インディーズ音楽配信サイト「monstar.fm」や店舗向けBGMサービス「モンスター・チャンネル」、女性向けの旅行ガイドサービス「Vivo」、ソーシャルゲームの制作、そしてグローバルソーシング事業の「セカイラボ」ーー。こうした多様なビジネスを展開する企業が、モンスター・ラボだ。

 モンスター・ラボの創業者で代表取締役社長の鮄川(いながわ)宏樹氏は、「多様性を活かす仕組みを創る」ことをコーポレートアイデンティティに掲げる。多様な才能、アイデア、アートなどを、求める人に届けるのがモンスター・ラボのビジネスというわけだ。「多様性」とモンスター・ラボの成り立ちの複雑な関係を、鮄川氏に語ってもらった。

monstar_zenpen_main.jpg

 モンスター・ラボは、鮄川宏樹氏が2006年に興した企業だ。モンスター・ラボという名称を耳にすると、誰しも「怪物の研究所?」と心の中で思ったりするだろうが、実際は優美な意味合いが込められている。フランス語で「私の=mon」と、英語の「星=star」を組み合わせた造語で、「私にとってのスター」を意味するのだという。誰もが自分にとって求める「スター」があり、それを提供したいという思いが込められているようだ。鮄川氏に、まずモンスター・ラボの起業のきっかけを尋ねた。

 「創業した2006年当時は、『iTunes』が出てきたり、『iPod』が市民権を得たりして、音楽がデジタル化していく最中でした。その変化は、音楽の媒体がCDからMP3に変わるということではないと思っていました。それまではCDを店舗で買ったり、オリコンのチャートを見たり、テレビの音楽番組を見たりという音楽の聴取形態が中心で、要するに"マス"向けの音楽が主流を占めていたのです。しかし、もっといろいろな音楽を好きな人がいるはずです。そうした人への対応が"マス"媒体ではできていなかったのです」

 インターネットの普及に、そうした音楽市場の状況を変える芽を感じ取ったのだろう。音楽はネット化がいち早く進展した分野であり、メジャーではない音楽がメジャーな音楽と対等に勝負できる場を創ることができると鮄川氏は考えた。そしてモンスター・ラボを興し、インディーズ音楽の配信サービス「monstar.fm」を立ち上げた。こうした経緯を聞くと、「monstar.fm」が怪物(monster)のFMではなく、私のとっておきの音楽を流してくれるチャンネルを目指したものだということが腑に落ちる。

 「音楽からスタートしましたが、音楽に限らずさまざまな分野で多様性を生かす仕組みを提供するサービスを提供したいという気持ちが根底にありました。価値観やライフスタイルなど、多様化しているものは数多くあります。多様性を取り込むことで生まれる発想や良い物があるはずと考え、多様性を生かしたプラットフォームを創ることを目指しました」

サービスの多様性、自分たち自身の多様性

 「多様性」を語る鮄川氏は、モンスター・ラボを通じて二つの側面の多様性を取り込んでいこうとしている。一つは、モンスター・ラボが提供するサービスの多様性。多様なサービスを提供するだけでなく、多様な音楽、多様な経験、多様な人材を、それらを求める人にマッチングしていくことで、新しい価値を生み出すプラットフォームにしようという思いだ。もう一つは、モンスター・ラボ自身が多様性を生かす仕組みであり続けること。人材、組織の多様性の受容を自らが実践することで、コーポレートアイデンティティに磨きをかける。

 サービスの多様性は冒頭でも紹介した通りで、創業の礎となった音楽では、"マス"向けの音楽では物足りない人に向けてキーワードや色といった感性でアーティストとマッチングするインディーズ音楽配信サイト「monstar.fm」や、月額1880円の低料金で1300チャンネル以上のBGMを店舗向けに提供する「モンスター・チャンネル」がある。このほか、ガイドブックに載っていない情報を女性向けに届ける旅行ガイドサービス「Vivo」、ファンタジー系ソーシャルゲーム「天空無双アスタロード」、そしてアプリケーション開発の姿を変えるグローバルソーシング事業の「セカイラボ」と、一見すると関連がなさそうにも思えるほどのバリエーションを持っている。

 「2013年末に立ち上げたセカイラボは、アプリ開発などを海外のエンジニアリングチームや企業に対して日本から発注できるプラットフォームです。インディーズ音楽配信のmonstar.fmとは違う方向性に見えるかもしれませんが、音楽のアーティストがエンジニアに変わって、国内から海外へと対象も広がったと考えれば、両者の発想が近いことが分かるでしょう」と鮄川氏は語る。そう聞いてから考えると、多様な人材や情報を必要な人に届けるという"発想の根っこ"はどのビジネスでも共通しているように見えてくる。

 「多様性を生かす仕組みを提供するというミッションを掲げているので、会社の中でも自然と多様性が意識づけられてきました。スタートアップ当初は5人でしたが、現在までに世界のグループ会社も含めて530人のメンバーが参画しています。音楽サービスでは、日本のポップカルチャーが海外で人気があることから、自然と外国人が応募してきて就職することが多いです。職種としてはエンジニアやデザイナーといった社員が、音楽などの創作活動をしている比率が高いことも特徴かもしれません。意識せずに国籍やバックグラウンドなどに多様性のあるカルチャーができてきたのかもしれません」

 一方で、多様性があるといっても社員がバラバラではビジネスは展開しない。鮄川氏は、会社のミッションやゴール、目的意識を共有した上で、それを達成するための考え方や発想に多様な価値観がぶつかり合うことで、いいものが生まれてくるという考えを示す。そして、多様性を取り込んだ「多様な」サービスを生み出す循環ができあがっているのだ。

共感できる人と一緒に切磋琢磨する

 そうした多様性のある人材は、モンスター・ラボにどのように引き寄せられてくるのだろうか。モンスター・ラボの社員は、グループ全体でエンジニア比率が8割にも上るという。日本だけをみても6~7割はエンジニアだ。

 「テクノロジーは手段です。一方で、モンスター・ラボではテクノロジーで一番インパクトを出せる事業を進めていきたいと考えています。技術を自分たちの武器の軸にしたいという考えです。こうした考えから、エンジニア比率が高い人員構成になっています。エンジニアの人たちは、面白い仕事ができることに対して集まってきます。技術やサービスで切磋琢磨することが好きな仲間を見つけ、共感できるような人がモンスター・ラボに集まる人材です」

 モンスター・ラボの仕事への「共感」には、二つの側面があるという。一つは、ビジネスの目的への共感。もう一つは「こんなエンジニアと一緒に働きたい」という企業カルチャーに対する共感だ。モンスター・ラボを仕事の面からも人間や環境といった面からも、好きになってもらった人と一緒に仕事をしたいという考えだ。

 社員を採用するときも、「面接から始めるのではなくて、とりあえず雑談をしたりすることで、エンジニアを好きになってもらうようにしています」と鮄川氏。多様性の価値を柔らかく引き出すには、共感という気持ちの上でのプラットフォームを共有する必要があるということだろう。

 実際に仕事の進め方にしても、そうした「共感」をプラットフォームにするような組織では、階層型管理はなじまない。鮄川氏は、「階層はあまり作らないようにしています。フラットな組織ですね。階層を作るのではなく、小さなチームを作ることを意識しています。それぞれの役割でチームが分かれていて、チームごとに連携する形態です」

 チームは、具体的な仕事に関わるプロジェクトごとのチームであったり、マーケティングなど会社の機能単位でできているチームであったりと、さまざまな形態がある。それらのチームには、それぞれチーム内のリソースをマネジメントする役割の人がいる。さらに、世界中のリソースをマネジメントする責任者がいるという構成で、人材を管理している。

 「リソースマネジメントの責任者は、みんなのボスというわけでなないのです。リソースマネジメントという役割の責任者であって、営業の責任者や技術の責任者と連携しながら最終的に組織としてのパフォーマンスを最大化する仕組みです」

 全体のリソースマネジメントの責任者は、海外のグループ企業のリソースマネジメントの責任者とも連携を取り、情報を交換しているという。静的な情報だけでなく、誰がどのような仕事ができるかといったような情報も含めて集中管理し、全体のリソースを最適化する。鮄川氏は、「事業が拡大したのはこの2年ぐらいのことで、こうした組織の形態もこの1年ほどで整えているところです」と笑う。

 一方で、組織は成長する中で変化していくことを、鮄川氏は見据えている。今の形が最終形ではなく、人の意見も聞きながら変化に対応した組織を作る考えだ。「フラット過ぎて人の教育が難しいといった問題が出てきたときには、リーダーを置くということもあるでしょう。事業も組織も成長していくと、そのときに合った形があるのだと思っています」。そうした柔軟さが、さまざまな側面でのモンスター・ラボの多様性を支える原動力になっているようだ。

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara