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最近、日本のメディアでも「ダイバーシティ(多様性)」という言葉を目にすることが増えました。高度成長期を支えたかつてのような男性中心の画一的な組織では、激しく変化する社会とともに成長を続けていくのが難しいのではないか――そんな危機感が日本企業のなかにも生まれつつあるようです。

マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によると、女性や社会の少数派(マイノリティー)を幹部に起用する会社と、EBIT(利払い前・税引き前利益)ベースでの好業績との間には統計的に重要な関連性があるそうです(※1)。ほかにも多数の調査で「イノベーションを創出するうえでは多様性が重要だ」という結果が報告がされています。しかし残念ながら、日本はもちろんシリコンバレーのテック業界でも、まだまだダイバーシティが実現されているとは言い難い状況のようです。

アジア系ビジネスプロフェッショナルのための非営利団体であるAscend FoundationがGoogle、Hewlett-Packard、Intel、LinkedIn、Yahoo の5社の雇用データを分析・調査したところ、経営層におけるアジア系アメリカ人の割合は14%、リーダー職に就いているアジア系女性はわずか285人、さらにテクノロジー業界全体におけるアフリカ系アメリカ人の割合は約2%に過ぎないという結果となりました。この調査では、性別よりも人種の格差の方が深刻であると報告されています(※2)

(※1)出典:「企業ダイバーシティと好業績に密接な関係=マッキンゼー調査」 2015. 1.23  The Wall Street Journal
http://jp.wsj.com/articles/SB12476612882981423405204580417061661341210
(※2)出典:"HIDDEN IN PLAIN SIGHT:Asian American Leaders in Silicon Valley "Ascend Foundation
http://c.ymcdn.com/sites/ascendleadership.site-ym.com/resource/resmgr/Research/HiddenInPlainSight_Paper_042.pdf

前回のコラムでも少しご紹介しましたが、 Salesforce.com社CEOのマーク・ベニオフ氏は、以前からシリコンバレーにおける人種的平等、男女同一賃金、LGBTQ(※3)の権利といった社会問題に非常に積極的に取り組んでいます。社内にはBOLDforce、Latinoforce、PacificForce、FemmeForce 、Outforceなどの従業員主導のボランティアグループがあり、職場の平等性を促進するためにさまざまな活動をしています。また2016年9月には初めてChief Equality Officerというポジションを設置し、Salesforce.com社内におけるジェンダー格差、人種格差の問題を解決し、平等性の実現を目指すことを発表しました。

(※3)LGBTQ・・・レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、ジェンダークィアなどの性的少数者。ジェンダークィアとは性認識が定まらなかったり、LGBTの枠に入らなかったりする人達を表す言葉です。

そして今年のDreamforceでは"Equality"をテーマに100以上のセッションが開催されました。今回はそのなかから、「マイノリティー」グループを代表する4人のリーダーたちによるパネルディスカッションの様子を紹介したいと思います。こちらのセッションにもAnyPerk CEOの福山太郎氏がパネリストとして登壇しました。

Tales from Minority Leaders Breaking Glass Ceilings――グラス・シーリング(ガラスの天井)を打ち破ったマイノリティーリーダー達

【登壇者プロフィール】

●司会
Tony Prophet氏 (Salesforce.com社 Chief Equality Officer)
2016年9月にChief Equality Officerに就任。前職のMicrosoft社では教育・マーケティング担当副社長を務める一方で、黒人のマーケティング担当者を支援する組織の設立などにも尽力。

●モデレーター
Amy Lazarus氏 (InclusionVentures社 CEO)
企業のダイバーシティ&インクルージョンを推進するためのコンサルティングやコーチング、トレーニングサービスを提供するInclusionVentures社の共同設創業者・CEO。

●スピーカー
福山太郎氏 (AnyPerk社 CEO)
従業員の福利厚生プラットフォームサービスを提供するAnyPerk社の共同創業者・CEO。
Candice Petty氏 (24 Hour Fitness社 訴訟担当・弁護士)
24 Hour Fitness社の企業内弁護士。専門は雇用問題。
Ron Guerrier氏 (Farmers Insurance社 CIO)
ハイチ出身。TOYOTAフィナンシャルサービスにて長年に渡ってIT部門を担当してきた後、Farmers InsuranceのCIOに就任。
Tracy Young氏 (PlanGrid社CEO)
建築エンジニアとして働いた後、建設工事の設計図に特化したクラウドサービスを提供するPlanGrid社を起業。

このパネルディスカッションでは、4人のパネリストたちがシリコンバレーで今のポジションにつくまでに、どのような壁にぶつかり、またどのように乗り越えていったのかについて語ってくれました。そのなかでキーワードになっていたのが"unconscious bias(無意識の偏見)"という言葉です。

弁護士という立場で企業の経営幹部にさまざまなアドバイスをしてきたというPetty氏。これまでに感じた最大の壁について、「人は自分と同じ見た目、自分と同じようなバックグラウンドを持つ人の話を信頼しがち。経営陣に黒人女性がいないときには、なかなかアドバイスを受け入れてもらえない苦労を感じた」と語りました。またハイチ出身のGuerrie氏は、カンファレンス会場ではかなり頻繁にウェイターと勘違いされるというエピソードを紹介していました。基調講演で登壇するGuerrie氏を見て、驚いたような顔をする観客もいるそうです。

明らかな差別行為ではないものの色々な場面で見えない壁を感じてきたという彼らは、どのようにしてその状況を打破してきたのでしょうか。

そこで二人が挙げていたのが「対話」の重要性です。差別的な行為を受けたと感じても、過剰な反応はしない。ただ、相手の態度が自分にどのような印象を与えたかについて、1対1で丁寧に話をすることで相手が持つ「無意識の偏見」を取り除いてきたそうです。誤解をきっかけにお互いを理解しあい、学び会あうことが重要だと語っていました。

またアジア系のYoung氏と福山氏は、見えない壁について異なる側面から話してくれました。彼らが感じた大きな壁――それは他人から受けた偏見ではなく、自分の内面にあったそうです。

今までに感じた一番大きな壁は「自分自身に対する自信のなさ」だと語ったYoung氏。彼女が活躍する建築業界はまさに白人男性中心の世界です。PlanGrid創業時には、仲間に「CEOに就いてくれ」と頼まれたものの、女性であること、アジア系であること、CEOにしては身体が小さすぎることなど、色々なことが気になり、自分にはとても無理だと感じたそうです。しかし「自分を信じることが一番大切」だと言われてCEOになることを決意し、PlanGrid社を大きな成長へと導きました。

「一番の敵は自分自身に対する不安感。ほかの人がどう思うかは気にする必要はない。情熱さえあれば状況は変えられる」とYoung氏は力をこめて語りました。

福山氏は「『失敗は許されない』という日本独特の文化がしみついていたことが障壁になっていた」と語ります。渡米した当初は失敗することが怖く、英語もなかなか話せなかったそうです。しかしある日、アメリカでは正しい英語を話さなくても、みんなちゃんと自己主張をしている、ということに気づき、完璧である必要はないと悟ったそうです。「外国人なんだからわからなくて当然、できなくて当然」と開き直ることで、どんなことにも思い切って挑戦することができたとも語っていました。

障壁をなくすために必要なのは「制度」ではなく、お互いの価値観を認め合う「文化」を作ること

 40分ほどのディスカッションを聴いて印象的だったのは、性別格差・人種格差を打開するための「制度」が必要だという話が全く出てこなかったことです。日本では「ダイバーシティ」というと、女性活用のために短時間勤務制度を充実させようとか、産休・育休を取りやすくしようなど、制度の話になりがちです。しかし4人のパネリストとモデレーターのLazarus氏が何よりも重要だと語っていたのは、「対話」を通してお互いを認め合うことでした。

Petty氏は次のように語ります。

「人が無意識に持つ偏見は簡単に消し去ることはできません。しかし多くの場合は、自分が偏見を持っていることに気づいていないか、何も考えていないだけなのです。対話を通して本当の人間関係を築くことさえできれば、偏見はなくなります。同じ人種同士で固まっていれば安心感はありますが、新しい道を切り拓くことはできません。人種・性別が違っていても、同じ目標に向かっていることが伝われば、必ず理解し合うことができると信じています。偏見のない世界を次世代へとつないでいくためには、恐れず、また遠慮せずに、異なる立場の人と対話し、理解し合えるように努力することが重要です」(筆者要約)

またGuerrie氏は、多くの人が持つステレオタイプとは異なるロールモデルを見せることも重要だと語ります。

「Dr. DreはBeatsというオーディオ機器メーカーを創業し、Apple社に売却して資産を築きました。彼は有名なラッパーですが、音楽活動ではなくシリコンバレーの実業家として成功をおさめたのです。私は自分の子ども達によくこのような話をします。多くの人々が持つステレオタイプを覆す方法で成功する姿を見せることも、見えない偏見を取り除くうえでは重要だと感じています」

多様なバックグラウンドを持つ人が集まる組織のなかで、先入観にとらわれず、開かれた気持ちでお互いを認め合い、個々の価値観を尊重する文化を作ることは、制度を作ることよりも難しく時間がかかることかもしれません。しかし見えない壁を乗り越えてシリコンバレーでのキャリアを築き上げてきた4人のリーダーたちが「対話が必要だ」と語る言葉には強い説得力を感じました。自分がロールモデルとなり、後に続く人達にチャンスを与えたい―そんな思いで未来を切り拓いていこうとする彼らの姿には感銘を受けました。

"He", "She", そして単数形の"They"

さて、今回のDreamforceでは"Equality"に関するさまざまな取り組みが見られました。最初に目にしたのがこのバッジです。参加者全員がもらえるバックパックに入っていたものですが、何かわかりますか?

バッジには「私を表す代名詞は」と記されており、
She/Her、He/Him、They/Them、Ask me(直接聞いて) と書かれたシールも入っていました。

これは、LGBTQの問題を人々に啓蒙するためのバッジです。最近では、生まれながらの性でその人の性別を決めつけることを避けるため、HeやSheの代わりに単数形のTheyを使うことが増えているそうです。見た目だけで"He"、"She"と決めつけるのはやめよう、その人にとって心地のよい代名詞で呼ぼう、そんな文化をつくり出すためのバッジなのです。

まさかIT企業が主催するカンファレンスでこのようなバッジを目にするとは思わず、とても驚きました。でも、17万人の参加者に「ジェンダーの問題に興味を持って!」というメッセージを送るのにこれほど効果的なアイデアはありませんよね。使うか使わないかは別として、どの人も必ず手にとって眺めているはずです。素晴らしい啓蒙活動だと感心してしまいました。

ジェンダー・ニュートラル・トイレ(性別に関係なく使えるトイレ)

さらに、会場パンフレットをなんとなく眺めていて発見したものがありました。

「ジェンダー・ニュートラル・トイレ」=「性別に関係なく使えるトイレ」です。日本でよく見られる車いす用トイレのようなイメージでしょうか。

LGBTQの人々に対応する政策の制定が進むアメリカでは、多くの州で「生まれ持った性別に関係なく、個人が望む性のトイレ、更衣室などを使う権利」が法案化されています。しかしこれらの動きに反発したノースキャロライナ州は、2016年3月に「生まれ持った性別以外のトイレや更衣室の使用を禁じる法案」を可決しました。ベニオフ氏をはじめとするさまざまな著名人やスポーツ・エンターテイメント業界はこの法案に対して激しい反対運動を起こし、アメリカで大きな話題となりました。結局、米連邦地裁は同法の施行を禁じましたが、ジェンダー・ニュートラル・トイレの設置には、こういった背景もあるようです。

日本の「ジェンダー・ギャップ指数」は世界で111位

日本では、世界経済フォーラムが発表した2016年度版「ジェンダー・ギャップ指数」で日本が世界111位だったことがつい最近話題になりました。この数字を見ただけで日本は女性が活躍しづらい社会だと言い切ることはできませんが、今回のDreamforceでの"Equality"に関するさまざまな取り組みは、日本からは随分遠いところにあるな......と感じてしまいました。
多様性、平等性の問題は法律や社内制度を作るだけでは解決せず、組織・社会を構成するひとりひとりの態度・姿勢にかかっている――つまり、異なる価値観・バックグラウンドを持つ人を理解し、尊重する文化を醸成することが何よりも大切である――これが今回Dreamforceに参加しての大きな学びでした。そして、多様な価値観を持つ人たちが活躍できない社会に成長はないだろうなということも実感しました。テクノロジーだけではなく社会問題の解決という側面からも、新たな価値観を世の中に提示してくれる革新的企業が日本からも生まれてくれるといいなと強く思います。

Dreamforceの中心となった社会貢献活動

最後に、Dreamforce2016におけるその他の社会貢献活動について紹介したいと思います。

・HIV支援団体(RED)への寄付

HIV支援団体(RED)は「エイズフリー世代」の誕生を目指すチャリティー団体です。さまざまな企業と共同して「プロダクト(RED)」というコラボレーション製品の企画・販売を行い、その収益の一部を「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」に寄付しています。世界的な慈善家としても知られるU2のボノによって設立されました。

(RED)自身もSalesforce.comの顧客です。ベニオフ氏の基調講演では顧客事例のひとつとして大きく取り上げられていました。そして今回のDreamforceを通して、参加者から100万ドル、the Bill and Melinda Gates Foundationから100万ドル、そしてベニオフ氏から100万ドルの計300万ドルの寄付金を集めました。Dreamforceの特設会場では、Tシャツ・マグカップ・ぬいぐるみ・真っ赤なBeatsヘッドフォンなど、さまざまな(RED)製品も販売されていました。

・Will.i.am氏によるスペシャル映像の放映

ヒップホップグループBlack Eyed Peasのメンバーであり世界的な音楽プロデューサーであるWill.i.am氏は、「教育、機会、インスピレーションを通して生活を変える」ための非営利団体i.am. angel(アイ.アム.エンジェル)を創設し、さまざまな慈善活動を行っています。

ベニオフ氏の基調講演では、同時多発テロ後に発表された"#WHERESTHELOVE"の新バージョンの映像が流されました。この楽曲からの収益はi.am. angelに寄付されます。

・U2のチャリティコンサート

Dreamforce2日目の夜には、U2のチャリティコンサートが開催されました。このコンサートの収益はベニオフ氏が2億円の私財を寄付して設立した「UCSFベニオフ子ども病院」に寄付されました。

次回は、ベニオフ氏の基調講演の内容を振り返りながら、今回のDreamforceで一番の注目だったAIの新製品"Einstein"についてまとめてみたいと思います。


「SaaSビジネスの今と未来」Dreamforce 2016 観戦記