同調性・社会規範・ソーシャル・プルーフ

 今回は,人が周りの人の行動に合わせたがるという同調性を利用した,SDGsのためのナッジについて取り上げよう。

 同調性とは,行動や考えを決めるに当たって自分の周りの人たちの行動や考えに従うことであり。私たちの日常ではきわめて頻繁に見られることである。例えば,流行の曲や食べ物は,流行っているというまさにその理由で自分も買ったり食べたりする。

 同調するということは,他の人の行動が「望ましい」あるべきものだという考えが潜んでいることを意味する。すなわち,社会の多くの人のとっている行動が望ましいつまり「規範」であると考えていることになる。自分の行動を社会における規範に照らして正しいか否かを判定することになるのが,社会規範の意味である。さらに関連して,自分の行動が社会規範に合致していると,自分の行動の正しさが社会に認められたとの証明を得られる。この意味で,同調性は,「社会的証明(ソーシャル・プルーフ)」とほぼ同義である。

 「どうすべき」が明確な場合には,すなわち社会規範が明らかな場合には多くの人はそれに従う。つまり社会規範が行動を変えるのである。社会規範がそれほど明確ではない場合には,多くの人がとっていると考えられる行動が規範となる。規範がそれほど明確でなければ周りに従うのが無難だ。エスカレータの乗り方が好例である。関東は左側に立って右側を空け,関西は逆であると知っていても,各地の空港や仙台や名古屋ではどちらをとるべきかがはっきりとしない。どちらに立つのが規範なのかは考えてもわからないのだ。そこで,周りを見て多数派に従えばよい。同調すればよいのだ。そこで多数派の行動が規範となる。

ナッジとしての同調性

 同調性をナッジとして用いるとは,同調性を利用して,人の行動を変えるということである。いくつか例を挙げよう。

 もっとも簡単な例として,通信販売で用いられものがある。通販の決まり文句の一つが,「オペレータを増やしてお待ちしています」というのであるが,これは購入希望者に,この商品がたくさんの人が申し込み電話をかけてくるような人気商品であると思わせるのである。

 イギリスでは,日本と同様に多くの会社員は所得税を源泉徴収されるから申告の必要はないが,自営業者や給与以外に一定額以上の所得がある者は納税の申告をしなければならない。確定申告である。申告者は年2回に分けて税金を納めなければならないが,必ずしも守られていなかった。

 イギリスの歳入税関庁は,未納者に督促状を送って納税を督促していたが,どんな督促状がもっとも効果的なのかがわからなかった。そこで,同庁は,ナッジを用いる政策を模索する「行動洞察チーム(ナッジ・ユニット)」と連携し,滞納者に次のような内容の手紙を送った(セイラー2018,p.259)。

「イギリスでは大多数の方が税金を期限内に支払っています」。

「あなたがお住まいの地域では大多数の方が税金を期限内に支払っています」。

「ごく少数の方が期限内に支払っておられず,あなたはその1人です」。

 すべてが同調性や社会規範に訴えるメッセージである。実際,これらのメッセージはすべて効果があったが,一番効果があったのは次のような2つを組み合わせたものであった。

「ほとんどの人が税金を支払っています。あなたは今のところまだ納税していない非常に少数派の1人です」。

 このメッセージを送ったグループの納税率は23日間に5ポイント高まり,税収が900万ポンド増加したという(セイラー2018)。

SDGsのためのナッジとしての同調性

多くのホテルでは宿泊者が使用したタオルを毎日取り替えるが,これを1日おきとか2日おきに取り替えるだけですんだら,環境保護に役立つし,とりわけホテル側の費用の節約になる。ではホテルの客にどのように伝えたらタオルを再利用してもらえるだろうか。同調性を利用したナッジが有効なのである。

 心理学者のゴールドスタインら(2008)は数通りの室内掲示を用意し,どれが客のタオル再利用を促すかを,実際のホテルを用いて調べた。まず「環境保護をお手伝ください」という単に社会貢献を要請する掲示では,協力つまりタオルの再利用は増えないどころかかえって5%も減ってしまったのだ。

 では,どんな掲示なら効果があるだろうか? それは同調性を利用したものだった。まず,「このホテルのお客様の75%がタオルを再利用しました」という掲示をすると,タオルの再利用率は20%増加した。他の多くの人が再利用していると言われると,同調性によりそうしたくなるのである。実はもっと効果的な表示があった。それは「この部屋を利用したお客様の75%がタオルを再利用しました」というものである。この場合には,再利用率は35%増加したのだ。人は同調するが,より身近な,自分と近い人々の集団に対する同調性が強いとゴールドスタインらは主張する。

 近隣の人と比べて電力使用量がどのくらい違うかを示すと,節約が進むという実証研究がある。オルコット(2011)は,アメリカのOPOWERという実在の電力会社の顧客を用いて,彼らに対するメッセージが電力使用行動にどんな影響を及ぼすかを調べた。OPOWER社は顧客に対して,電力使用状況に関するレポートを送っていたが,そこには,前月の電力の使用状況を,近隣の家の使用量と比較して通知するのである。たとえば,

「あなたの家庭 504kWh

 節約している近所の家 596kWh

 すべての近所の家 1092kWh

 先月あなたは節約している近所の家より15%使用量が少なかった」

といった情報が送られてくる。

 このようなレポートを各家庭に送ることで,どんな効果があったのだろうか。オルコットによると,電力消費量は全体としておよそ2%減っており,これは電力料金を11%から20%値上げした時と同じくらいの消費量の減少であるという。この例でも,近隣の他の家庭と比べることで,行動が変わったことになる。

同調性の逆効果

 SDGsからは離れてしまうが,同調性がマイナスに働いてしまうおそれがあることを見ていこう。最近は若者のワクチン接種希望率もずいぶん高くなってきたが,一時は,若者がワクチン接種に消極的だという報道が多くなされていた。たとえば,朝日新聞(8月26日)の記事の見出しは,『ワクチン,若年層の2割弱「接種しない」 都が調査結果』とあった。

 これに対して,行動経済学者で新型コロナ対策政府分科会のメンバーでもある大竹文雄氏は「この見出しのつけ方が,若者のワクチン摂取率に大きな影響を与える可能性について報道機関は真剣に考えるべきだ」と主張する(千葉2021)。東京都が行なったアンケートに若者の2割弱が接種しないと答えたのは事実であったが,大竹氏は「接種率を上げるためには『接種しない』という人の比率を強調することは逆効果」という。その理由として,「私たちの意思決定や行動は社会規範にかなり左右される。我々の研究でも,自分と同世代で接種を希望する人が多数であるということを知ると,接種を希望する人が増えるということがわかっています」と言う。逆に「『接種しない』と答えている人が2割もいると強調することは,自分も不安だから接種はやめておこう意思決定を強化する方向に力が働く可能性がある」と指摘する。

 報道機関は,よく注意しないと,社会規範として間違ったメッセージを与える恐れがあり,それがナッジとして機能して,望ましい行動を誘発できないことがある。

参考文献

Allcott, Hunt, 2011, Social Norms and Energy Conservation, Journal of Public Economics,

 vol.95, pp.1082-1095.

アリエリー,ダン,2017,『アリエリー教授の「行動経済学」入門』ハヤカワ文庫

千葉雄登2021.8.28「ワクチン,若者の6割「接種したい」なのに,なぜネガティブな声

 だけ強調?専門家は「逆効果」と批判」BuzzFeed News

 https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/covid-19-vaccine-youth-survey

Goldstein,Noah J., Robert B. Cialdini and Vladas Griskevicius, 2008, A Room with a

 Viewpoint: Using Social Norms to Motivate Environmental Conservation in Hotels,

 Journal of Consumer Research, vol.35, pp.472-482.

セイラー,リチャード,2019,『行動経済学の逆襲』ハヤカワ文庫