ビアテイストの清涼飲料水「ホッピー」を製造、販売するホッピービバレッジ。同社は、3代目社長の石渡美奈氏が主導して社内改革を進めている。個人商店的経営から、今後の発展を見据えた企業経営へ。そしてそのための人財育成や、人財活用への投資も惜しまない。

 中小企業であるからこそ動きやすいという小規模のメリットを生かし、石渡氏はホッピービバレッジに変化を求め続ける。その根源にあるのは、ホッピーを抜栓することを楽しみにしているお客さまへの感謝の気持ちだ。ホッピーをずっと提供し続けられるようにするためには、さらに質を上げて進化していくことが必要だと説く。

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 3代目の石渡美奈社長が舵を取るようになって、ホッピービバレッジの主力製品であるビールテイストの清涼飲料水「ホッピー」を提供する飲食店は着実に増えているという。

 「ホッピーに興味、関心を持ってくださる方が増えていると感じています。ホッピービバレッジの規模では市場に密着した戦略を取らないと生き残っていけないため、マーケットの主力は首都圏です。その首都圏で、毎晩15万本のホッピーが抜栓されています。雨が降ろうが風が吹こうが、それだけ多くの人に飲んでいただいていることを大切に思っています。会社は誰のためにあるのかといえば、飲んでくださる方々のおかげです。だからこそ好調という名に寄りかかってしまわないように、安定に対して危機感を持っています」

ITツールは中小企業こそ活用すべき

 そうした危機感への対応の1つとして、ホッピービバレッジではITツールを活用した業務改善を進めている。最近では、シスコシステムズのテレプレゼンスシステムを導入したという。遠隔地とフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションが可能なシステムだ。

 石渡氏はITについてこんな見方を披露する。「小さな会社こそ文明の利器を積極的に使うことが重要だと考えています。小さな会社でマンパワー的にできないことがあっても、それをITツールが助けてくれるわけです。中小企業は身軽だからこそ変わりやすいはず。このメリットを活かしたいと考えています」。

 ホッピービバレッジでは、営業部門は東京・赤坂の本社に、製造部門は東京都下の調布市の工場にある。これまで、必要があると担当者が赤坂と調布の間を行き来していた。いずれも東京都とはいえ、往復には1時間、渋滞に巻き込まれれば2時間ほどかかることもある。テレプレゼンスで集合すれば、パッとその場で会議ができ、往復の時間を倹約できる。

 「シスコシステムズの当時の平井社長(平井康文氏、現楽天代表取締役副社長執行役員)と親しくさせていただいているのですが、2013年の暮れにシスコシステムズにおじゃましたときにテレプレゼンスを見せてもらいました。ホッピービバレッジは新卒採用を始めて数年が経っていましたから、産休、育休明けの社員もいます。子どもの世話のために早く帰った社員と相対しているようにミーティングができる仕組みがあったらいいなと思っていたところで、テレプレゼンスのプレゼンテーションをされてしまったので、即座に欲しいと思いました。社長の大人買いですね」

 社長の発案とは言え、テレプレゼンスを導入しても、実際に多くの運用をするのは社員だ。社員がイエスと言わないと武器にはなりにくい。そこで後日、社員も連れてシスコシステムズにテレプレゼンスのプレゼンテーションをしてもらったときに、平井氏は九州にいたという。そしてテレプレゼンスで平井氏がミーティングに自然に参加してきた。その印象は鮮烈で、テレプレゼンスの効果を的確に社員に伝えることになった。テレプレゼンスの社長の大人買いは、社員に受け入れられた。

 「数千万円の投資でしたから、決して安い投資ではありません。でも子どもの世話をしながら時短で働いている社員も、夜の部下指導やミーティングにテレプレゼンスで参加できています。どんな環境下でも仕事に参画できる。海外出張の多い私にとっても社員にとっても、大きな安心材料となっています。文明の利器に恵まれて、ありがたいことだと思っています」

社長が社員に対してなすべきことは「ありがとね」

 会社は、社員を育てると同時に、社員を評価し管理することも求められる。勤怠や進捗はチームスピリットの「Team Sprit」を利用して管理し、社員の評価・査定の仕組みも導入しつつある。

 「経営コンサルティングを手がける小山昇さん(武蔵野代表取締役)のところで勉強したときに、社員の評価尺度について教えられたことがあります。それは受け入れる文化がないところに難しい評価尺度を当てはめると、かえってモチベーションを落とすことになるということです。目標に対する結果の進捗率のように、分かりやすくシンプルなものが評価尺度の1つになるのでしょう」

 石渡氏はこう続ける。「しかし、社長は社員の評価をする人ではない気がします。社長が社員に対してなすべきことは"ありがとね"を伝えることだと思うんです。ボーナスの査定をするときも、会社に対して一生懸命に仕事をしてくれて"ありがとね"という気持ちで見ています」。

 成果は求めるが、その根底には社員に対しても感謝の気持ちがある。これは、ホッピーを楽しんでくれるお客さまに対しての感謝の気持ちと通じる考え方のように見える。

いつまでもホッピーを届けられるように

 ホッピーを楽しむ人が増えてきた今、ホッピービバレッジが抱える一番の課題は工場だという。設備や建物が老朽化してきた中で、工場はフルパワーで生産している。調布市という住宅地にある工場で、余剰な土地はない。周囲はマンションに囲まれた。生産量は伸びているので対応を求められるが、免許が特殊なため他県に工場を移転することも容易ではない。

ホッピービバレッジの商品群とともに

 「生産量の伸びに対応するように、規模を拡大するという考え方もありますが、拡大は非常に危険な言葉だと思います。安心して召し上がっていただける製品づくりという創業者の思いを追求しながら、その先にどのような工場を設計していくのかを考えることが基本です。口に入れていただくものを作っているということは、命に直結しているということです。お客様の安心を徹底して追求することと、1円でも安くお客様に提供するための生産の効率化が不可欠です」

 石渡氏は、求められる生産量に追い付くために規模を拡大するのではなく、製品の質を高め、社員の質を高めることを目指す。

 「冷蔵庫にキンキンに冷えたホッピーと焼酎が待っていると思うと今日一日を頑張ることができる、そうおっしゃってくださるお客様が星の数ほどいらっしゃいます。かけがえのないお客様の気持にお応えできなくなったら罰当たりでしょう? いたずらに会社を大きくすることを考えるのではなく、きちっといつまでもホッピーを届けられることをどこまでも追求するのが私たちの使命です。人間の成長にはとても時間がかかります。しかし、人財を育てて質を高めておけば、5年後、10年後の状況にも対応できるし、危機があっても乗り越えられると考えています」

 社内では人を育て、社員に感謝を伝え、必要な変革へのアイデアを常に求めながら、しかしホッピーをお客さまに届けるという基本を決して忘れない。そんな石渡氏の経営道が、ホッピーの歴史をさらに将来に向けて導いていくようだ。


ホッピービバレッジ 石渡美奈氏インタビュー

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara