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私たちは、企業にせよ、役所にせよ、NPO/NGOにせよ何らかの組織に属して働くことが多く、また組織での意思決定はしばしば個人ではなく、集団で行なわれる。では、人は個人で意思決定する場合に比べて、集団で意思決定する場合には、不正や非倫理的行動がより多くなるのだろうか? それとも、不正を思いとどまることが多く、非倫理的行動は少なくなるのだろうか。

今回は、このような問題意識から行なわれた研究について見ていこう。

集団になると不正行為が多くなる理由

集団における不正行為についてのこれまでの研究で、一人で決めるときより集団で決める時の方が不正は多いことがわかっている。この理由として、3点が指摘されている。

第1に、個人より集団の方が、より合理的で戦略的に有利な決定ができる。そこで、集団に利益となる不正ができる機会があるならば、個人より集団の方がその機会を逃す可能性が小さく、したがって不正をしやすいという理由である。

第2に、集団での不正は、個人より不正を隠しやすいという理由である。集団の中に紛れてしまえば、誰が不正したのかは発覚しにくいということである。

第3が、自分が不正すると、集団の他のメンバーにとって利益となるような場合には不正をしやすいことである。

これらが理由ははたして妥当するのか、また他に理由はないのかという疑問を持ち、実験によってさらに検討しようとする研究が、コッヘルら3人の行動経済学者によって行なわれた。彼らの研究によって、集団における不正行為についてかなり包括的かつ衝撃的な示唆が得られるので、少し詳しく見ていこう。

コッヘルらの"不正直シフト"実験

コッヘルらの実験では、実験参加者はコンピュータ・ディスプレイに映るサイコロの目を申告するという簡単な課題が出された。もらえる報酬額は申告した目によって異なり、申告した目が1~5のときは目の数がそのままポイントとなるが、6の場合には、ポイントはゼロとなる。報酬額は1ポイントにつき2ユーロ(約260円)であった。

この実験では、ディスプレイで見た目の数についてウソの申告をすることができる。参加者は、この課題を個人で行なう場合と、3人グループで行なう場合があり、それぞれの場合にウソの申告がどれくらいあるか、またどのように変化するかということを調べるのが実験の目的である。

サイコロの目を見るのも、それを申告するのもコンピュータ上で行なわれるので、誰がウソをついたのか実験者にはすぐにわかってしまう。つまり、この実験では、バレる恐れが少ないから不正をするという可能性はまったく排除されているのである。

グループで申告する場合の条件はさらに2つに分かれている。

1つは、出た目の申告についてグループで決めるのだが、申告する前に5分間、グループでコンピュータ上で話し合い(チャット)ができる。そして3人とも同じ数を入力しないと、3人とも利得ゼロになってしまうという条件である。

もう一つは、グループ内でチャットをするのは同じであるが、最終的にどの数を申告するかは各人の判断に任される。利得もそれぞれが申告した数によるという条件である。

なお、グループのメンバーは特定できず、チャットの発言はグループ全員が共有しているが、誰の発言かはわからないようになっているし、チャットの話題も限定せず、趣味でも週末の過ごし方でも、個人が特定できること以外ならどんな話題でも構わない。

実験参加者は、個人条件、意見の一致を必要とするグループ(グループA)条件、意見の一致を必要としないグループ(グループB)条件の3つのグループに分けられる。ただし、グループ条件に振り分けられた参加者であっても、まず個人で課題を行ない、その後グループでのチャットをしてから申告するというやり方である。チャットができるグループ数は全部で78であった。

コッヘルらの実験で得られた結果

さてこの実験によってどんな結果が得られたであろうか?

まず、個人で申告するという条件では、不正な申告をした割合(不正率)は61.5%であった。ところが、グループAでは不正率89.7%グループBでは86.3%だった。個人よりグループの方が明らかに不正な申告は多かったのである。ただしグループ間の違いには統計的に有意な差はなかった。

また、グループA、Bのメンバーが個人で決定する場合とグループで話し合ってから決定する場合との差も興味深い。

下の表には、3人で構成されるグループのメンバーが、個人で決定した場合に正直または不正直であった人数と、グループでチャットをした後で、不正直な申告がどの程度あったかを示している。

上段一番左側の欄は、3人とも個人と決めた場合には正直な申告をしたが、次にグループAのメンバーとして決めたときには、不正な申告が92%もあったことを示している。以降の欄は、個人として不正直な人が1人、正直な人が2人...いた場合のグループAの不正直な申告の割合を示している。下段は、グループBに関する同様な割合を示している。

 

正直3人

不正直1人

不正直2人

不正直3人

グループA

92%

85%

89%

100%

グループB

79%

83%

93%

100%

ここで興味深いのは、3人とも個人として正直な申告をしたにもかかわらず、グループAに属してメンバーでチャットをした結果、92%もの申告が不正直に変わったということである。

その次の欄は、個人として不正直な人が1人、正直な人が2人いた場合である。ここでも不正直な申告は85%もある。グループAに関しては、メンバーの構成が正直な人であるか不正直な人であるかには関わりなく、不正直な申告が増えるということであり、グループBでも、正直者3人だと確かに不正申告はAに比べて少ないが、それでも数多いということがわかる。

コッヘルらは、個人の時より集団に加わった時の方が不正が多くなることを、「不正直シフト」と呼んでいる。個人から集団での決定に変わっただけで、人びとの正直さに対する態度が変化(シフト)するからである。表には、不正直シフトがはっきりと現われている。

このような不正直シフトはなぜ生じたのであろうか。先ほどあげた3つの理由は成り立たない。まず、この実験における課題は簡単なので、第1の「集団の方が合理的」という条件は満たされない。第2の「不正をしても集団に紛れることができる」という理由も成り立たない。申告はコンピュータ入力で行なわれるので、誰が不正申告をしたのかは、実験者には完全に分かってしまうからである。第3の、不正をすると他の人の利益になるということも、グループで話し合うが、各自で決定するという条件では成り立たない。つまり、集団では不正が増える理由として従来主張されてきたことは成り立たないのである。

不正直シフトが起こる"新たな仮説"は?

では、不正直シフトはなぜおこるのであろうか。コッヘルらの推測はかなり衝撃的である。それは、集団内でコミュニケーションをとることそのものが、不正直シフトをもたらすというものである。

グループ内で行なわれたチャットの内容を分析すると、51%は、不正やその言い訳・合理化に関するものであった。そのうち43.4%は、不正申告が利益になるといった内容であった。一方正直であるべきといった内容は、わずか15.6%しかなかった。

このような不正直シフトが生じるのは、集団意思決定の落とし穴のひとつと言えるだろう。コミュニケーションは善いことばかりではないのである。

最近相次いで発覚した大企業による数々の不正行為では、単独や少数の者だけが関与するのではなく、組織の多くの者や組織ぐるみの犯行も目立つ。なぜこのようなことが生じるのかを理解し、それらの抑止策を講じるためには、今回取り上げた研究が参考になるだろう。

●参考文献

Kocher,Martin G., Simeon Schudy and Lisa Spantig, 2018, I Lie? We Lie! Why? Experimental Evidence on a Dishonesty Shift in Groups, Management Science, vol.64, no.9, pp.3995-4008.