自らを「研究者集団」と呼び、科学技術から世の中にイノベーションを起こすことを目指すベンチャー企業のリバネス。2015年5月時点で約50人となった社員のほとんどは、代表取締役CEOの丸 幸弘氏を含めて博士号や修士号を持つ研究者だ。

 科学技術の研究者と聞くと、人付き合いが悪くて難しい話を振りかざすというステレオタイプの人間像が頭に浮かぶ。しかし、インタビューに応じる丸氏はそうした気難しさは微塵も感じさせない。研究への思いを熱く語る姿が印象的だ。その背景には、丸氏が人間同士のコミュニケーションを非常に重視する姿勢を貫いていることがある。

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独自の管理術で、個性豊かな研究者たちをまとめあげる

 リバネスの1つの事業の柱として、教育現場向けのサービスがある。小学生に向けた教育プログラム「理科の王国」の実施をはじめ、中学生・高校生向けの科学冊子「someone」の発行、大学や大学院の研究室に対する研究サポートなど、その対象は幅広い。代表取締役CEOの丸 幸弘氏は、教育現場にサービスを提供することの意味を次のように説明する。

 「小中高から大学、大学院、そして各種の研究室まで、企業としてこれだけ幅広く関係を保っているのはリバネスだけではないでしょうか。人がどうやって新しい何かを生み出すのか、その現場をしっかりと押さえているのです。日本全国はもちろん、シンガポール、マレーシア、台湾、アメリカといった世界各国の教育機関とも連携し、リバネスの知識インフラを構築しています。世界中の学校は自分の学校だと思っているほどです。リバネスとは、こうした知識インフラを使った"知識製造業"だと考えています」

 教育現場に最新の科学技術の面白さを伝え、新しい研究者の芽を育む。研究現場に向けては、研究者がより多くの領域で活躍できるような企画を開発・提供することで、研究者の巣立ち"Leave a Nest"を促す。研究の面白さを知り、面白い研究をしたいと思う人材を育てる循環ができあがるのだ。

管理はシステムに任せ、人間は研究と人材育成に

 人材が集まるリバネス。同社には様々な異才がひしめいている。

 「実際に、わがままだし、報告はしないし、日本の一般企業では就職できないのではと思うようなメンバーもいます。リバネスは独立採算制で6つの事業部があり、それぞれに部長もいるんですが、部長がマネジメントをしているかよくわからないほどです。細かいことでも何かあれば小言は言いますが、裁量労働制ですから結果さえ出していれば私から文句は言わないようにしています」

 トップにかなりの度量がないと、多才な研究者集団をまとめるのは難しそうだ。例えば"細かいこと"の1つとして、「週報」の提出がある。リバネスでは、週報の提出を義務付けている。丸氏がメンバーの頑張りを唯一、定期的に確認できる手段だからだ。それも、管理が目的ではなく、メンバーを応援し、新しいアイデアが浮かんだらすぐに伝えたいからというあたりは、研究者集団のトップらしさがにじみ出ている。

 「リバネスでは、個人ではできないことをやっていきたい。みんなでやりたいから、チームでやりたいから、企業として活動しているんです。でも、週報もなかなか出てこないんですよね。1週間前の週報をコピーしてそのまま送ってきちゃう人もいるほどです」

 リバネスでは、経費精算の処理が煩雑だったことから、2014年にチームスピリットの工程管理・経費精算などのクラウドサービス「TeamSpirit」を導入している。丸氏は、TeamSpiritを引き合いに出しながら、こう笑う。

 「週報の提出もTeamSpiritに入れたらどうかな? リバネスでは、私が"こうしたい"と思ったことを、システムで実現できないかということも考えてもらっています。リバネスには総務と経理の担当者が1人ずついますが、それ以外にバックオフィスのメンバーはいません。管理しているのはシステムで、6人の部長の役割は研究と人材育成です。管理しているだけなんて面白くないじゃないですか」

 研究をさせたら、どのメンバーも夢中になってまい進する。理系か文系かと問われたら「体育会系」と答えるのがリバネスの流儀だ。24時間研究したいメンバーが集まっていて、夜も土日もオフィスを開けてくれと署名が来るほどだという。しかし企業としては長時間労働を肯定するわけにはいかず、「夜は帰宅しなさい」「毎年長期休暇を取りなさい」と指導することになる。

 「『夜は帰宅しなさい』と言うと、夜の(研究の)楽しみはどうしてくれるんだと面接で突っ込まれたりします。米国のIT企業などの裁量労働制では本当に自由に働けるケースもあるので、日本で最もゆるい管理だと思うリバネスの方法でも不満が出てしまうようです。ただし勤務時間中には、45分仕事をしたら15分休むことを徹底しています。リズムを作ってくださいと。生命科学では人間の集中は20分でピーク、それが2回あって、40分程度で限界だからです。日本の企業ではこまめに休むことをしないから、多くの人がやったふりになってしまうんです」

 リバネス流の管理では、研究者を納得させるためにも、こうした理論的な裏付けが重要なのかもしれない。それも時間や工数ではなく、瞬間風速を最も高められるようにするための管理というわけだ。

人と人の間には熱が伝わる

 こうしたリバネスの会社運営の中で、丸氏が大切にしているのは、感覚値を磨くことであり、コミュニケーションをすることだという。

 「メールやFacebookがいくら便利だとしても、20分間人に会うことを節約してはいけないと思います。人間と人間の間には"赤外線通信"のようなものがきっとあって、会うことによって熱が伝わるんです。同じ内容を伝えたとして、メールでは"理解"できたとしても"納得"できないことがあります。ところが会って目を見ながら話せば、熱が伝わって瞬時に納得できてしまいます。そういった経験はみなさんもありませんか? だから分からないときは、3分でも5分でも時間を作って会うようにしています。熱をぶつけ合わないかぎり、想いは伝わらないと思っています」

 そうした、直接のコミュニケーションにかける熱は、社内だけに限らない。リバネスのビジネスを広げるシーンでも熱の伝搬が介在しているようだ。

 「私は、すべての仕事は『面白いと思ってやりなさい』と言っています。楽しく研究して、何かができたらうれしいですよね。そうしたら、研究が活用できることを誰かに伝えたくなります。面白いと思ったことは伝染するものです。できたことを大企業などに話にいくと、それはいくらでできるの?と聞かれて、お金になることもあるわけです」

 熱が伝わるシーンには、こんなケースもある。丸氏は、ときおり会費制の経営者のパーティーに参加する。時には10万円以上の会費を払ってパーティーに参加することもあるが、そうした場には大企業や有名企業の経営者が参加している。リバネスのコーポレートカラーである「赤い」ネクタイをしてご飯を食べていると、大企業の社長などが声をかけてくれるそうだ。そこで研究の話を熱く語る。すると「キミは面白いね」と研究に理解を示してくれることもある。

 「研究で世界を変えたいということを理解してくれるのは、企業でもトップの方々です。ある研究の話をしたら、未来の話ではないか?と問われて、すでにできると伝えたことからビジネスにつながったこともあります」

 こうした熱の伝搬によって研究がビジネスに昇華する。植物工場を店舗の中に作るというアイデアを話したことから、サンドイッチ・チェーンのサブウエイの店舗に、植物工場併設型の新店舗「野菜ラボ」ができることになったという。コミュニケーションで熱を伝えることが、リバネスの研究開発から生まれたイノベーションを世界に拡散して、ビジネスを広げる原動力になっているのだ。


リバネス 丸 幸弘氏インタビュー

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara