インターネット広告代理店大手のオプトは、2013年8月から「いい会社プロジェクト」を開始。執行役員や各職場推薦者らを含む組織を設立し、2014年から残業時間削減、「朝パン」の配布、在宅勤務といった労働環境改善に着手した。その取り組みは厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」(オプトの取り組みはこちら)にも掲載されている。

 デジタルマーケティングという動きの速い世界の中で、オプトはどのようにして社員の労働時間改善を進めたのか。カタリストでは、「いい会社プロジェクト」の中心となったオプトホールディング/オプト執行役員 ビジネスサービス領域管掌の近藤佑介氏にインタビュー。前編はプロジェクトの成り立ちや、その結果見えてきた新たな課題などを紹介する。

opt_zenpen_main.jpg

 2013年7月、近藤氏は事業部門から人事部門に異動し、その際、COO(最高執行責任者)から「3つの"低"を改善したい」という経営課題を提示された。その課題とは、「低生産性」「低収益性」「低従業員満足度」。これらを解決する手立てとして行き着いたのが「低従業員満足度」を改善するための長時間労働対策だった。

きっかけは「低従業員満足度」の改善

 2014年4月、いよいよ改善策を実施。近藤氏は長時間労働是正に向け、時代に逆行するかのような裁量労働制の廃止に踏み切ったのだ。

 「ホワイトカラー・エグゼンプションなども叫ばれる中、時代と逆行する動きだとは分かっていました。しかしまずは裁量労働制を廃止して、時間管理制にすることにしたのです」(近藤氏)

 ただ一律に裁量労働制を廃止したわけではない。同社の場合、廃止の対象となったのはある一定等級以下の社員のみ。最初から最後まで一人前に仕事ができる一定等級以上の社員は裁量労働制のままにした。理由は「彼らは仕事の管理において自立しており、自らの時間管理ができるから」(近藤氏)である。

 裁量労働制の廃止とセットで始めたのが「残れナイン」という施策だ。シンプルに21時以降の無駄な残業を禁止することを定めた。開始当初の2カ月間は役員、本部長、プロジェクトメンバーの3人が一緒になってフロアを回り、全社員に退社の声がけをした。しかも18時と20時のタイミングで喚起のためのチャイムが鳴り、21時には消灯するという徹底ぶりだった。

 「残れナイン」と同時に「朝パン」と呼ぶ朝食の配布も始めた。これに関しては「社員からの要望と、上層部の『生産性の高い朝型勤務を促進したい』という思いが合致した」(近藤氏)。物理的に21時以降の勤務が禁止されたため、その時間を朝の時間に振り分けた結果、「早く来ると(無料で)朝食を食べられるというインセンティブ」(近藤氏)を会社側が用意した。2015年1月からは、パンがおむすびに変更となり「モーむす(モーニングおむすび)」として提供している。

 朝食の提供時間は8時45分から9時15分までの30分間。同社の始業時間は9時30分であることから、朝食目当てに出勤すれば確実に遅刻しない。ただし朝食は個数に限りがあり、早い者勝ちだ。

 こうした様々な施策の導入によって、残業禁止の効果が劇的に現れた。2015年1月当時のデータとして、2014年7月から9月の前年対比で月60時間以上の所定外労働をした社員は30%減少したのだ。

 同社は在宅勤務にも積極的だ。IT環境がシンクライアント(ローカルにデータを持たず、サーバー側でデータを集中管理するシステム)もしくはノートPCのため、自宅にネット環境さえあれば仕事ができる。現状では、時短社員に関しては週1回から5回の間で上長と相談の上、在宅勤務を可能としている。

福利厚生の充実が人材の維持には直結しない

 一見すると全てがポジティブな方向に進んだように見えるが、近藤氏は「社員満足度が上がったかといえば、上がっていないのではないか」と分析した。同社の社是は「一人一人が社長」であり、強固な自立精神が求められる。それゆえ「オプトは成長というキーワードで社員と会社がつながっている。成長は会社のコアバリュー」(近藤氏)なのだという。

 「何のために早く帰るのか。一方で成長し続けたいという社員の自己実現欲求もあります。そのバランスをうまく取ることができなかったのは反省点です。当初から、決して残業を"悪"と捉えていたわけではありません。残業の常態化が問題であって、その意識を変えることが目的でした。デジタルマーケティングや広告事業を手がけているため、競合他社とのコンペなどで瞬間的に力を入れなくてはならないケースもありますから」(近藤氏)

エントランスには社是の「一人一人が社長」の額縁が飾ってある

 実際、そうしたケースが発生した場合はワンフロアを作業場として開放し、21時以降も仕事が継続できるようにしてきた。座席を固定しないフリーアドレス制と前述したシンクライアントの利用により、社内のどこにいても仕事ができる環境を生かした施策である。

 労働時間は入退室のカードリーダーで管理し、外出などカードリーダーで追い切れない部分は自己申請となる。時間と成果を比較し、かけ離れている場合は上長がメンバーに対して指導するなど、生産性をモニタリングする仕組みを整えた。

 「会社は社員が成長する機会を提供します。例えば『モーむす』に来て余った朝の時間を活用し、自分のために勉強する。それが業務上の成果として現れるか否かは努力の差ですし、どのように時間を使うかは自己判断でOKです。つまり会社にいること=業務という考え方は成立しません。これまで取り組んできて分かったのは、制度や福利厚生を充実させることがリテンション(人材を維持する施策)の重要点ではないということ。社員の働く環境の整備と併せ、成長機会をどのように提供できるか――そのバランスが重要なのです」(近藤氏)

 こうした結果をもとに、同社は現在、「いい会社プロジェクト」のバージョンアップ版を導入した。第二期では、収益性と生産性に結びつくアイデアが数多く生まれてきている。後編では、その中身に焦点を当てていく。

text:Masaki Koguchi pic:Takeshi Maehara