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ダニング=クルーガー効果とは

 今回も,前回と同じくダニング=クルーガー効果について見ていこう。ダニング=クルーガー効果とは,能力やスキルが劣る人は,実際に何かができないだけでなく,自分ができないことがわからないということである。さらに,自分のでき具合を評価させると,実際より高く評価するのである。

 ダニング=クルーガー効果は認知バイアスの一種であり,日常至る所で見られる。もちろん職場や学校も例外ではなく,これが原因で学業や仕事の成果が上がらないといった直接本人に関わる問題ばかりでなく,周りの人をも巻き込むさまざまな摩擦や対立が生じることもある。

 また,素人よりも専門家の方が,断定的にものごとを言わないこともよくある。素人は,あるテーマに関して知っていることが少ない。すると知るべき知識全体も多くないと思ってしまうので,知っている範囲内で断定的なことを言うことがよくある。それに対して専門家は知識も多いし,知るべき知識が膨大な範囲に及んでいることも知っている。そこで,自分の知識を相対化でき,かえって断定的にものを語れなくなるのだ。この時の素人の反応もまたダニング=クルーガー効果の現われである。

ダニングクルーガー効果の出現分野

 ダニング=クルーガー効果はあらゆる分野で見られる。学校や職場ももちろん例外ではなく,筆者の教師としての経験でも,成績発表の後で,自分はもっとできているはずなのに成績が予想よりも悪いと異議を唱えてくる学生は,ほぼ例外なく実際にできてないのだった。

 ダニング=クルーガー効果の発見者である心理学者のデビッド・ダニングらは,さまざまな分野において,素人に近い人と経験者の知識やスキルおよびそれらに関する自己評価比較検討している。たとえば政治,生物学,物理,地理の分野について,さらに銃の安全性,金融知識などについてもダニング=クルーガー効果が見られることがわかっている。

 ギブスらは,会社のコンピュータ・ユーザーにも同様にダニング=クルーガー効果が見られるという。ユーザーはコンピュータに関する実際の知識やスキルのレベルが低い者ほど,自分の能力やスキルを高く評価した。ハイテク企業についての調査によると,ソフトウェアエンジニアの32-42%が,自分の能力がその企業のエンジニアのトップ5%に入ると考えており,ある大学の教員を調べたところ,68%の教員が自分の教育能力をトップ25%に入ると見なし,90%が平均以上であると考えていた(マーフィ)。

ダニング=クルーガー効果の原因

 ダニングは,あるタスクでうまくやるために必要な知識やスキルは,それをうまくできるかどうかを認識するのに必要な知識やスキルと同等であると言う。そこで,これらの能力に欠く人々は,タスクをできないし,自分のできなさを認識できないのである。

 このとき目につくのが,ダニング=クルーガー効果に陥っている人のメタ認知の欠如あるいは低さである。メタ認知とは,自分自信の思考や行動について第三者の視点から捉える能力であり,これによって自分がタスクをどの程度うまくこなしているのかが理解できるのである。メタ認知力が足りなければ,さまざまな認知バイアスにとらわれやすく,過剰な自信を持つことになる。

 それまで自分がよく知らない分野の知識やスキルを少し得ると,自分がその分野にすごく詳しくなったと思ってしまう。その分野の学習や経験を積んで初めて,自分の知識やスキルが不十分であって,学ぶべきことがたくさんあることに気づくのだが,それに気づかないのだ。

ダニング=クルーガー効果の影響

 ダニング=クルーガー効果で誰が影響を受けるのだろうか? 答えは,われわれすべてなのだが,この効果に陥っている人ばかりでなく,職場や学校でその人の周りにいる人も被害者となりうる。

 ダニング=クルーガー効果にとらわれている本人は,自分を優れていると思い込んでいるため,さらに学習したり経験を積むという意欲が湧かないことになりやすく,結局その分野で素人のままでいることになってしまう。また,自信過剰なため他者の意見を聞かなかったり,自分の評価が低いという不満を生むこともある。ダニング=クルーガー効果はIQが低いことを意味しない。かえってIQが高い人は言い訳や弁解が上手だったりして,さらにたちが悪いことがある。職場や学校でこのような人が周りにいると,間違った結論が出されるだけでなく,チームワークが乱れたり,雰囲気が悪くなることもあろう。筆者も大学でこんなタイプの人が同僚にいて困ったことがあった。

 また,自信家ほど給与が高く,昇進も早いことが研究によってわかっている。私たちには,自信を有能さの現われと勘違いする傾向がある。そこで裏付けがなくても自信にあふれた人が有能だと見なされ,重要なポジションに着くことがある。鋼の神経を持った強心臓の人が有利なのだ。すると,根拠がなくても自信に溢れた,ダニング=クルーガー効果にとらわれた人が昇給や昇進をしかねず,不公正な昇進や昇給にたいする不満が渦巻くことになりかねない。

ダニング=クルーガー効果から逃れるには

 ダニング=クルーガー効果に陥らないですむ方法はあるのだろうか? 決定的な方法については悲観的であるが,緩和する方法はいくつかある。まず必要なのは,前述のメタ認知力を身につけることだろう。自分自身の知識や経験をなるべく第三者の目でできるだけ客観的に見ることである。この場合に,自分自身の考えを批判的に見ること,いわゆる「悪魔の代弁者」Devil's Adovocateの視点が必要なのである。

 特定の分野での学習や実践を積むことも重要である。ある分野で少しだけ知識を持っていたり,経験をしたことでダニング=クルーガー効果は生まれやすい。その分野での十分な知識や経験はそれを解消する手助けとなり得る。ダニングとクルーガーの最初の実験において,論理的推論のできが悪い人に,それについての教育を受けてもらった。すると,再びテストしたときに,こんどは,実験の成績と他者の比較について,以前より正しく推測することができるようになった。これは,経験を積み知識を身につけることが,ダニング=クルーガー効果を小さくすることを意味している。

 なるべく他者からのフィードバックを得ること。自分自身の悪い評価は聞きたくないというのが自然な気持ちであるが,そこは自分のためだと耐えなければならない。優れている人と自分の成果を比較する機会があるとなおよい。

 注意すべき点は,経済的インセンティブがあっても,必ずしも改善されないことである。ダニングらの実験によると,論理的推論の能力を問う課題で,実際の成績を5%の範囲内で予測できたなら30ドル,ぴったり当てられたら100ドル得られるという設定でも,そのようなインセンティブが与えられていない者と比べて特に予測精度は上がらなかった。また,別の課題であるが,本人に間違っているという事実を突きつけても十分な改善効果は得られなかった。改善された人もされなかった人もいたのだ。

参考文献

Dunning, David, 2011, The Dunning-Kruger Effect: On Being Ignorant of One's Own Ignorance, Advances in Experimental Social Psychology, vol.44, pp.248-296.

Gibbs, Shirleya, Kevin Moore, Gary Steel and Alan McKinnon, 2017, The Dunning-Kruger Effect in a Workplace Computing Setting, Computers in Human Behavior, vol.72, pp.589-595.

Kruger, Justin and Dunning, David, 1999, Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments, Journal of Personality and Social Psychology, vol.77, no.6, pp.1121-1134.

Murphy, Mark, 2017, The Dunning-Kruger Effect Shows Why Some People Think They're Great Even When Their Work Is Terrible,
https://www.forbes.com/sites/markmurphy/2017/01/24/the-dunning-kruger-effect-shows-why-some-people-think-theyre-great-even-when-their-work-is-terrible/#519d9b55d7c9