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 1%の悪者のために99%の善良な人が割を食う・・・。最も分かりやすい例が、空港のセキュリティです。1%はおろか、さらに小さな割合で発生するハイジャック犯やテロリストのために、私たちは膨大な時間とコストをセキュリティ対策に費やさなければならなくなっています。同様のことが企業における様々な問題に対する「再発防止策」についても起こります。ほんの一部の問題社員や問題経営者のために、大多数の「善良な」人間の効率性を著しく損なってしまうということです。

 この構造的な問題にICT、特にIoTやビッグデータが一役買って、新しい再発防止策のあり方が切り開かれるかもしれません。

会社の活力を奪っていく「再発防止策」

 企業における不正な経費の使用や問題の隠蔽といった不祥事はなくなることがありません。この手の不祥事が発生すると、必ず「再発防止策」が講じられますが、問題はその再発防止策にあまり効果がないばかりか、企業の競争力を逆に損ねてしまうことがあることです。

 なぜでしょうか? 会社というものは、ほんの一部の悪意ある社員によって引き起こされた不正に対しても、それを特定個人の責任に帰するだけでなく、必ず株主や社会に対して責任を示すために、組織としての再発防止策を「仕組みとして」講じる必要があります。

 この仕組みとして対策しなければならないことが実は問題なのです。それは大抵の場合、全ての社員に対しての形式的なチェックリストや承認プロセス、あるいは何らかのルールを追加することを意味するからです。まさに会社の中に「セキュリティゲート」が増えていくようなものです。さらに問題なのは、このようなルールやチェックは、増えることはあっても減ることはないため、会社の成長や歴史と共に業務の効率性は下がる一方になっていきます。

 では問題はなくなるのかと言えば、悪意を持った社員は(残念ながら)必ずある一定割合存在するので、そういう人間はそのようなルールの網の目をくぐり、また別の問題を引き起こします。そして、これも確実なのは、大多数の善良な社員にとっては何の意味もないルールが新たに設けられ、その施行のために莫大な時間を割くことになっていきます。

 このように、実質的な効果のためというよりは、むしろ株主や社会といった「外部への説明」のために形骸化されてしまう再発防止策ですが、それが会社の活力を奪ってしまっては本末転倒です。会社の活力を奪う根本的な原因として二つのことが考えられます。

 一つは「全員に一律に課せられる」ものであることです。もう一つはそれらが対症療法的に「出口を見張る」形になっており、起こってしまったことを見逃さないようにするだけで、根本から予防するものにはなっていないことです。

再発防止策はICTで変えられる

 このように「一律に課せられて」「対症療法的である」再発防止策をなんとか改善することはできないのでしょうか? 逆に言えば、「人によって施策を変え」「未然予防的に」することはできないのでしょうか?

 ここに昨今のIoTやビッグデータの活用の機会があります。米国では犯罪の未然防止のためにICTが活用されています。過去の犯罪データに基づいて犯罪発生率の高い時間や場所を割り出し、それを犯罪の防止に役立てるカリフォルニア州などでの取り組みが典型的な例です。また詐欺や金融犯罪防止にもビッグデータが活用されています。まさに、予知能力者の力によって犯罪を未然に防ぐことで治安が守られる世界を描いた映画「マイノリティ・リポート」(2002年公開、ドリームワークス作品)のある側面が現実になりつつあるということです。

 不正その他の問題を起こす社員は突然そのような行為をすることは少なく、普段の行動からその兆候が必ず見られるはずです。例えば普段の経費の利用履歴を見ていれば、「なるべく会社の金を使ってやろう・・・」と考えている社員はほぼ予測できるはずです。そうなれば、そのような兆候のある社員には特にチェックを厳しくする代わりに、兆候が全く見られない社員には運用を緩めることにすれば、再発防止の可能性が上がるとともに、無駄なチェックを減らせるようになるでしょう。

 個人別の行動履歴のデータがたまってくれば、いわば「逆リコメンデーション」のような形で「◯◯をやっている社員には××をさせてはならない」と言ったルールが積み重なることで、データによるルールの精度も(まさにリコメンデーションの精度のように)上がっていくことでしょう。

 プライバシーの問題など乗り越えなければならない課題もありますが、社内のデータを、社内の問題防止に使うという形であれば、活用の可能性も高く、お決まりの形骸化した再発防止策に一石を投じることができるのではないでしょうか。