などを調べていました。そのとき、渋谷や池袋、上野といったキータウンに集まる女子高生にとって、プリクラ帳は力関係やヒエラルキーを知るためのツールだと気づきました。地域が違うと学校名は役に立たず、プリクラ帳に集まった知り合いの数や人脈で、力関係を判断するのです。社会人の名刺のようなもので、面白いなと思いました」

 リアルの人間のコミュニケーションの姿を研究していた椎野氏は、ネットワーク上のアバターを使ったコミュニケーションゲームによって、人間のコミュニケーションの形を実証実験的に確かめられるのではないかと考えた。「ネットワーク上に渋谷を作りたいと言って、セガに入社しました」。コミュニケーションをベースにしたゲームが、椎野氏の発想の根源にあった。

組織の中でできなければ、新しい組織を作る

 しかし、当時は「ファイナルファンタジー」や「サクラ大戦」といった数億円規模のコンシューマーゲームが花形だった。椎野氏は、電話回線を接続するモデムを搭載していたゲーム機向けや、ゲームセンターのネットワークを使えるアーケードゲーム向けのオンラインゲームを作ってはいたが、セガの中でのオンラインゲームの位置付けは傍流だったという。2007年ごろから、日本では携帯電話向けのソーシャルゲームが流行し、時代は大きくネットワークゲームとフリーミアム(利用は無料で、アイテム購入などで課金する提供方式)に向かっていると判断した椎野氏は、セガグループの中でネットワークゲームを専門に提供するセガネットワークス(現セガゲームス)の立ち上げに参画した。

 「セガネットワークスではチェンクロ(『チェインクロニクル』)やぷよクエ(『ぷよぷよクエスト』)が成功して、大きな流れは作れたと感じました。セガですることは達成したという感じですね。そのころにはゲーム業界的にスマートデバイスへのシフトが加速していたので、いずれ重厚長大なゲームが頭打ちとなる時期が来ると予測し、ゲーム的なものではない、ゲームとサービスのハイブリッドのようなものを提供したいと考えていました」

 セガで達成感を覚えていた椎野氏に、ヤフーから声がかかった。Yahoo! JAPANには当時120ものリアルサービスがあり、月間数百億といった規模のページビューがある。それらをプラットフォームにして、新しいコンテンツを作ってみたい、ゲームをしないユーザーに新しいゲームを届けてみたいと考えた椎野氏は、「ヤフーなら次の時代を作れそう」と判断して転身した。

 「しかし、ヤフーでも壁はありました。ゲームは当たるか当たらないかが打率で決まるようなもので、何本か作ってヒット作がでれば回収できるビジネスです。一方、ヤフーはインターネットメディアの雄として広告事業の王道を歩んでいますから、大きなリスクを取るビジネスに対して精査するフィルターがぶ厚いのです。それならばまずは実績を作ってしまおうと思い、新会社を設立することにしました」

 そうして立ち上げたGameBankでは、もちろんヤフーの集客力を活用したモバイル向けのオンラインゲームを提供していく。ユーザー同士が対戦できる本格的3DアクションRPGの「オービットサーガ」を提供しているほか、2015年末にかけてネットワークを介して大人数の同時プレイが可能な釣りゲーム「みんなの釣りバカンス」、ミニゲームを楽しむとYahoo!ショッピングで使えるクーポンなどが得られる「大集合!ワイワイパーティ」、大規模多人数同時参加型のRPG「SOUL GAUGE」などが続々と提供される予定だ。

 椎野氏の発想の原点とも言える「コミュニケーションから得られる楽しさ」は、時代が変わってゲームを楽しむ機器が変化し、所属する組織や会社が変わっても、椎野氏の中でブレることなく提供するキラーコンテンツなのだ。

世界の流れはオンラインゲーム、日本の市場を変える

 こうまでして椎野氏がオンラインゲームにこだわるのはなぜだろうか。それは、日本から外に目を向けると分かるという。日本はゲームでも独自の文化が先行して、グローバルのスタンダードとは少し離れた位置に立っているというのだ。

 「日本のゲーム市場はゲーム専用機が主流でしたから、スタンドアロンのソフトで遊んだことがある人はとても多いと思います。一方で、PCゲームの普及が限定的だったため、ネットワークゲームやオンラインゲームで遊んだことのある人は少なく、当然ながらオンラインゲームを作ったことのある人はもっと少ないのです。ところが、近隣のゲーム大国である中国や韓国ではゲーム専用機の輸入が制限されていたため、最初からパソコンのオンラインゲームが広がりました。中国や韓国では感覚的に青年層の70%~75%の人がオンラインゲームを体験してきていて、その人たちがゲームの制作者になってきています。オンラインゲームがメインストリームの文化で育った人たちが大勢いる国々に、そのジャンルで勝つのは大変だと考えています」

 オンラインゲームの文化が定着してこなかったことが、現状のオンラインゲームの開発者の層の薄さにまで影響しているとの指摘だ。また、2007年頃から日本では携帯電話で"ポチポチ"とボタンを押して楽しむライトなモバイル向けソーシャルゲームがメジャーとなり、パソコン上で動く3Dを駆使したようなコアゲームが由来の中国や韓国のオンラインゲームとは、ゲームの内容も楽しむユーザー層も異なる。だからこそ、「単純に海外から持ってきたり、逆に日本のコンテンツを海外に持って行ったりしても、なかなかお互いに受け入れられないでしょう」と椎野氏は語る。

 では、そうした状況で、GameBankは国内のオンラインゲーム市場をどう見ているのだろうか。

 「最近では、スマホのゲームで初めてオンラインゲームに接した人が増えてきたと感じています。ログレス(『剣と魔法のログレス)などでオンラインゲームに接して、友だちとゲームをするのは楽しいんだと気づいた人たちは、より手応えのあるゲームを楽しみたくなります。その流れを取り込んでいきたいと思います」

 GameBankが提供するゲームは、モバイル向けのオンラインゲームとはいえ、ユーザー同士で対戦したり協調したりするコミュニケーションの要素と、コアゲーム並みの作り込みを大切にしている。「カジュアルゲームはプレイする敷居も低いですが、逆に飽きも早いと思います。一方、コアゲームは他の人と一緒に遊ぶ側面もあるため、強固なコミュニティが作れれば長く安定した収益をもたらします」という椎野氏の言葉が、GameBankの立ち位置を示しているようだ。

 「現在はモバイル中心でゲームを提供していますが、今後は、パソコン向けにゲームを提供する可能性も検討したいと考えています。そうすることで、ヤフーグループの一員であることの意味もより大きくなります。パソコンのヤフーユーザーをGameBankのパソコンゲームに誘導して、さらにモバイルにも流していくという循環ができれば、ゲーム文化を支える裾野を広げることにつながります」

 人とつながり、人と一緒に楽しめるオンラインゲームだからこそ、そうした文化の広がりに貢献できる。椎野氏がゲームビジネスを作り上げる中で、学生時代に研究していた「社会学」が潜在的か顕在的かは別にして、人と人のつながりがモチベーションを生み出すことを意識したビジネスモデルの構築につながっているようだ。


GameBank 椎野真光氏インタビュー

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara