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今回のDreamforceで最もアツかったトピックは、なんといってもAI(人工知能)でしょう。

Salesforce.com社が9月に発表した人工知能「Salesforce Einstein」は、ベニオフ氏の基調講演のメインテーマでもありました。Einstein関連の基調講演や展示ブースが連日満員の賑わいを見せていたことからも、その注目度の高さがわかります。

Einsteinコーナーは大人気でした。

Salesforce.com社はこれまで、クラウド・モバイルアプリ・IoTなどのさまざまなテクノロジーを「大衆化」することに成功してきました(ベニオフ氏も基調講演のなかで『難しいものをシンプルにすることが我々の仕事だ』と語っていました)。そして今回、満を持してのAIの発表となりました。

AIの技術は私たちの日常生活において、徐々に身近な存在となってきています。しかし仕事の生産性を高めるためのAI活用はまだまだこれからです。AIの開発には優れた技術、インフラ整備そしてデータサイエンスに関する高度な知識が必要とされるため、どんな企業でもすぐに実現できるわけではありません。そんななか、「誰もが手軽に使えるAI」、「ディープラーニングが何かを知らなくても使える、まるで魔法のようなAI」といったコンセプトで開発されたEinsteinには期待が高まります。

ベニオフ氏の基調講演。スクリーンにはEinstein君が映っていますが、実際の舞台にはベニオフ氏とパーカー氏しかいません(笑)。

そもそも「AI」とは、どのようなものなのか?

では「AI」とはそもそもどんなものなのでしょうか。
私たちの生活は既にAIによって色々な恩恵をうけています。Amazonのおすすめ商品やSiriの音声認識、Facebookの顔認識、そして自動運転など、AIが活用される場面はどんどん広がっています。

例えばGoogleフォトは写真をアップロードした瞬間に写真を自動仕分けしてくれるうえに、関連した写真を集めた音楽つきの動画を自動生成してくれます。ケーキの絵文字で検索すると、ケーキの写真だけが表示されるなど、検索機能も大変優れています。大量のデータを無料でクラウド管理できるだけでもありがたいのに、こんな機能までつけてくれて本当に素晴らしいサービスだと思います(笑)。

この写真の処理に使われている技術がいわゆるディープラーニングと呼ばれるものです。ディープラーニングとは、コンピューターが経験やルールから知識を学習し、それを高度に抽象化する技術です。人間が抽象的な概念を教えこまなくても、コンピューターが自力で学習していきます。

これまでなんとなく「AI=ディープラーニング」というイメージがあったのですが、このEinsteinの基調講演で、実はディープラーニングなどの情報処理技術は、AIのごく一部でしかないということがわかりました。なぜGoogleフォトが写真に写っているものを正しく識別・分類できるのかというと、世界中の人が日々大量の画像データをGoogleフォトにアップロードするので、そこから学習する機会がたくさんあるからです。インプットが多ければ多いほど、コンピューターは正確性を増していくということなんですね。

またAIは「画像の識別」・「数値の予測」・「作業の自動化」などの明確な目的があってこそ、その威力を発揮します。アルファ碁がいくら優れた人工知能であっても、Googleフォトのような画像の識別をすることはできません。特定の用途に必要な情報処理技術を活用し、適切なデータを大量に投入して訓練させることで、人工知能は正確さと賢さを増していきます。

Einsteinにできることとその強み

では、Einsteinにはどんなことができるのでしょうか。現在発表されている機能は下記の通りです。

  • 営業(Sales Cloud Einstein )
  • サービス(Service Cloud Einstein)
  • マーケティング(Marketing Cloud Einstein)
  • eコマース(Commerce Cloud Einstein)
  • コミュニティ(Community Cloud Einstein)
  • 分析(Analysis Cloud Einstein)
  • IoT(IoT Cloud Einstein)

このほかLightening を使用してAI機能を組み込んだアプリを簡単に開発することも可能だということです。Salesforce Einsteinはデータサイエンティストや開発者、ディープラーニングを全く知らないユーザーまで、あらゆる人が活用できるAIなのです。

さて、Salesforce.com社のデータサイエンティストであるSHUBHA NABAR氏はAIを次のような式で表現していました。この式に基づいて、Einsteinの強みを考えてみたいと思います。

AI = ①データ + ②モデル+ ③ビジネスコンテクスト

今回のDreamforceで大活躍のSHUBHA NABAR氏

①データとは?

先述した通り、ディープラーニングやデータマイニングなどの技術が正しく機能するためには膨大なデータが必要ですEinsteinは、Salesforce上のさまざまなCRMデータ・E-mail・カレンダー・SNS・IoTデバイスなどからあらゆるデータを取り込むことができます。データを集めれば集めるほどAIの生む価値は高まります。データの量や多様性--Salesforceプラットフォームならではの強みがここにあるのではないでしょうか。

②モデルとは?

言うまでもなく、AIには高い情報処理能力が必要です。Einsteinには機械学習・ディープラーニング・予測分析・自然言語処理などの技術が詰め込まれています。それらを活用し、日々膨大なデータからパターンとルールを学習することで、一人ひとりの顧客や用途に合わせたモデルを自動でカスタマイズしていきます。これだけの情報処理をほぼリアルタイムで実行するには、インフラの技術や運用技術なども大きく関わってきます。Salesforceがクラウドで培った技術がベースにあることは、やはり大きな強みとなっているように感じます。

③ビジネスコンテクスト:

Einsteinには、色々な業務を自動処理したり、数値の予測を行ったり、メールや画像の認識をしたりといったビジネスシナリオがたくさん用意されています。AIは自分の力で学習の目的を生み出していくことはできないため、明確な目的が必要です。特定のビジネスコンテクストがあって初めて、膨大なデータと高度な情報処理技術がその価値を発揮することになります。Einsteinでは現場の営業担当者やマーケティング担当者の業務の様々な場面合わせて、適切な技術と適切なデータが活用されます。ここにもCRMソリューションのトップランナーとしてノウハウを蓄積してきたSalesforceならではの強みがあるのではないでしょうか。

Einsteinを活用したいろいろなシナリオ

さて、今回の基調講演ではEinsteinを活用したいくつかのシナリオが発表されました。

マーケティング担当者のシナリオ(Fanatics社)

Fanatics社はスポーツグッズ専門のオンラインショップを運営しています。様々な趣味・嗜好、そしてそれぞれ異なるチームへのロイヤリティを持つスポーツファンに対しては、適切なOne to Oneマーケティングを実行することが何よりも重要です。
Einsteinのデモでは、メールマーケティングの結果をひと目で確認できるダッシュボードや顧客の分類、そして特定の属性を持つ顧客(メールを読んでいるのに購買に繋がらない顧客など)に対して取るべきアクションが自動提案される機能などの紹介がありました。
面白かったのは、ソーシャルサービスに投稿されたセルフィーの画像からその人の性別や見た目の特徴を判別し、おすすめの商品を自動提案する機能です。今回は髪の毛の長さと色でしたが、もっと細かなカスタマイズで商品が提案されたら、私はきっと買ってしまうと思います(笑)

Chief Marketing & Revenue OfficerのChris Orton氏は、「スポーツ用品は勝敗によって大きく売れ行きが変わります。将来AIによって、チームの勝敗予想もできるようになれば、試合の結果が出る前から正確な売上予測も立てられるようになるかもしれない」と語っていました。需要予測・在庫の最適化という意味でも、AIに期待する部分は大きいようです。

営業担当者のシナリオ(Square社)

Square社は、スマートデバイス向けのカードリーダを使ったモバイル決済ソリューションを開発しています。飲食店から引越業者、弁護士など多種多様な小規模事業者にサービスを提供しており、ユーザー数は数百万にのぼります。
デモでは、営業予算の達成が危ない営業担当者がアラートメールを受け取るところから始まりました。予算達成のための顧客リストにはEinsteinが独自のアルゴリズムによって付与した「リーディングスコア」がつけられています。営業担当者はこのスコアにしたがって、本当に確度の高い顧客だけに力を注ぐことができます。
また顧客とのメールのやり取りなどを分析して次のアクションを提案してくれる機能も紹介されました。もちろんカレンダーの情報も取り込んでいるので、アポの日取りまでも自動提案してくれます。そして顧客へのメールも自動で書いてくれていました(笑) 

靴下屋さんがDreamforceでSquareを使って靴下を売るという寸劇に使われたアインシュタインソックス。なかなか履くチャンスはなさそうです。

Square社は最近、決済サービスを利用する小規模事業者向けの融資事業に参入しました。この融資事業にも機械学習を採用しているそうで、業種業態や売上などのデータを自動学習し、融資額を決定しているとのことでした。
Square社Head of SalesのTaylor Cascino 氏は、多種多様な見込み顧客に対して、最適な営業活動を行ううえでも、Einsteinのリーディングスコアは、ぜひ活用していきたいと話していました。

医療現場でのシナリオ(VRad社)

病院などに対して読影サービスを提供するVRad社の事例も紹介されました。 読影とはMRIやCT、超音波などの画像を診断することを意味し、VRad社は年間650万件もの診断を行っているそうです。同社は診断時間の短縮や精度の向上にAIを活用しており、VRadに画像を送ると20分くらいで結果がわかるそうです。膨大な画像データから様々なパターンを学習しているため、症状の判別にかかる時間が50%短縮されたということでした。
症状の深刻度をスピーディーに判別することで、適切なトリアージができ、医療現場の負担が大幅に軽減されているということです。AIの素晴らしい活用法ですね。

Einsteinの力で、「顧客の時代」に必要とされる世界で一番スマートなCRMを実現!

ベニオフ氏は基調講演で、今こそ「顧客の時代」だと語りました。人と人、そしてあらゆるものがつながるこの時代。すべての中心にいるのは「顧客」だとベニオフ氏は強調します。顧客の視点に立ったビジネス、顧客の視点に立った経営こそが、今後の成功要因になることは間違いありません。

そんな「顧客の時代」のエンタープライズソフトウェアに必要とされるキーワードとして、ベニオフ氏は「スピード」・「プロダクティビティ」・「モバイル」・「IoT」・「AI」の5つを挙げました。顧客視点のOne to One コミュニケーションには、Einsteinを組み込んだ「世界で一番スマートなCRM」が必要だと力を込めていました。

EinsteinはSalesforceの既存のPlatformに融合され、すべての製品で使えるようになるということです。今後、利用用途がどのように広がっていくかが楽しみです。

AI全盛の時代に、私たちの働き方はどうなっていくのか。

 「将来、人はAIに仕事を奪われる」という議論を時々目にしますが、近い将来、ルーチーンワークの殆どがAIで実行できるようになるはずです。いち早くAIを味方につけた企業では、社員の仕事の効率が飛躍的に向上するでしょう。そして、AI活用の流れにのった企業とのらない企業の差はとてつもなく大きくなることが予想されます。

そしてAI全盛の時代に、人はAIにできなくて自分にできることを積極的に探し、その価値を高めていく努力が必要とされていくのかもしれません。AIは人が思いつかないような提案や洞察をしてくれるかもしれませんが、さまざまなコンテクストのなかでその提案をどう活用するかは、やはり人間にしか考えられないことのように思います。最近「AIライター」なるものも登場していますが、私も今のうちにAIに代替されないような領域を探しておかないといけませんね......。

さて、次回はパートナー企業が出展するCloud Expoの様子を振り返りたいと思います。日本から出展した企業の皆さんにインタビューをさせていただきました!"Why?Japanese People!!!"で大人気のあの方も登場しますよ!お楽しみに!

Einsteinの基調講演後のエスカレーター。ぎゅうぎゅう詰めのエスカレーターがもし急に止まってしまったら......と想像するとあまりに恐ろしくて、階段を使いました。


「SaaSビジネスの今と未来」Dreamforce 2016 観戦記