前々回と前回はイケア効果について考えた。イケア効果とは,手作りの要素があると,自分が作ったものに対して愛着を強く感じるようになり,自分が作ったのだという有能感を高め,それを高く評価するという性質である。

 イケア効果が職場で発揮されると,自分が手がけた仕事に対する愛着や評価が高まることになり,それがプラスの影響を及ぼし,仕事により熱心に取り組むようになることが期待できる。うまく仕事に生かすことができれば,成果を高めることができよう。

 こうして見ると,イケア効果はよいことばかりのようであるが,前回の最後に述べたように,実は落とし穴が潜んでいる。それはイケア効果が自前主義を導きやすいことである。

自前主義とは何か

 自前主義は経営者や企業家にはよく知られた概念であり,今さら説明の必要はないかもしれないが,念のためおさらいをしておこう。自前主義とは,英語で"Not Invented Here Syndrome"といい,文字どおり解釈すると,「ここでつくったものではない症候群」である。つまり自分が作ったもの,自社が開発したもの,自国で発明された物など,広い意味での自前で作成や発見したものに高い価値を置き,他企業や他国で作成・発見されたものの価値を低く見ることである。
 
 自前主義によって,自社の開発・製造した製品や技術にこだわることになり,他社により優れた製品や技術があって自社に導入可能であったとしても,それをせずに自社品に固執してしまうことになる。自前主義は,モノに対してだけではなく,アイディアや意見に対しても,またプログラムや理論などについても生じることがわかっている。

 自前主義は,日本の企業における大きな問題であることが,公的機関が発行する文書でも指摘されている。たとえば,総務省発行の『情報通信白書』においては,もっとも新しい令和元年版においても,「自前主義からの脱却」が項目の1つとして取り上げられている。同白書ではここ10年ほどほぼ毎年のように,わが国のイノベーションを阻害する要因として自前主義が槍玉に挙げられている。文部科学省発行の『科学技術白書』においても同様であり,自前主義と反対の概念である,他国や他社の製品やアイディアを積極的に取り入れようという「オープン・イノベーション」の重要性が指摘されている。

自前主義はなぜ起こるのか

 自前主義が生じる原因は何であろうか。それは単純ではなく,人間の認知バイアスや自己中心性などに由来するなかなか複雑な現象である。自前主義は,取り除くべきだと言われながらもなかなか解消しないのは,それが人間の性質やバイアスに深く根ざしているからなのである。イケア効果以外に自前主義の原因と考えられるものを見ていこう。

 ・保有効果・現状維持バイアス...人は,自分が現に持っているもの,意見,立場,地位などをそうでない場合よりも高く評価する傾向である。これによって,新しいものを導入したり,新奇の意見に耳を傾けず,現在の状態をずっと続けるという現状維持バイアスが生じがちである。

 ・集団思考...集団浅慮と言われることもあるが,企業の意思決定によく見られるように,個人ではなく集団で決定を行なうと,必ずしも合理的な決定がなされないということの原因として集団思考が挙げられる。本来の合理的な決定という側面がおろそかになってしまい,集団内の意見の一致をみたということが大事になってしまうことがある。自社の技術やアイディアの他社のと比べた優劣の評価が目的なのに,単に意見の一致が目標となってしまうことである。

 ・内集団バイアス...人は集団を作ると,他の集団よりも自分の属する集団のメンバーをひいきしたり,その能力を高く評価するといった内集団バイアスが生じやすい。これがあると,客観的な判断ができずに,内集団に優位な判断が下され,自前主義の原因となる。

 ・自信過剰...特別な根拠がなくても,自分は優秀だ,自社の製品は優秀だと考えるバイアスである。

 ・SPOT効果...これについては,少し詳しく見ていこう。

SPOT効果

 イギリスの心理学者であるグレッグらがこの効果についての実験研究を行なっている。彼らは,何らかの理論が,仮想的であったとしても自分のもの(自分の理論)であると想定されると,それが真実であることをより強く感じるようになるという現象を見出した。この現象はSPOT効果と名付けられている。英語で,"Spontaneous Preference for their Own Theory"の略語であるSPOT効果は,訳せば「自身の理論に対する自発的な選好」となり,自分の理論だと言われれば,意識せずともそれを好むようなり,正しいと思うようになるという現象である。


 彼らの実験はなかなか面白い。彼らは,実験参加者に対して,「ある研究者が,遙か遠くにあるワグウッドという名前の惑星の生物について調べている」と書かれた文章を読んでもらった。文章には,「研究者は,ワグウッドにいる「ニフィテス」と「ルーピテス」という生物について興味を持っている」といった内容が含まれている。さらに,研究者は,「ニフィテスはルーピテスを狩り,殺し,食する」という理論を持っていると記されている。
 その後で,「ニフィテスはルーピテスの2倍の大きさである」,「ニフィテスは強い歯を持ち,頭には危険な角がある」,「ある地域でのニフィテスの数は増加し,ルーピテスの数は減少している」などの7つの文章の真偽の程度を1~100で判断してもらった。


 実験的操作は簡単である。実験参加者を2つに分け,1つのグループには,前述の「研究者」のところが「あなた自身」と記してあり,他方のグループでは「アレックス」という名前になっていたのである。違いはたったこれだけである。
 すると,7つの質問すべてにおいて,「あなた自身」グループと「アレックス」グループでは,真偽の程度の判定に差があり,「あなた自身」グループの方が,「アレックス」グループに比べて,それらが真であると考えた程度が有意に大きかったのである。


 つまり,架空な設定の架空の理論であっても,それが自分自身で考えたものであるとされるならば,他人が考えたとされる場合に比べて,真である可能性が大きいと判断してしまうのである。実際に自分で考えたわけではないし,荒唐無稽に近い理論であっても,単に外部(実験者)から,「あなたの理論だ」と言われただけで,理論の信憑性を高く見積もっていることになる。このことは,自前主義は,単に「自分のものである」と示唆されるだけでも生じうるを示している。
 

自前主義から逃れる方法

 ではどうしたら自前主義を回避できるのだろうか? 残念ながら,他の認知バイアスと同様に,完全に逃れることはできないようである。とはいえ,それを軽減する方法はある。第一に自前主義という現象が存在することを知ることである。知っていれば,自分がそれに陥っていないかどうかをある程度は客観視でき,影響を軽減させることができるであろう。

第二に,外部の意見を取り入れることである。外部の第三者ならば,より感情の入らない客観的な見方ができ,自前主義を完全に取り除くことは難しいとしても,少なくすることは可能であろう。


参考文献・記事
Cole, Neal, 2017, Is Not Invented Here Bias Undermining Your Growth?
https://www.conversion-uplift.co.uk/why-do-good-ideas-take-time-to-be-adopted/
Gregg, Aiden P., Nikhila Mahadevan and Constantine Sedikides, 2017, The SPOT Effect: People Spontaneously Prefer Their Own Theories, Quarterly Journal of Experimental Psychology, 70-6, 996-1010.
ダン・アリエリー『不合理だからうまくいく』早川書房。