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これまで記事にしてきた「信頼」。これが損なわれるのはどんな場合なのだろうか。ずるや不正をしたり、不正直な行為が信頼を損ねるのは容易に想像できる。最近では、神戸製鋼所・三菱・日産・SUBARUなどの大企業が行なった一連の不正事件や財務省の文書偽造問題が目につく。

 不正や反倫理的行動をなくすことは、企業にとっても第一の優先事項であろう。不正撲滅のための効果的な制度や環境を整えるためには、まず人がどんな時に不正やずるをするのかを探らなければならない。そのためには、行動経済学者の一連の研究がたいへん面白く、かつ示唆に富むし役に立つ。

 そのような研究の中でも、このテーマについて多くの実験研究を行なったダン・アリエリーらの結果をまず見てみよう(「ずる――噓とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」ダン・アリエリー著)。

人はどんなときに「ずる」をするのか?

 アリエリーらは、次のような設定で実験を行なった。

 実験参加者を2グループに分けて、計算をやってもらう。たとえば、4.28のような整数一桁と小数点以下2ケタで表わされる小数が12個並べてあり、そこから「3.67+6.33」のような、足して10になるペアを見つけるという課題だ。

 同様の問題が20問出され、正答1問につき50セントもらえるという条件で、5分間で解いてもらった。実験のポイントはこの後の正答数の申告の仕方で、2つのグループではその仕方が違っている。


実験の図 第1グループは、対照条件で、他の条件のグループと比較するための基準となるグループだ。このグループの参加者は、制限時間5分が来たら、実験者に解答を渡す。実験者は解答をチェックして、正答1問につき50セントを渡す。参加者はそれを受け取って実験終了となる。

 第2グループの申告法は変わっている。

 実験者は、第2グループの参加者に、5分経ったら実験終了を告げ、正答数を自分で数え、解答用紙はシュレッダーで処分し、正答数を実験者に申告するようにと言う。つまり、正答数をごまかすことが可能なのである。

 このグループの参加者はいったいどのくらいのごまかしをしただろうか、あるいはまったく正直な申告をしただろうか。ちょっと考えてみてほしい。

 対照条件の参加者の平均正答数が20問中4問だったのに対して、ごまかし可能グループの申告した正答数は平均6問であった。対照条件のグループは、何の特別な条件もないので、普通に頑張って解いたときの正答数と考えてよい。すると、ごまかし可能グループでは、平均して2問の正答数の過大申告をしたと解釈できる。それほど大幅ではなく、少しごまかしたと言ってよい。なお、得点を大幅に過大申告した人はごく少数で、大多数の人がちょっとだけ増やしたこともわかっている。

 ごまかそうと思えば大幅にごまかすことができたのに、なぜたった50%、2問だけごまかしたのだろうか。

 経済学には、「合理的犯罪モデル」という、人は犯罪をするかどうかを合理的計算によって決めるという、いかにもエコノというモデルがある。それによると、犯罪をすることによる利益と(つかまる確率×つかまった場合の処罰の大きさ)を天秤にかけ、利益の方が大きければ、人は犯罪に走ると言うものだ。

 しかし、先の実験は、このモデルが当てはまらない場合があることを示している。大きな水増しができる機会があるにもかかわらず、そうしなかったのである。ヒューマンはもっと複雑なのだ。

金額は影響するか?

 では、金額はどんな影響を与えるだろうか。先ほどの実験では正答1問につきたった50セントだったので、大きなごまかしはしなかったのではないかとも考えられる。そう考えたアリエリーらは次に、正答1問につき、25セント、50セント、1ドル、2ドル、5ドル、そして10ドルというさまざまな金額の設定で同様な実験を行なった

 さらに、その実験の前に、別の人たちに、報酬金額によってごまかしはどう変わるかを予想してもらった。すると、報酬が大きくなるとごまかしも増加するという予想が多かった。金額に関して、合理的犯罪モデルが当てはまると考えた人が多かったのである。

 しかし実験結果はそうならず、先ほどの実験結果とほぼ同じだった。つまり、ごまかし可能な条件であっても、金額によらず平均して2問多く申告したのである。さらに、正答1問につき10ドルというもっとも稼げる条件では、ごまかしの数はかえって減ったのだ。合理的犯罪モデルは金額に関しては成り立たなかったのである。

 アリエリーらの実験はさらに続く。次は見つかる確率の違いがどう影響するかだ。こんどは3つの条件に分けた。まずは、

  • 第1グループ:回答用紙を半分だけシュレッダーで処分する。報酬は自己申告する。
  • 第2グループ:回答用紙全体を処分する。報酬は自己申告する。
  • 第3グループ:回答用紙全体を処分し、さらにお金が詰まった入れ物から、自分で報酬を取っていく。

 別のグループに、結果がどうなるかを予想してもらったら、やはり合理的犯罪モデルのとおり第3グループがもっとも多くごまかすというものであった。しかし、実際には、ごまかしをした人は多いが、それぞれのごまかし数はわずかであり、しかも3つの条件でごまかしの数は変わらなかったのだ。

 

 アリエリーらはこれ以外にも、実験室を飛び出して、本物のタクシーを利用して、運賃のごまかしが可能な状況で、タクシー運転手がごまかしをするかどうかを調べたりした。

 そして、ヒューマンは、ごまかすチャンスがあっても常にごまかすわけではなく、金額が大きいからと言ってごまかすわけでもなく、見つかるリスクが小さいからと言ってごまかしをするわけでもないことを見出した。

 つまり、合理的犯罪モデルはほぼ完全に間違っていたのである。かといって、ヒューマンはどんな場合でも正直で道徳的で、決してごまかしをしないということもない。このことは理論のみならず実践的な意味を持つ。なぜなら、どうすれば不正やごまかしを防げるのかという点に関して、まったく異なる対策が考えられるからである。

 アリエリーは、ここで、ごまかしに関するヒューマンの行動は、二つの相反する動機によって生じるという仮説を立てる。

 それは、私たちは自分を正直で善良な人物だと思って、自分に満足したいという一面と、できればごまかして経済的利益を得たい、得したいという動機を持つ一面があるという仮説だ。この二つの面は両立しがたいが、ほどほどのところで妥協すれば、両方のバランスを保つことができる。これを彼らは「つじつま合わせ仮説」と呼ぶ。

 アリエリーは、つじつま合わせ仮説について詳細に検討し、人間が、ずるやごまかし、不正、不正直をするメカニズムについて細かく検証し、それらの防止策について検討している。

 次回は、その点を見ていこう。