2013年10月、日本の労働慣習に大きなインパクトを与えたのが、総合商社の伊藤忠商事(伊藤忠)による「朝型勤務」制度の導入だった。夜間の勤務を原則禁止とする代わりに、朝の出勤を推奨する制度の導入は、テレビも含めた多くのメディアで報じられた。

 では、朝型勤務のその後はどうなっているのだろう? 伊藤忠の働き方改革における位置づけは? 同社 人事・総務部 企画統括室長の西川大輔氏に、チームスピリット代表取締役社長の荻島浩司氏が尋ねた。

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対談した伊藤忠 人事・総務部 企画統括室長の西川大輔氏(左)と
チームスピリット代表取締役社長の荻島浩司氏(右)

荻島氏:伊藤忠さんの朝型勤務、働き方改革について、お話を聞かせてください。まず、朝型勤務を導入した背景から教えていただけますか。

西川氏:グローバル化も進み、業態も常に変革を求められる時代ですが、実際に変革を進める大きなきっかけとなったのは、東日本大震災でした。

 金曜日だった2011年3月11日の週明け、月曜日の本社には多くの社員がフレックスタイム制度を使って10時ごろに出社していました。そのとき世の中は大変な状態でしたし、お客さまも朝早くから動いていました。それなのに、商社の社員がフレックス制でゆっくり出社していたのです。お客さま目線が商売の基本である商社が、お客さまが大変な時に、ぞろぞろと10時に出勤しているのはおかしいということで、フレックスタイム制度を考え直すきっかけになりました。そして翌2012年、育児や介護などで(フレックスタイム制度が)必要な人を除き、全社一律のフレックスタイム制度を廃止しました。これが働き方改革の入口になったと考えています。

荻島氏:仕事のあり方を見直すことから取り組んだのですね。

西川氏:そうですね。我々はお客さまの対応が第一です。お客さまは朝早くから仕事をしているのであれば、我々が朝早く来ればお客さまにメリットを提供できます。それだけでなく、我々自身の側にも朝早く来たらメリットがあるのでは?と考えたのです。

 伊藤忠は4000数百人の社員がいますが、総合商社の中では最も社員数が少ないのです。要するに、少人数で戦って、今の好調な業績をさらに拡大していくためには一人当たりの生産性を上げることが急務です。勝負に勝つには待ったなしで、業務を効率化する施策が必要となったのです。

朝働くとみんなにメリット

荻島氏:2013年10月に導入された「朝型勤務」の具体的な施策を教えてください。

西川氏:制度はとてもシンプルで、大きく2つの内容で構成されています。

 1つが残業の禁止です。20時以降の残業を「原則禁止」とし、基本的には20時までに仕事を終えて帰ってください、そして22時以降の残業は「禁止」で残ってはいけません――と決めたことです。それ以降の残業がある場合には、翌朝やってくださいということですね。仕事を夜型から朝型にシフトするようにしました。

 もう1つが、朝のうちに来て仕事をするためのインセンティブです。これがミソなんですが、割増賃金を払うことにしました。5時~8時に仕事を開始した人に対しては、朝9時の定時までに業務をした時間に対して、深夜勤務と同じ割増をします。具体的には時間管理対象者は150%、対象外の場合は25%という形です。さらに8時までに始業した社員には軽食を無料配布しており、サンドイッチやジュース、スープ、コーヒーなど30種類ほどの軽食を用意しました。朝は早く来て、軽食を食べながら業務を始める、そんなスタイルが今では定着してきました。

荻島氏:朝型勤務にしても、通常の定時は変わらないのですよね。

西川氏:定時は9時から17時15分の固定です。20時を過ぎた夜の残業を、朝に持ってくるという点が変わったところです。夜は際限がないんですよね。やろうと思えば朝まで時間があります。ダラダラしますし、疲れているから生産性が落ちます。徹夜しても効率が悪いのです。

 一方、朝ならば、6時、7時に始業すると頭がすっきりしています。9時には定時の始業時刻になりますから、ダラダラやることはできません。限りある時間の中で処理しようと自分でコントロールします。結果として、短時間でも効率の高い仕事ができるわけです。

荻島氏:残業禁止といっても、伊藤忠さんは商社です。海外対応や深夜、休日の対応をしなければならないこともありますよね。

西川氏:そうですね。そこは「完全禁止」にはしていないんです。仕事が回らなくなることもありますから。ハードルは高くなっていますが、どうしてもというときは申請すれば残れるようになっています。決算前だったり、海外のお客さまとのテレビ会議だったり、外せない仕事もありますから。完全消灯でロックアウトするようなことはしていないんですよ。どうしても必要なときは事前申請することで20時以降も働けるようにしています。

荻島氏:導入から3年が経過しています。成果はどのように評価していますか。

西川氏:導入前、導入6カ月後、2年後、3年後の数値で評価しています。朝型勤務の導入前は、本社の在籍者のうち20時以降の退館は約30%でした、22時以降の退館も約10%で、本社には2200人から2300人いますから、200人以上が深夜まで仕事をしていたのです。それが3年後の今は、20時以降の退館者は5%に減りました。22時以降の退館者は、ほぼゼロという状況です。

 それでは、朝はどうかというと、8時以前の入館者は導入前の約20%から、3年後には約45%に増えています。約半数の社員が8時より前に出社して、仕事をしているんですね。朝食の利用者数が1日平均約1100人ですから、半数近くの社員が朝型になっていることを裏付けています。夜から朝へと、仕事の時間帯が明らかにシフトしていることがわかります。

荻島氏:夜から朝へのシフトで、コスト削減効果はありますか。

西川氏:朝型勤務を導入したとき、コスト削減はまったく考えていなかったんです。働き方を変えて、業務の効率を上げましょう、ということがとにかく狙いでした。ところが、時間外勤務の時間は、導入前に比べて約15%の減少という数値が出ています。残業手当はおよそ10%の削減、朝食代などの経費を差し引いても約6%のコスト削減になっています。

 効果はそれだけではありませんでした。朝型勤務によって、電力使用量は約7%の削減になりましたし、タクシー代はなんと30%も減りました。昔は本社の前に夜中まで客待ちのタクシーが並んでいましたが、今は20時以降はタクシーが並ばなくなったほどです。

制約の中で仕事を完遂する意識への変化

荻島氏:コスト削減の効果が大きいことには驚きました。一方、朝型勤務によって業務効率が上がって、業績にも影響が及んだりしていますか。

西川氏:業績との連動は難しいところですが、社員の感情という面ではかなりいい効果がでています。人事関連の施策というと、たいてい社員の評判はよくないものなのですが、朝型勤務に関しては約9割の社員が肯定的にとらえています。社員の意識、エンゲージメント、コミットメントという点で、プラスの効果をもたらしています。

荻島氏:実際に社員のアウトプットが変わったとか、向上したといったことはありますか。

西川氏:実は、業務効率化、生産性向上についてはある程度は各現場に任せており、それぞれの組織で考えてくださいというスタンスです。会社から「やれ」と言われると、うちとあの事業部では仕事が違う、お客さまが違う、などといってやらない理由をたくさん作って逃げてしまいます。それよりも、現場が「やらなきゃ」と感じて、自分たちの組織で実践することが大切だと考えています。実際に、ファイリングの仕方だったり、クリーンデスクだったり、電子化、会議のやり方の見直しなど、部署ごとに自発的な動きが出てきています。

荻島氏:働き方の変化については、どうでしょう。

西川氏:それはありますね。例えば、会議を夕方にやらなくなりました。午前中の早い時間に設定するんですね。上司の指示も夕方ではなく、早い時間に出すようになりました。夜に残業ができないのですから、仕事をする時間帯を考えないといけないのです。

 以前ならば、残業は夜から朝までの時間がありましたが、今は早朝から9時までの時間限定です。仕事はどうしても増えてしまうので、捨てることを考えなければならないのです。例えば、資料を4枚作っていたら3枚にするといった発想の転換ですね。朝だから効率が著しく上がるわけではありません。どちらかというと、夜は20時までといった制約をかけたことで、一気に仕事をしてしまうといった意識変化が起こっているのでしょう。そうした積み重ねが効果として表れているのだと思います。

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 後編では、トップが示す意識改革、多様化対策のキーワード「げん・こ・つ改革」、会社に貢献してくれる人に対して施策を打つ――といった伊藤忠の働き方改革の原動力について、うかがっていきます。

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara