情報を避ける

 会社の定期検診で,血糖値が高くて糖尿病の疑いがあるから「要再検査」という結果が出たのに,病院に行くことをためらったことはないだろうか? ダイエット中でこまめに体重をチェックした方がよいのに,ちょっと食べ過ぎてしまった時に,体重計に乗るのをやめたことはないだろうか? 仕事の成果がはかばかしくない時に,毎月の自分の仕事の進展具合を確認しないことはないだろうか? 

 健康を維持したり,体重を減らしたり,業績の向上を目指したりするなど自分にとって望ましい目標があり,その目標に向かって努力しているときには,その努力がうまくいっているかの情報(フィードバック)を得ることは,目標達成にとっては有益なはずである。

 しかし,時にはそういった情報を避けてしまうことがある。それは,上であげたように状況が自分にとって好ましくない場合に,どの程度よくないのかを知ろうとしないことである。このように,現在の状況に関する情報をきちんと得て,どのように対処すべきかを決めるのが望ましいのに,そういった情報を得ることをためらったり,やめてしまうということは,情報獲得に関して多くの人がもっている特徴である。

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オストリッチ効果とは

 自分にとって望ましくない状況がある場合に,その状況についての情報を得ようとしないことを,「オストリッチ効果」という。オストリッチとはダチョウのことであり,ダチョウは敵に襲われそうになると砂に顔を突っ込んで見なかったことにするという俗説から,こう名付けられた。まさに「知らぬが仏」である。(ダチョウはこういう行動をすると長い間言われていたが,誤解であることがわかっている)。リスクを見なかったことにすれば憂いはないからである。

 カールソンらは,投資家がオストリッチ効果を現わすことを,実際のデータを使って示した。彼らは,スウェーデンとアメリカの実際のデータを使い,両国におけるオンラインで自分のポートフォリオをチェックできる投資について,投資家が自分のポートフォリオをどのくらいの頻度でチェックするのかを調べた。すると,スウェーデンでもアメリカでも,株価上昇期と下落期を比較すると,株価下落期にはチェックする回数が少ないことがわかった。これはオストリッチ効果の現われであると考えられる。

オストリッチ効果の影響

 オストリッチ効果の下では,長期的に適切な判断ができなくなる。病気の疑いがあるとき検査を受けなければ,短期的にはなにごともなかったかのようにできる。しかし,長期的に考えれば,どんな病気でも早期発見・早期治療がもっとも賢明な策であろう。適切な対策ができないことが大きな影響をもたらしかねない。

 ダイエット中であっても仕事の目標達成であっても,同様である。体重増加や仕事の停滞という現実を見ることは確かに不快感をもたらす。しかしこのような目の前の不快を避けるために現実に目をつぶっていると,長期的にはさらに悪い状態となってしまう。個人にとっても,企業にとっても悪い結果をもたらすことは明らかだ。 

 政府の政策にも現われているかもしれない。新型コロナウィルス第3波が来ているにもかかわらず,「GO TOトラベル」「GO TOイート」といった政策は続けられている。旅行や会食で他人と接する機会が多くなれば感染が拡大するだろうことは,多くの専門家が指摘している。知事からの見直し要求も出ている。それにもかかわらず,GO TO事業をなかなか根本的に修正しないのは,GO TO事業によって感染が拡大するという可能性から目を背けているからではないだろうか。政府は自分たちが実施した政策が不適切であることを認めたくないために,その悪影響から意識的・無意識に目をそらしている,すなわちオストリッチ効果に陥っているのではないだろうか。そうだとすると,その社会的影響は計り知れない。

オストリッチ効果の原因

 オストリッチ効果が生じる原因としてはいくつか考えられるが,このブログで何度も取り上げた認知バイアスが主因である。原因としてまず損失回避性があげられる。何度も取り上げているように,人は利得を得るともちろん喜びを感じるが,同じ大きさの損失に対しては,その2倍~2.5倍も大きなマイナスを感じる。そこで,損失を避ける,つまりネガティブな情報を避けるようになるのである。

 第2に近視眼性も主たる原因である。人は目先のメリットにとらわれ,長期的なデメリットを軽視しがちだ。結果が悪いことを恐れて検査自体を回避してしまえば,その時の不快は避けられる。そこで,すぐに検査を受けることが長い目で見ればメリットになるのにもかかわらず,現在の不快を避けるために検査を受けない方を選んでしまうのである。

 人には,また「自分は大丈夫だろう」という楽観的予測や楽観的期待をする傾向もある。そこで再検査を軽視することになる。

 さらに人には,自己イメージを維持したいという願望がある。自分が優秀な人間だとか間違うことは少ないという自己イメージをもっていると,その考えに反するような事例から目を背けたくなるのである。プライドや自尊心の問題といってもよい。自分は投資が上手だと思っていると,投資が十分な成果を上げられていないという事実から目を背けたくなるのである。政治家が政策が失敗かもしれないという事実を直視しないのも同様である。

ミーアキャット効果

 ゲルツィらの研究によると,一部の人は,オストリッチ効果とは対照的に,市場が下落しているときに自分の投資状況をより頻繁にチェックすることがわかっている。このような行動は「ミーアキャット効果」と言われている。ミーアキャットという動物は集団行動するが,見張り役が後ろ足と尻尾で立ち上がって四方に目を配り,危険が近づくと警戒の声を発して仲間に知らせようとすることから,悪い状況であっても情報を積極的に得ようとする行動は「ミーアキャット効果」と呼ばれている。

 ゲルツィらは,ミーアキャット効果を示すのは神経症的な性格を持つ人が多いことを確かめ,そういった心理的要因が大きな影響を与えていると示唆する。しかし,情報をチェックしすぎることはマイナスとなることもある。

オストリッチ効果脱却法

 まずは,人にはオストリッチ効果のような,目先の利益のために必要な情報から目をそらす傾向があること,そして自分も例外ではないと知っておいた方がよい。

 2つめは長期的視点を持つことである。目先のことにとらわれると,どうしてもイヤだという感情的反応が優先してしまい,長い目でものを見ることができなくなってしまう。

 最後に,ルール化するのはかなり効果的な策である。定期的に情報のチェックをすることを自分自身のルールとして課すのである。そうすれば自分にとって良いことも悪いこともきちんとチェックすることになり,オストリッチ効果から逃れられやすくなる。

 

参考文献

Gherzi, Svetlana, Daniel Eganb, Neil Stewart, Emily Haisleyc and Peter Ayton, 2014, The Meerkat Effect: Personality and Market Returns Affect Investors' Portfolio Monitoring Behaviour, Journal of Economic Behavior and Organization, vol.107, pp.512-526.

Karlsson, Niklas, George Loewenstein and Duane Seppi, 2009, The Ostrich Effect: Selective Attention to Information, Journal of Risk and Uncertainty, vol.38, pp.95-115.

Webb, Thomas L., Betty P. I. Chang and Yael Benn, 2013, 'The Ostrich Problem': Motivated Avoidance or Rejection of Information About Goal Progress, Social and Personality Psychology Compass, vol.7, pp.794-807.