人材育成や組織開発などの研究を通じて、働き方改革への様々なメッセージを発信している明治大学大学院グローバルビジネス研究科教授の野田稔氏。テレビ番組のキャスターとしてもその名を知られる存在だ。

 特別対談の第2弾は、社員の幸せにつながる働き方の改革が最も重要と訴える野田氏に、チームスピリット代表取締役社長の荻島浩司氏が経営者の視点から切り込む。まずは働き方改革を推進するための基礎となる考え方について、野田氏に話を聞いた。

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荻島氏:野田さんは人材マネジメント分野での第一人者ですが、研究畑だけではなく非常に多方面で活躍されていらっしゃいます。最初に野田さんのバックボーンについて、簡単に教えていただけますか。

野田氏:大学では管理工学を学び、コンピューターシミュレーションの専門家として新卒で野村総合研究所に入社しました。消費者の行動をモデル化したマーケティングベースの戦略コンサルティングを行っていました。当時は若くもあり、論理的に正しければ企業は動くものだと考えていた部分がありました。

 しかし、現実には人間の行動は難しいものですし、一般の消費者はもちろん、企業内の人の行動はもっと読めないものでした。実際に、コンサルティングしたあるお客さまの状況から、当時の自分が人間の行動について何もわかっていないと痛感することになりました。そこで大学院に入り直し、組織の中のコンフリクト(衝突、対立)の解消について学びました。大学院修了後は、野村総合研究所で2001年まで組織人事コンサルティングの旗を掲げて仕事をしてきました。

 2001年、これからの日本を担う人材を育てなければならないと考え、多摩大学で教鞭をとるようになりました。またリクルートでは新規事業のフェローを務め、新しい人と新しいモノを作るお手伝いをすることになりました。そのころ、テレビに出る仕事をいただくようになりました。そのご縁から、組織の中の感情の正常化に取り組むためのジェイフールという会社を立ち上げました。

 現在は明治大学大学院の教授として、組織、人事、人材開発、組織開発の研究を続けています。所属や肩書は変化していますが、組織開発を最も中核のテーマとして研究とコンサルティングを行っています。

荻島氏:組織開発は働き方改革にどのように影響するとお考えですか。

野田氏:私たちが組織開発のコンサルティングをするとき、誰のために働いているかを考えてみましょう。それは、クライアントの株主でも社長でもありません。クライアントの社員が生き生きと働くこと、幸せにつながる働き方改革を実現することが最大の目的なのです。社員が生き生きと働くことによって、クライアントの会社の業績に貢献し、それが最終的には株主に還元されるという流れです。組織開発を通じて働き方改革を実現した果実は、会社だけでなくて最終的に社員が取っていかないといけないと考えています。

イノベーションが生まれない根源は長時間労働

荻島氏:働き方改革で、まず求められていることは何でしょうか。

野田氏:少し歴史を振り返ってみると、組織開発や働き方改革で求められることが変化してきているのではないかと感じられます。戦後から1960年代までは、人口も増え日本は成長期にありました。そのときは、どの会社も「強い会社」を目指しました。従業員は言われたことをきっちり行うことが求められました。精神論でしゃにむに頑張れば頑張るほど成果が出た時代でした。ほとんどの会社の基本戦略はコストリーダーシップ戦略で、他社と同じものだが安いことが売りでした。

 ところが1968年に日本の人口が1億人を突破し、人口の伸びが鈍化してきました。日本の企業は、海外のマネをどのように上手にするかの「How to do」だけでよかった時代から、何をするかの「What to do」を考えなければならなくなりました。70年代以降、多角化や海外進出が進み、「強い会社」から「賢い会社」への転換が求められました。

 そんな中で、ニーズの多様化に合わせて各社とも差異化戦略を目指すようになりました。しかし、多くの日本企業はこのコストリーダーシップから差別化戦略への転換に失敗しました。差別化しようとするものの、その差は「微差」に過ぎず「顕差」を作ることができない企業がほとんどでした。結局レッドオーシャンから抜け出すだけのクリエイティビティ、イノベーションを生み出すことができなかったのです。

 今後、日本の人口は減少していきます。このまま減り続けると、2046年には1億人を割り込みます。税収が減りますから政府に助けを求めることはできません。企業はこれまで以上に社会的価値を高め、自活する力をつける必要が出て来るのです。そこでは、知恵やイノベーションの勝負になるでしょう。第1世代が「強い会社」、第2世代が「賢い会社」だったわけですが、第3世代は「志の強い会社」が生き残ることになります。第3世代の会社では、イノベーションを引き出し、企業の価値を最大化できるようなビジネスモデルを生み出せるようにすることが、組織開発に求められる役割になります。その傾向はますます強くなるでしょうし、働き方改革もツールの1つだと考えています。

荻島氏:働き方改革では長時間労働の是正が課題として掲げられています。長時間労働の是正は、組織開発の視点からはどのような意味を持っていますか。

野田氏:これからの企業が価値を創出するには、イノベーションにつながるアイデアを考え、新しいことを生み出す人材が必要です。そうしたクリエイティビティを持った人はどのような人かを考えてみてください。どう見ても、徹夜明けの人ではないですよね。

 人事には、「アブセンティズム」と「プレゼンティズム」という言葉があります。アブセンティズムは、従業員の欠勤が常態化し企業活動に支障が出ることです。これは世界では問題なのですが、日本ではあまり問題になりません。どこの企業の人も欠勤せず、這ってでも出勤してきます。ところが、出社はしていても疲労困憊していてろくに働けない状況を「プレゼンティズム」といいます。会社には来ているので、問題が顕在化しにくいですが、日本企業はこの問題に直面しているのです。

 徹夜、徹夜だったり、まともに寝ることもできないような状況だったりしたら、イノベーションはおぼつかないわけです。長時間労働は、プレゼンティズムを引き起こす根源的な問題であり、イノベーションを生み出せる状態に正常化するには長時間労働を何とかする必要があるのです。

無駄を洗い出し、排除することが解決への道

荻島氏:どうやったら長時間労働が減るかというのは、経営者にとっても根源的な問題です。対策はありますか。

野田氏:仕事の進め方の見直しが必要です。そもそも、何をもって「仕事」とするのか、内容の精査をしなければなりません。無駄なことを一生懸命やっていても、生産性は上がらないわけです。今やっていることは無駄なのではないか?というところから、仕事を見直す必要なのです。

 「当たり前の経営」(ダイヤモンド社刊)に書いたのですが、住友情報システムとCSKが合併したSCSKでは、長時間労働の是正への大改革が行われました。SCSKでは、長時間労働の原因のひとつはシステム開発の「手戻り」でした。システムを開発しても、求めるものと違うといったことから「手戻り」が発生し、そのための作業が大きな負担になっていたのです。

 なぜ「手戻り」が多く発生するのかというと、入口のところでお客さまとしっかり合意ができていないことが原因の一つです。ここを変えないと、長時間労働は解決できません。そのため、入口ではお客さまとの折衝に長い時間をかけるようにしました。一見すると却って時間がかかるようですが、最初にしっかりと合意しておくことで、無駄な作業が少なくなり、残業時間を大幅に減らすことができました。その上、売り上げもアップしました。働き方改革とは、このように「根源的な無駄の排除」だと考えています。

荻島氏:そもそも自分たちが仕事として行っていることは無駄ではないのか?と考えることから始めるというわけですね。

野田氏:無駄を排除していけば、企業にとっても働き手にとっても、Win-Winの関係で働き方改革が可能なのです。ある会社では1つの交通費伝票に7つも判子が押されていました。ミスは減らせるでしょうがそれにかかっているコストは、果たして見合っているでしょうか。このように、日本の企業ではコンプライアンスやリスクマネジメントと称して、気づかないうちに「屋上、屋上、屋上、屋上に屋根を重ねている」のです。

 人件費のコストはかかっていないと思いがちですが、プレゼンティズムが蔓延するようでは大きな損失を招いています。付加価値ってなんだっけ? 付加価値を出すために必要最小限のプロセスはなんだっけ?という視点で考えないといけませんね。そのためには、付加価値の上がらないビジネスからの撤退も視野に入れる必要があります。働き方改革を突き詰めていくと、企業の事業自体の見直しまで求められていくのです。

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 無駄の排除が長時間労働の是正につながり、長時間労働がなくなることでイノベーションや価値創造に立ち向かえる人材が生まれる。野田氏の見据える働き方改革とは、社員の幸せのためを目的としながら、今後の企業の成長戦略と表裏一体になっているようです。後編では、企業内の意識改革や働き方改革をリードする人材の育成、そしてトップの変革といった、組織開発の核心部分に迫ります。

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara