東京・渋谷のガラス張りのオフィスビルに、HDEのオフィスはある。HDEは、クラウドセキュリティサービスの「HDE One」の提供や、法人向けのソフトウエア開発などを手掛けるIT企業だ。受付を兼ねた陽光差し込むオープンラウンジには、外国人の姿も目立ち英語が飛び交う。一方、時間的制約からフルタイムで常勤できない人材のために在宅勤務も積極的に導入している。在宅で仕事をするため会社に顔を出す時間は短いが、HDEの業績を支える重要なメンバーである。多様な人材を活用するHDEのワークスタイルとはどのようなものなのか、同社人事部長の高橋実氏に聞いた。

hde_zenpen_main.jpg

 HDEは、1996年に設立されたIT企業だ。2007年にホライズン・デジタル・エンタープライズからHDEへと社名を変更して現在に至っている。事業の柱も時代とともに変化し、法人を対象としたソフトウエア開発・販売から、クラウドサービスへと舵を切ったのが2011年のこと。そして、創立20周年を迎える2016年、同社のワークスタイルも変革の真っただ中にある。

 HDEでは、「グローバル採用」「ワーキングマザーの活用」といったワークスタイルの変革につながる動きがここ数年相次いでいる。さらに「社内公用語の英語化」も進めている。これまで国内での事業を行ってきた日本のIT企業が、こうしたワークスタイルの変革を取り入れて、多様性を組み込んでいくには、何か特別の理由がありそうだ。

 その質問に人事部長の高橋実氏は、笑って答える。「結果から見ると人材やワークスタイルの多様化が進んでいますが、多様化を目標にしてきたわけではありません。事業環境の変化に対応するため、必要に迫られて多様化してきたという印象です」。HDEの人材やワークスタイルの多様化は、HDEの事業の変化がもたらした「結果」だというのだ。その変化のきっかけが、前述したクラウドサービスへと舵を切ったことである。

クラウドビジネスに必要な人材をグローバルに求める

 ワークスタイルの大きな変化を求めるような事業環境の移り変わりとは一体どのようなことだったのか。高橋氏はこう語る。

 「HDEでは2011年に、それまでのソフトウエア開発から、事業の柱をクラウドビジネスにシフトしました。HDEは技術志向の企業ですから、エンジニアの力が求められます。それまではエンジニアとしてのスキルがあれば問題はなかったのですが、クラウドビジネスではパートナーが米Googleや米Amazon Web Services、米Microsoftといった外資系企業に移り変わりました。すると、クラウド製品群のドキュメントが基本的に英語で来るようになりました。その内容をエンジニアが理解して、実装していかなければならないのですが、いちいち翻訳していたらタイムラグが発生してしまい最新の技術にキャッチアップできなくなってしまうのです」

 エンジニアとしてのスキルが高く、さらに英語が堪能なスタッフが、HDEでは急速に求められるようになってきた。そこにもう一つの理由も加わった。「2015年までの国内クラウド型グループウエア/セキュリティサービス市場で、『HDE One』は5年連続トップシェアという第三者の調査結果があります。このビジネスフィールドを広げようとすると、海外展開を進めるしかありません。海外展開を進めるにも、英語の能力を含めたグローバルな人材が必要になります。この二つの理由から、必要に迫られてグローバル化を進めているというのが実情です」

 それでは、英語が堪能なエンジニアを採用すればいいのだろうが、話はそう簡単ではない。優秀で英語が堪能なエンジニアは数が少ない上に引く手あまた。必ずしも採用できるわけではない。そこで「プログラミングスキルが高くて、英語ができるという要素をセットとして考えるなら、日本で採用するよりもグローバルに目を向けたほうがいいだろうという発想の転換をしました」と高橋氏。「国籍も日本である必要はありません」。HDEにとって、必要なスキルを求めた結果、ヒューマンリソースは国内よりも海外に求めることが合理的だったのだ。

 「グローバル採用を始めたのは2014年末なので1年半が経った程度ですが、110人のスタッフのうち12人がグローバル採用で、全社員の1割を超えています。それまでは日本出身者しかいない会社でしたから、大きな変化が急速に起こっています」

 ビジネスにおける英語の重要性と、グローバル採用の展開を考えたとき、言語についても変化の決断をする必要がでてきた。高橋氏自身、それまで「英語は得意ではなかった」と言うが、HDEは英語の社内公用語化を決めたのだ。「クラウドビジネスを中心にした私たちのビジネスを考えたときに、日本語で話をしている意味がなくなってきていると感じました。ワールドワイドの公用語が英語ならばそれを使っていこう、日本人でも日本語と同じように英語でビジネスをできるようにしよう----そう判断したのです」(高橋氏)。

 既にグローバル採用のスタッフが関わる業務は英語で行い、社長からの連絡は英語で来るようになった。とはいえ、実際には全ての業務が英語ではないというのが現状のようだ。国内向けの営業など英語が必要ない業務も存在する。英語学習の支援としては、オンライン英会話スクールを無料で受講できるようにしたり、セブ島での英語合宿を用意したりと、楽しみながら英語を学べるような仕掛けを作って英語の公用語化を推進している。

優秀な人材を採用するために制約を取り払う

 HDEの人材の多様化は、グローバル採用にとどまらない。他社と競合しない優秀な人材を獲得するためのもう一つの鍵は「制約条件を取り払うこと」にあった。高橋氏はこう振り返る。「約3年前に私がHDEに入社したとき、スタッフは60人程度。それまで専任の人事担当者は置いていませんでした。私が初めて人事を担当したのですが、人材の採用には苦戦していました。人材獲得競争は激しく、HDEのヒューマンリソース市場でのプレゼンスはさほど高いものではありませんでした。これは、他の企業と同じステージで戦ってもダメだろうなと。競合が採用しない優秀な人はどこにいるのだろうか、と考えたのです」。

 そこで優秀な人材がいるであろうと目をつけたのが育児中の女性だった。育児をしているためにフルタイムの仕事はできないが、スキルを持った女性エンジニアは大勢いるはずだ。育児休業している女性をワーキングマザーとして活用できれば、優秀な人材の確保が可能だという発想の転換である。実際にそうした女性を採用してみると、とても優秀だったという。柔軟な働き方を取り入れることで、ワーキングマザーが戦力になることが分かったのだ。

 「ワーキングマザーの制約条件は『時間だけです。ビジネススキルも、社会人としての素養も、いずれも問題ないのですから、あとは時間を調整できればいいわけです。調べていくと、育児で保育園の送り迎えなどの時間が決まっているため、通勤時間が無駄になることが分かりました。あるスタッフは埼玉県に住んでいて渋谷のオフィスまで通勤すると片道1時間半かかります。オフィスに出てきていたら、10時から14時までといった限られた時間しか働けません。それならば、通勤の往復3時間を仕事に充てられないかと考え、フルタイムの在宅勤務にチャレンジすることにしました」

ルールを作ったら縛られる、多様性には運用で対応

 HDEでは、在宅勤務を実現するために、会社の制度を新しく作るということはあえてしなかった。制度は管理するためにあるというのが高橋氏の考え。多様性に適合することを目的としたものであったとしても、一つ新たなルールを作ってしまうと、後にはそのルールに縛られてしまい"異なる多様性"に対応できなくなる可能性がある。制度を作るのではなく、運用で対応していくというのが高橋流の多様性対応だ。

 「在宅勤務への対応としては、就業規則のスーパーフレックスタイム制度のうち、コアタイムに就業しなければならないという規定だけを廃止しました。月間の総労働時間さえ守ってもらえればいいという考え方です。現時点でフルタイムの在宅勤務スタッフは一人だけです。一方で、6時間はオフィスで、残りは自宅でといった一部在宅や、時短勤務で働くスタッフが複数います。制度ではなく運用で対応することで、こうした多様な働き方をサポートできているのだと思います」

 必要に迫られて、ワークスタイルの変革や人材の多様化に取り組んできたHDE。その中で高橋氏は、スタッフを会社の都合でコントロールする人事部長ではなく、スタッフの能力を最大限に活用するための会社との間のチューニング役として身を粉にしてきたという。そんな会社の姿は、「素材はある、それをいかに生かすか」という高橋氏の言葉が象徴している。

text:Naohisa Iwamoto pic:Takeshi Maehara