出社かテレワークか

緊急事態宣言が解除されて以降、オフィスに出社して働く人が増えています。新型コロナウィルス感染拡大の第一波では、企業は半ば強制的にテレワークに踏み切らざるをえませんでした。外出自粛が解除された今、出社する元の働き方に戻すのか、テレワークを継続するのか、企業によって判断がわかれています。

突然始まり2ヶ月ほど続いたテレワークでは、生産性の低下・コミュニケーション不足などの課題に直面する企業も多かったようです。日本ならではの「ハンコ文化」も、テレワークを阻害する大きな要因として話題となりました。月刊総務が全国の総務部門に行った調査( https://www.g-soumu.com/news/2020/06/1612.php )では、緊急事態宣言中に完全リモートワークができた総務担当者は1.6%に過ぎず、出社理由の1位は「郵便物の対応」、次いで「契約書等の押印」という結果でした。緊急事態宣言解除後に原則出社に切り替えた企業の多くは、こういった点でテレワークの限界を感じたのかもしれません。一方で、テレワークを継続させることを決めた企業は、多様な働き方の実現をめざし、テレワーク環境をさらに進化させようとしています。

生産性の向上のために出社するのか、テレワークで生産性を向上させる方法を考えるのか、という二者択一で考えられがちですが、一番の理想は出社しようとテレワークであろうと、生産性の高い働き方ができるということではないでしょうか。新型コロナウイルス流行の第二波が懸念される今、「出社しなければ仕事ができない」という固定観念にしばられるのではなく、できる限り多くの業務をテレワークでも実施できるよう見直し、状況によって柔軟に働き方を切り替えられるようにすることが重要です。

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個人的な仕事を行うテレワークから、テレワークを前提として組織が動くステージへ

先日、ガートナー社は、ペーパーレスの視点からテクノロジーを展開するためのロードマップを発表しました(https://www.gartner.com/jp/newsroom/press-releases/pr-20200417)。

テレワークを阻む大きな壁となっているコミュニケーションや書類・伝票などの「紙」を取り扱う業務の問題は、最適なデジタルツールを導入することで乗り越えることができます。もちろん、週に数時間、個人的な仕事を行うテレワークと、テレワークを前提として組織が動くのでは、用意すべき環境は異なります。時間・場所にかかわらず生産性の高い働き方を実現するためには、どのようなステップでデジタルツールを導入していけばよいのでしょうか、またそこで必要となる情報セキュリティ対策にはどのようなものがあるのでしょうか。

レベル1: 個人の業務をテレワークで実行できる
レベル1のテレワークは、個人の仕事を在宅などで行う必要最低限のテレワークです。PCさえあれば、報告書・議事録・企画書・マニュアルなど、情報漏洩のリスクが低い文書の作成は自宅で行うことができます。またインターネット環境があれば、作成した資料をメールで送ることもできるでしょう。このレベルでのテレワークでも、日常で使用する文書は紙ではなく電子フォーム化されている必要があります。

テレワークにあたっては、会社からPCを支給する(貸し出す)するなどの対応が必要です。個人所有のPCを使ってもらえば企業は端末を用意する必要がなくなりますが、利用するソフトウェアの制限やウイルス対策、脆弱性対策を担保することができないため、セキュリティ上、大きなリスクを抱えることとなります。初期投資はかかりますが、情報漏洩リスクに対応するコストを考えると、安全な端末を企業から支給する方が結果的には低コストになるでしょう。

仕事が個人の作業で完結するという場合には、PC・Wi-Fi・メールなどがあれば問題なくテレワークを実行できますが、そういった仕事はごく一部に限られます。チームメンバーとのコミュニケーションを必要とする場合には、この段階を脱し、コミュニケーションや情報共有手段などをデジタル化する次のステップへと進む必要があります。

レベル2:テレワークで社内のコラボレーションができる
個人で行う業務だけではなく、社内のコラボレーション業務がデジタル化されている段階です。この段階では、Web会議やクラウドでの資料共有、チャットでのコミュニケーションなど、チームでの仕事をスムーズに進めることができる環境が整えられています。

・Web会議

コロナ禍でもっとも注目されたのがWeb会議ツールです。これまで在宅勤務制度があった企業も、会議の時は出社することを求められていたのではないでしょうか。しかし、Zoom、Webex、Microsoft Teams、Google Meet、Skypeなどのツール使って会議ができるようになるとわかったことで、働き方やオフィスの存在に対する世の中の考え方は大きく変わりました。いつでもどこでも会議ができるようになれば、会議のための移動や出張コストを削減することができ、より効率的な時間の使い方をすることができます。

・ビジネスチャット

Web会議と並んで、テレワークにおけるコミュニケーションの課題を解決するのがビジネスチャットです。メールと比べて気軽にやりとりできるほか、組織に合わせたグループの作成やファイルの共有など業務を効率化するのに有効なツールとして、多くの企業で利用されています。ビジネスチャットには、Slack、Microsoft Teams、Chatwork、LINE WORKSなどのサービスがあります。

・クラウドストレージ

クラウドストレージを利用すれば、Web会議中やチャットのやり取りのなかで、複数の人が同じ文書を見ながら推敲したり、表計算ファイルの数字を確認したりできます。いくらWeb会議やビジネスチャットでコミュニケーションを活性化させても、資料が共有できなければ、仕事を進めることができません。

主なクラウドストレージサービスには、BOX、Dropbox、Google Cloudなどがあります。普段から作業中の資料データをクラウドに保存しておけば、自宅からでも出張先からでも、会社の資料にアクセスでき、最新の状態の資料を見ることができます。データのパックアップにもなるため、たとえ使用中のパソコンが壊れても、影響なく仕事を継続することができます。

今回のコロナ禍でのテレワークでは、おそらく多くの企業がこの段階までは実現できているのではないでしょうか。もちろん、これだけあれば社内でコミュニケーションを必要とする業務がすべてまわるというわけではありません。ツールはツールでしかないので、どのような使い方をするのかによって、生産性は大きく変わります。例えばWeb会議でも事前に資料を共有する、目的を明確にするなどのことがなければ、ダラダラとした会議になってしまいますし、チャットに関しても優先順位をつけて対応しなければ、重要でも緊急でもないコミュニケーションに時間を奪われてしまうことになります。お互いの顔が見えないテレワークで、少しでもオフィスの環境に近づけようとWeb会議をつなぎっぱなしにしておくなどの対応をする企業もあるようですが、コミュニケーションの活性化につながる可能性もあれば、ただの監視になってしまうリスクもあります。より働きやすい環境をつくるためにも、テレワーク導入を機に、社内のコミュニケーションの取り方について見直すことが必要です。

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テレワークに必要なセキュリティ対策

さてテレワークの次のステップについて考える前に、セキュリティ対策について整理したいと思います。テレワークで実施できる業務の範囲が広がるほど、情報漏洩のリスクも高まります。機密情報や顧客情報が外部に流出すると企業は大きなダメージを負うことになるため、しっかりとした対策を講じておく必要があります。

・端末にデータを保存しないための対策

情報漏洩リスクの大きな要因が、USBなどを使った情報の持ち出しや端末の紛失などです。このようなリスクを避けるため、テレワーク端末上にデータを保存せずに運用する「シンクライアント方式」と呼ばれる方法があります。シンクライアント方式には、いくつかのパターンがあります。

リモートデスクトップ方式: オフィスに設置されたPCなどのデスクトップ環境を、テレワーク端末から遠隔で操作したり閲覧したりする方法です。オフィスで利用していた環境と同じ環境をテレワークで利用でき、さらにテレワーク端末にはデータを残さないようにすることができます。

仮想デスクトップ方式:オフィスのサーバー上で提供される仮想デスクトップ基盤 (VDI)に、テレワーク端末から遠隔でログインして利用する方法です。端末を普通に操作している感覚で使用できますが、実際にはサーバー側の画面をテレワーク端末に転送しているだけなので、データはテレワーク端末に残りません。リモートデスクトップは、操作する側とされる側が1対1の関係ですが、仮想デスクトップ方式は、1台のサーバーに複数の仮想的なデスクトップ環境を構築するため、操作する側とされる側が複数台対1台という関係になります。

リモートデスクトップ方式は、オフィスの端末をそのまま利用することができるため、コストを抑えつつ、今ある環境を生かしてテレワークに移行するメリットがある一方、個別の端末にリモートデスクトップの設定をしなければならないなどのデメリットがあります。一方、仮想デスクトップ方式はVDIサーバーを用意する必要がありますが、そのサーバーをメンテナンスすればよいため、情報システム管理者の負担は少なくて済みます。リモートデスクトップ方式よりも効率的ですが、サーバーのコストが高いというデメリットがあります。

・安全なネットワーク環境を構築する

ネットワーク環境におけるセキュリティ対策も重要です。ネットワークを流れるデータの安全性を高める技術として、VPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)があります。VPNとは、インターネット上に仮想の専用線を設定し、特定の人のみが使用できるようにしたものです。第三者に通信の内容を傍受される危険性を下げることができます。テレワークを実施している多くの企業では、社外から社内のシステムに接続する際にVPNの利用を必須としています。

コロナ禍のテレワークで話題となったのが、「VPN渋滞」という言葉です。多くの従業員が一度にネットワークに接続することが必要となったため、多くの企業で、ネットワークにつながらない・すぐに切れる・通信が遅いなどの問題が起こりました。「連続で2時間つなげてはいけない」などのルールを設けて、この問題をしのいでいた企業もあったようです。ネットワークトラブルは、テレワークの生産性を低下させる深刻な課題です。安全性はもちろん常に安定したネットワーク環境を構築することも、テレワークでは非常に重要です。

さて次回は、より複雑なプロセスに対応するレベル3のテレワークについて考えてみたいと思います。