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 前回は,自分が労力をかけて完成させたものを高く評価するという「イケア効果」についてみてきた。この概念はマーケティングに応用されることが多い。たとえば商品に少しの手作りの要素を加えることで,消費者が商品をより高く評価することになり,より愛着を持ち,商品の売上増加に結びつけようとするのである。

 今回はまずイケア効果の原因あるいは理由について見ていき,それが仕事に対してもつ意味について考えよう。

イケア効果の背後にある原因

 アリエリーらは,イケア効果の存在を示した論文に引き続いて,イケア効果の原因に関する論文を著わしている。その中で次のような実験を行なっている。

 まず参加者は2つのグループに分けられた。1つのグループは,「作成者」であり,レゴの自動車を組み立てるのが課題であり,部品と作成マニュアルが渡された。もう1つのグループは「非作成者」であり,同じレゴの自動車の完成品を渡され,調べるように言われた。次に参加者は,自分の車に自分が払ってもよいと考える価格をつける。その価格が,実験者がランダムに決めた価格を上回っていれば,その額を払って自分のものにすることができた。しかし,下回っていたら,取引は成立しない。このような自分の支払い意思額を尋ねるという方法によって,参加者それぞれが,同じレゴの自動車に対してどのように評価しているかがわかるのである。

 次に,参加者が,自分がレゴの自動車を作ることで,どの程度の有能感を感じたのかを調べた。詳しくは,自分の作品を誇りに思うかと他の人に見せたいかを,それぞれ7段階のスケールで示してもらった。どんなものでも,自分で組み立てたのであれば,多少なりとも有能感が感じられるであろう。その結果,全く同じレゴの自動車に対して払ってもよいと考える金額(支払い意思額)は,非作成者グループが0.57ドルであるのに対して,作成者グループは1.20ドルと有意に高い価格を提示している。出来上がった自動車はどちらのグループにとっても同じであるから,支払い意思額の差は,それを自分で作ったのかそうでないのかの違いが原因であると考えられる。

 有能感尺度を見てみると,実際に組み立てた作成者グループが4.39,非作成者グループが2.81であり,作成者グループの方が有意に大きい。また,有能感尺度と支払い意思額の間には中程度の相関が見られた(r=0.36)。

 この尺度がイケア効果の背後にある原因を探るのに役立つ。つまり,ものを組み立てることで何らかの有能感を持つことができることによって,自分の作ったものに対する支払い意思額が高くなる,すなわち自分の作ったものを価値を高く評価するというイケア効果が確かめられたことになる。これが生じる原因の1つとして,作り手の有能感が高められることがある。

 このような有能感については,以前にこのブログで取り上げたことがある自己決定理論の考え方と一致する。自己決定理論の核心は,人には,生存のための生理的欲求の他に,自律性・有能感・関係性を実感する心理的必要性があるという前提である。この三要素は単なる欲求以上のものであって,自分自身が成長し,満足のいく自分らしい幸福な生き方をするために必要不可欠な要素とされる。その中の有能感とは,自分は能力があって優れている,社会の役に立つ存在であるという感覚である。活動をして達成感が得られれば有能感も高まり,人から認められたり誉められることも有能感を高めることになる。

 こうしてみると,イケア効果がもたらすような有能感というのは,人の満足にとってきわめて大きいことが分かる。

イケア効果が発揮されるための条件とは

 ただしイケア効果が発揮されるためには,条件がある。

 難しすぎるとダメなようだ。モションらの実験がある。彼らは参加者に折り紙を折るように依頼したが,参加者を分けて,わかりやすい指示書を渡したグループ(グループ1)と,わかりにくい指示書を渡したグループを作った。分かりにくい指示書を受け取ったグループは二つに分かれた。わかりにくいながら工夫して課題を完成させたグループ(グループ2)と,途中で諦めて完成させられなかったグループ(グループ3)である。その結果,分かりにくいが,完成させたグループ2の自分の作品の評価は,グループ1よりはるかに高かった。しかし,グループ3の評価ははるかに低かった。

 結局,自分で苦労してなにかを完成させることができると,その結果に対して高い愛着を感じて結果を高く評価するが,完成させられなければ低い評価しかできないのである。

 これらの結果は仕事に対しても当てはまるであろう,イケア効果を有効に活用することができる。課題に対して自分で考えて手を加え,完成させるという部分を持たせることである。それによって自分の仕事により愛着を感じることになり,仕事を大事にするようになるだろう

 ただし,仕事にイケア効果を利用することは有効であるが,問題点もある。

 第1に,サンクコスト効果を生みやすいことである。サンクコストとは,もう既に支出してしまって取り戻すことができないような金銭,時間,努力などのコストのことである。サンクコスト効果とは,将来の意思決定には,サンクコストは無視すべきなのについとらわれてしまって合理的な決断ができないことを言う。たとえば,新しいプロジェクトの準備を始めたが,途中でこのプロジェクトはたとえ完成しても採算が取れないことが明確になり,途中であっても撤退した方がよいとわかった場合でも,「今までの投資がムダになる」「たくさん努力してきたのにそれを無視するのか」といった意見や感情に振り回されてやめるという決断ができないことである。イケア効果とは,自分が手がけたモノにたいする愛着を意味するから,下手をすると,サンクコスト効果の引き金を引きかねない。要注意である。

 第2に,「自前主義」バイアスを生みやすいことがある。

 自前主義とは,自分が作ったもの,自社が開発したもの,自国で発明された物など,広い意味での自前で作成や発見したものに高い価値を置き,よそでの作成・発見の価値を軽視することである。イケア効果が強いと,この自前主義を強めることになるので要注意である。

 こうしてみると,職場でのイケア効果にはプラス面とマイナス面があるが,バランスをとって活用することが重要である。

参考文献

Ariely,Dan, 2017, Payoff: The Hidden Logic that Shapes Our Motivations, TED Books.

ダン・アリエリー『不合理だからうまくいく』早川書房。

Mochon, Daniel, Michael I.Norton and Dan Ariely, 2012, Bolstering and Restoring Feelings of Competence via the IKEA Effect, International Journal of Research in Marketing, vol.29, pp.363-369.