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 前回述べたように,金銭などの外発的インセンティブは,うまく働くこともあれば,逆効果を及ぼすこともある。では,金銭的インセンティブはどんな時にはうまく働き,どんな時には逆効果なのであろうか。決定的影響を及ぼすのは,働く人が,金銭的インセンティブをどのように受け取るのかということである。

 金銭的インセンティブは,働く人にとって,2つの意味を持つ。1つはそれを,働く人が,自分の努力や活動,自分の能力の評価であると捉えることである。これを金銭的インセンティブの情報的意味という。プロスポーツ選手の年俸などはこの性質を満たす。金額が自分のプロ選手としての評価を表わすのである。これに対して,働く人が,金銭的インセンティブを,それは,自分の行動を縛り,自分をコントロールするものだと受けとることもある。「札束でほっぺたをひっぱたく」状態である。これを金銭的インセンティブの統制的意味という。前者であれば働く人の自律性や有能感を満たし,内発的モチベーションにつながり,後者であれば,逆に自律性や有能感を損ない,外発的モチベーションが優勢となる。金銭的インセンティブの持つこの違いが,それが有効に働くかどうかを決定的に分けるものである。

 では,どんな場合に金銭的インセンティブは情報的であり,どんな場合に統制的となるのだろうか。今回は,この点について,受け取る人がどのように感じるかを調査した実証研究を取り上げよう。

 カナダの研究者であるランドリーらは,カナダの労働者236人に対して,金銭的インセンティブの意味と,モチベーション,意欲,心理的影響の関係について,アンケート調査を行なった。

 ランドリーらは,調査対象者に対していくつかの質問をし,[1:全く同意しない] から [7:強く同意する] までの7段階で評価してもらった。質問は多数あるが,いくつか取り出してみよう。


 ・現金報酬の情報的意味について:

「私の監督者は私に現金の報酬を与えるとき,私の仕事の能力に対して信頼を示した」

 ・現金報酬の統制的意味について:
「私の監督者は,私が仕事中に課題に集中できるように現金の報酬を与える」

 ・自律性および有能感が満たされるかについて:
「私は,自分の仕事を真にマスターしている」
「私は自分の仕事をひとりでこなすことができると感じる」

 ・自律性および有能感が満たされないかについて:
「私は特定の行動を押しつけられていると感じる」
「他の人が自分に非現実的な期待をしているので,私は自分には能力がないと感じることがある」

 次は,なぜ現在の仕事に精力を注ぐか,その理由を尋ねる質問つまりモチベーションについての質問である。回答者は,[1:全くあてはまらない] から [7:完全に当てはまる] までの7段階で答えた。

 ・自律的および統制的モチベーションに関して:
「この仕事は自分の個人的価値観に合致するから」
「私はこの仕事を真に楽しんでいるから」
「もしこの仕事に成功しないと恥だと感じるだろうから」
「この仕事で多くのお金を得ることができるから」

 最後は,心理的な健康状態と組織にふさわしくない逸脱行動に関する質問である。回答者は,[1:全くあてはまらない] から[7:強く当てはまる] までの7段階で答えた。

 ・心理的健康について:
「私は朝,仕事に行く元気がない」

 ・逸脱行動について:
「私は,職場で認められているより多くあるいは長く休憩した」

 このような質問に対する回答の点数を集計し,パス解析という方法で分析した結果が図に示されている(この図は原図をかなり簡略化してある)。図では統計的に有意なものだけを矢印で示し,その他の弱い関係は省略した。

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 赤い矢印は,矢印の元の要素が原因で,先の要素に対してプラスの影響を及ぼしているような関係とみてよい。たとえば,回答者が「報酬の情報的意味」を感じると,それが「自律性が満たされる」ことにつながり,次にそれが「自律的モチベーション」を満たし,さらに,「心理的満足」につながることを意味する。

 これに対して緑色の矢印は,元の要素が逆に作用し,先の要素にマイナスの影響を与えていることを示す。たとえば,「報酬の統制的意味」が感じられると,「自律性が満たされる」ことに対してはマイナスに作用すること,「自律的モチベーション」が満たされると,当然ながら「心理的不満」が減少することを示している。

 この分析から明らかな点は,報酬が情報的意味を持っていると働く人が受け取ると,その人の自律性が満たされ,質の良いモチベーションをもたらし,心理的満足が得られることになり,逸脱行為は少なくなることである。逆に,報酬が統制的意味を感じさせると,自律性も有能感も満たされず,モチベーションの質が低くなり,心理的不満や逸脱行為が多くなる。この分析は実証例の1つであるから,「自律性が満たされる」が「統制的モチベーション」を意味するような,少し意外な結果も得られているが,基本的な関係は明らかにされている。

 ここでは詳しくは述べないが,彼らの研究では,「自律的モチベーション」が「心理的満足」を満たすだけでなく,「自分の役割において努力する」,「自分の役割外でも努力する」,「組織によりコミットする」,「組織に留まる」といった行動傾向をもたらすこともわかっている。

 金銭的インセンティブは内発的モチベーションを減少させることがあると言われるが,それは金銭的インセンティブが統制的だと受け取られることが理由なのである。金銭的インセンティブが情報的であれば,逆に内発的モチベーションを強くするということになる。

この点は,企業や組織において大きな実践的な意味を持つであろう                                                                  

参考文献

Thibault Landry,Anais, Jacques Forest, Drea Zigarmi, Dobie Houson and Etienne Boucher, 2018, The Carrot and the Stick? Investigating the Functional Meaning of Cash Rewards and Their Motivational Power According to Self-Determination Theory, Compensation and Benefits Review.