日曜大工とか園芸,野菜作りなどは,昔から変わらぬ人気がある。筆者の地元にも大きなDIY店があるが,平日の昼間でも大盛況である。定年退職者と思われる,時間に余裕がある世代の人たちが目立つ。時間があると同時に,手作りがもたらす喜びを味わいたいのだろう。多くは現役時代,会社員として働いて来た。当時は,仕事の一部分だけに携わっていたが,今は完成のための全行程に関わり,完成させることの喜びを味わいたいのではないだろうか。あるいはその喜びを知っているので,取り戻したいと思うのかもしれない。いずれにせよ,「自分で作る」ということは大きな満足をもたらすにちがいない。

 自分が実際に手をかけて,時間や労力を費やして完成させたものに対して,人は特別の愛着を感じ,それを高く評価するようになる。何かの作成に「自分の手を加える」ことによって,それに愛着が湧き,その価値が高いと評価するようなことは,一種の認知バイアスと言ってよいだろう。そのようなバイアスは「イケア効果」と呼ばれている。「イケア」とは,日本でもよく知られたスウェーデンの家具販売会社であり,イケアの家具の特徴は,多くの製品に手作りの要素を残していることである。自分で組み立てなければならないのだ。

 イケア効果は,マーケティングで語られることが多い。製品に自分で手を加える要素を加えると価値が高まるというのは,マーケティングの常套手段の1つである。イケア効果は,マーケティングのみならず,モチベーションとも大いに関わりがあり,企業における働き方にも影響を及ぼすことになる。ここでは,まずイケア効果そのものについて見ておき,次回に,働き方とのつながりを考えてみよう。

手作りのものが価値を生む

 手作りが価値を生むというイケア効果自体は以前から知られていた。有名な例として,1940年代のケーキミックスの話がある。当時,ダフ・アンド・サンズという会社が,水を加えかき混ぜるだけでできるインスタント・ケーキミックスを売り出したが,売上は芳しくなかった。そこで同社は,ケーキミックスから卵と牛乳の成分を抜き,作る人が自分で実物の新鮮な卵,オイル,牛乳を加えるようにしたケーキミックスを売り出すことにした。すると,売上は大幅に増加したのである。ほんのちょっとした手間をかけただけで,作り手(多くは主婦)は,「自分が作った」という感覚をもつことができ,同じようなインスタント・ケーキであっても,完成品に比べてより価値が高いと思うようになったのである。

 最近,アメリカの行動経済学者である,ノートン,モション,アリエリーの3人は,いくつかの実験を通じて,イケア効果が起こるかどうかを正確に確かめている。因みに,手作りが価値を生むという現象に,「イケア効果」という名前をつけたのも,彼らである。

 最初の実験では,参加者の半数は実際にイケアの箱を組み立て,残りの人は組み立てなかった。次に,箱を組み立てた人と組み立ててない人が,組み立て担当の人が作った箱を手に入れるために払ってもよいと思う金額を聞いた。すると,組み立てた人は自分の組み立てた箱に対して平均78セント,組み立てなかった人は同一の箱に対して平均48セント払ってもよいと答えた。明らかに,自分で箱を組み立てた人は,そうでない人に比べて,全く同じ箱に対して高い評価をしたのである。

 

 第2の実験では,実験参加者は折り紙の鶴かカエルを折った。折り紙に慣れている人はいなかったので,作り方のインストラクションを一緒に渡したが,作品のできばえは良いとは言えなかった。ここでも,手に入れるために払ってもよいと思う金額を尋ねた。そして,自分では折り紙を折ってない第三者に,折り紙作品の値段をつけてもらった。すると,折り紙を折った人が,自分の折った作品につけた値段と,折らなかった人が同じ折り紙作品につけた値段の間には約5倍もの差があったのだ。さらに,折り紙の専門家が作った作品にたいして同様に価格付けをしてもらった。結果は,表1にまとめられている。

払ってもよいと考える金額(平均)

自分が折った人の自分の作品の評価 23
折らなかった人のその作品の評価 5
専門家が折った作品に対する折らなかった人の評価 27

表1 作品に対する価格付け(単位:セント)

 この表では,自分で折った作品に対する評価の高さが目立つ。専門家が折ったきれいな作品に比べて,素人の折った作品は明らかにかなりみすぼらしかった。それにもかかわらず,自分が折った人の自分の作品への評価は,専門家が折った作品に対する第三者がつけた評価と大して変わらないのだ。

 次の実験では,参加者は2人一組となり,10~12ピースのレゴを1つ組み立てた。完成すると,ヘリコプター,鳥,犬,アヒルのどれかになる。また,条件は3つに分けられ,「付与条件」では完成品が与えられ,「組立条件」ではレゴを自分で組み立て,「分解条件」では,レゴを組み立てるが,その後で分解された。それぞれの条件での,価格付けを示したのが,表2である。

自分のレゴに対する金額 相手のレゴに対する金額   差  
付与条件 32 26 6
組立条件 84 42 42
分解条件 43 29 14

表2 条件別の価格付け(平均;単位:セント)

 表2からわかることは,やはり自分で組み立てたレゴ作品に対する金額,すなわち評価が群を抜いて高いことである。自分で組み立てても完成後に分解されてしまう,つまり,せっかく取り組んだ仕事が無に帰することに対する不満も示されている。もう一度組み立てるのは容易であるにもかかわらず,一度作った作品を分解されることは仕事の価値を大きく下げることになる。それにもかかわらず,最初から完成品を与えられた場合と比べると,自分が手をかけた作品の方および相手が取り組んだ作品の方が高く評価されるのである。

 一連の実験によって明らかにされたように,「イケア効果」は大きい。すなわち,人は,自分が手間をかけたものには,それが必ずしもすばらしいものでないとしても,あるいは作ったものが無に帰されたとしても,やはり高い評価を与えることである。他者が作ったものであっても,それがただ与えられる場合よりもやはり高く評価するのである。このようなイケア効果は,マーケティング手法として応用されることが多く,イケアの製品のように,あるいは卵を加えるケーキミックスのように,自分で手間をかける要素をわざわざ残している。

 実は,イケア効果は,折り紙やレゴ作品に対してだけでなく,職場での仕事に対しても同じように作用するだろうことは容易に想像できる。つまり,自分が取り組んだ仕事には愛着を感じ,それを高く評価するのである。これは職場におけるモチベーションに対して大きな意味を持つことになる。この点については,次回に考えてみよう。

Ariely,Dan, 2017, Payoff: The Hidden Logic that Shapes Our Motivations, TED Books.

Norton,Michael I., Daniel Mochon and Dan Ariely, 2012, The "IKEA Effect": When Labor Leads to Love, Journal of Consumer Psychology, vol.22, pp.453-460.