main_180516.jpeg

企業や働くひとたちの喫緊の課題となっている「働き方改革」。このテーマには、長時間労働の是正や業務の効率化、生産性の向上、ダイバーシティーやインクルージョン、ワークスタイルの見直しなどなど、様々な要点が盛り込まれている。

おそらく、多くの企業がこの1〜2年の間に「長時間労働の是正」に向けて超過勤務の見直しに着手し、その成果を挙げていることだろう。しかし、一方でそうしたことにより「依頼された仕事量をこなしきれない」という新たな問題が噴出している、との指摘もある。

今回は、この問題を踏まえた上で「どのように生産性の向上を実現させるか」ということを考えてみたい。

労働生産性の向上を「資本装備率」と合わせて考える

労働生産性は、労働による成果 / 労働投入量(従業員数や総労働時間など)によって導き出される。「欧米は一人あたりの労働時間が短い。それに比べて日本は、労働時間を長くすることで結果的に生産量を保ち、生産性を維持している*参考(「働き方と生産性」獨協大学経済学部 教授 阿部 正浩)」との指摘はたびたび見られるが、その際に、資本装備率と合わせて「なぜ、そのようになってしまうのか?」を見てみたい。

※なお、欧米と日本では労働の評価基準がそもそも異なるが、今回はそれについては考えないものとする。

「平成29年度 年次経済財政報告―技術革新と働き方改革がもたらす新たな成長― (平成29年7月 内閣府)第2-2-8図 主要国時間当たり生産性と労働要素の推移」

資本装備率とは、生産性の向上を目的とした機械や設備への投資をどのくらい行っているかを示す指標だ。これが低い場合、労働集約的な働き方になっていると言え、この数値が上がるほど(装備が適切であれば)一人あたりの労働時間は下がり、生産性が向上すると考えることができる。

「平成29年度 年次経済財政報告―技術革新と働き方改革がもたらす新たな成長― (平成29年7月 内閣府)第2-2-8図 主要国時間当たり生産性と労働要素の推移」に示される上図を見ると、確かに資本装備率と労働生産性に関する相関は少なくないと言えそうだ。


資本装備率が高い企業の特徴と、実際に生産性は上がっているのか?

さて、上図で見られる通り、日本では2002年ごろをピークに資本装備率は下降傾向となっている。このことが「効率的な働き方、生産性を阻害している要因のひとつではないか?」と疑う余地はあるはずだ。

だが、当然ながら国内企業すべてが装備に積極的ではないのか、というとそういうわけではない。折しも第4次産業革命の追い風が吹く今日、AIやIoT、ビッグデータの活用を積極的に行なう、またはそれを土台とした新たな企業は多く誕生し始めている。身近なところでなら、業務管理に関するクラウドサービス等を思い浮かべられることだろう。

内閣府が2017年2月10日〜3月3日まで、9,000社に対して行なった「生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査*」によると、前述の新技術を少なくともひとつは導入している企業の割合は36%にのぼったそうだ。

「生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査」の概要

これらの企業によると、「(導入した新技術によって)『新商品の開発』や『新規顧客の開拓』などで成果が上がったことを実感」したとのことだ。

新技術は、まだ確立した存在でないがゆえに、様々な活用のされ方が考えられる。たとえば、"次世代のオイル"とも言われるビッグデータは、さまざまなデータを掛け合わせることによって、ある年代のある嗜好や傾向を持つ人が求めるアイテムやサービスを高い精度で導き出すことが可能になるだろうし、AIは顧客満足度の向上や企業とのエンゲージメントを高めることに貢献するはずだ。今後、今まで考えつかなかったようなメリットを利用者やその先にいる生活者にもたらす可能性は十分にある。

こうした新技術の導入に積極的な企業には、有意な特徴が見られる。

先の調査結果では、以下のように総括しているが、感覚値としても違和感はないだろう。

  1. 企業属性としては、企業年齢や代表者の年齢、常時従業者の平均年齢が若い方が、新規技術の活用に積極的となる傾向がみられる

  2. 意思決定の分権度では、分権度が高い企業の方が、活用に積極的となりやすい

  3. 事業運営で従業員に要求する能力では、個別業務間の調整とともに専門性を重視する企業や、業務の効率性よりも創造性を重視する企業の方が、活用に積極的となる傾向がみられる

  4. ICTに対する姿勢では、ICT専門の統括責任者を備えており、またそうした責任者の意見が経営方針に対して影響力を持っている企業の方が、活用に積極的である

  5. 外部企業等との連携の状況についてみると、異業種を含む共同での取組を実施する企業の方が、自社単独での取組や同業他社との共同での取組を実施する企業よりも、新規技術の活用に対して積極的である

生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査」より抜粋

特に、1でまとめられているような年若い企業の場合、新技術との親和性が高い(=デジタルネイティブが多い、またはITリテラシーが高い)人材が集まりやすいという特徴があるほか、ややネガティブな表現になるが、ネームバリューが低く安定性に欠けると感じられるため従業員の確保が思う通りにできないことが容易に考えられ、そのため、たとえば事務作業等はそれを代行するツールがあれば積極的に活用するといった内情が想像できよう。

一方、専門性の高い部署や企業は、自分たちの強みを強化するため、その他の業務をなるべく簡略化させることでより差別化を図る、という経営戦略を実践するのも頷ける。

他方、サブスクリプション型のサービスが普及したことは、こうした動きを加速させる後押しとなっていると考えらる。初期費用が抑えられるため、「まずは使ってみて、合わなければやめればよい」という風に判断しやすいことは、新サービスをトライアルするハードルをグッと下げることになっているというわけだ。このことは、ICT部門が強い、または強い企業との取引が活発である企業にとっても新技術導入に積極的になりやすい環境と映るはずだ。

このようなさまざまな要因も手伝って、結果的に資本装備率が上がることで、効率的に業務を遂行できる環境が形成されることは、当代ならではのことなのかもしれない。

しかし、資本装備を手厚くするだけでは生産性は上がらない 〜学び直しの機会づくりと人材育成の再検討がキモになる〜

ただし、残念なことに、環境をいくら整えてもそれが必ずしも望ましい成果につながらない場合も十分に考えられる。たとえば、「せっかく新しいツールを導入したけれど、それを活用するのには相当な教育が必要だ」とすれば、一時的に生産性は下がるかもしれないし、使いこなせるようになるまで学び続ける、または学び直しが必要な場合も出てくるだろう。

つまり、生産性の向上のためには、第一段階としてそれを叶えるための環境の見直しをした上で適切な資本装備を行なうか否かを決定すること。

そして、第二段階として、それが使いこなせるように働きかけること、教育が重要だ、と言うわけだ。

当然ながら、社内に「他の人に教育できる人材」を育成することは急務であるし、そうしたことができる人材を採用することも喫緊の課題として挙げられよう。これらはどちらも一朝一夕ではできないことだ。今後、経営・人事責任者レベルが採用計画を見直す必要も出てくるかもしれない。

個人レベルでも、新しい環境に適応するための学びの機会を必要に応じて創出することが求められる場合も考えられる。だが、このことは、過去にも例がある。PCが職場に浸透しはじめた1980〜90年代を思い返してほしい。これは奇しくも日本の資本装備率が急上昇した時代だが、多くの人たちがその変化に適応するために「パソコン教室」に通って今では当たり前になった表計算ソフトの使い方やインターネットの使い方を学んだものだ。

そうした対象が今度はAIやIoT、ビッグデータに代わる、という風に考えられるだろう。

生産性の向上は、働くひと個々人の努力や工夫の問題であるだけではないし、企業の経営課題なだけでもない。双方が望ましい最終ゴールを目指して進んでいくことによってなし得るものだ。

だが、そのキックオフとして、今の業務環境の効率化を進めるために必要とされる「装備」に投資することは、企業とその経営者にこそ求められるのだと言えるだろう。

text:働き方改革研究所 編集部