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朝型勤務

 2013年のことであるが,総合商社の伊藤忠は「朝型勤務」を導入した。これは,朝5時から8時までの早朝勤務を奨励し,逆に20時から22時までの勤務を原則禁止,22時以降の深夜勤務を禁止するというものだ。早朝勤務者には,残業手当のような割増賃金を払い,また無料の朝食も用意するという念入りのものだ。この制度の実施の結果,5年後の2017年には,実施以前に比べて,20時以降に退社した人は30%から5%に減少し,逆に8時以前の出社者は,20%から44%に増加した。さらに,一人あたりの時間外勤務時間は11%減少し,電気使用量も7%下落したそうである[1]。これだけならいいことずくめのように見える。

 さらに2015年には,政府も「働き方改革」の一環として同様の朝型勤務を推奨し,全府省庁を対象にした夏の朝型勤務と定時退庁を奨励する「ゆう活(ゆうやけ時間活動推進)」を始めた[2]。これには「かえって勤務時間が長くなる」といった懸念の声も上がっていたが,現在でも厚生労働省のHPでは大きく取り上げられ,この制度を導入している企業の例が数多く掲載されているので,推奨するという方針に変わりはないのだろう。

サマータイム

 日本オリンピック組織委員会は,2018年7月に,今年開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて,政府に対してサマータイム導入を提案した。理由は,暑さ対策と低炭素社会実現のためであった。結果として自民党内の研究会は,ITシステム改修問題や世間の反応を理由として,サマータイム導入には時期尚早という慎重論を示した[3]。その後,この件に関する議論は聞かれなくなったので,おそらく立ち消えになったのではないだろうか。

 しかし残念ながら,朝型勤務についてもサマータイム導入についても,それらが人の健康や認知にもたらしうる悪影響についての議論はほとんどなされてこなかったことに対して,睡眠の研究者からは心配の声が上がっている[4]。これについて,欧米で広く行なわれているサマータイム制の影響を調べた研究がある。サマータイムは毎年4月1日に時間を1時間繰り上げ,10月1日に元に戻すやり方である。毎年このサマータイム導入日には事故やミスが増えることがわかっている[5]。

始業時間の繰り下げの効果

 そこで,多様なクロノタイプの人がいることを前提とした方策として何が考えられるだろうか。社会の活動時間は朝型向きにできているので,夜型の人はしばしば不利益を被っていることになる。一定の始業時間など時間についての社会的な要請とクロノタイプが一致しないことによる睡眠不足やパフォーマンスの低下,健康への悪影響などは「社会的時差ボケ」といわれる。社会的時差ボケを減らすために,例えば始業時間を遅らせるなどによって,もう少し夜型に配慮することもできるだろう。

 こういった問題意識から行なわれた実験研究がある[6]。アメリカのシアトルでは,高校の始業時間を従来の朝7時50分から8時45分に55分繰り下げるという現場実験が行なわれた。高校生は夜型が多く,スマホやSNSなどを使うために夜遅くまで起きていることが習慣化している者も多数いる。始業時間繰り下げがどんな効果をもたらしただろうか。ダンスターら研究者は,この制度の実施前と実施後の同一の生徒たちの睡眠時間や成績,出席率などを調べた。それによると,始業時間が1時間近く遅くなったことで,生徒たちの平均睡眠時間は34分延び,成績は平均して4.5%上昇し,眠さやだるさといった睡眠不足に伴う感覚が減り,遅刻が大幅に減り,出席率が上昇したのである。たった1時間程度始業を遅くしただけで大きな効果が期待できる。同様な研究では,高校の始業時間を50分遅らせたところ,通学時の交通事故が減ったという[7]。  

柔軟な勤務形態を

 在宅勤務やフレックスタイム制を幅広く活用することで,勤務時間をもっと柔軟にすることはできるはずだ。そうすればパフォーマンスはより上がり,不正はより少なくなり,心身の満足度も上がるはずだ。それができないなら,職場で昼寝をとれるようにすることも有効である。シフトワーカーに対しては特に配慮が必要であろう。事実,シフトワーカーとクロノタイプの関連を調べた研究によると,朝の勤務シフトでは夜型の人の,夜の勤務では朝型の人のパフォーマンスが落ちることがわかっている[8]。研究者らは,企業が従業員の勤務シフトを組むときには,従業員のクロノタイプを考慮に入れた「賢く工夫したシフト・スケジュール」が,いいパフォーマンスを上げるためには必要だと主張する。

昼寝の効用

 また,昼寝や仮眠も効果がある。ちょっとした昼寝でも大きな効果が期待できるので,「パワーナップ」と呼ばれることもある。昼寝が人の注意や集中にプラスの影響を及ぼすことは,以前から指摘されている[9]。日本ではいくつかの会社が昼寝をできるスペースを設け始めているし,アメリカでも,ザッポスやグーグルなどを始め大企業を中心に昼寝を推奨し始めている。大学の図書館は,昼寝の設備を整えるべきだという面白い提案もされている[10]。このように昼寝をできるスペースを社内に確保したり,昼寝をしてもよいという文化をつくることが肝要だ。

クロノタイプの多様性に向き合う

 人種・性・障害などに関する多様性を認めなければならないというのが,現代社会の要請である。実際にこれらのついては,さまざまな多様性を認める方策をとっている企業も多い。しかしながら,クロノタイプに関する多様性は認められているとは言い難い。なんといっても世の中は朝型の人に有利にできているのである。言い換えれば,夜型の人は不当に差別されていると言ってもよい。

 現在,新型コロナウイルス対策として,在宅勤務やテレワークを実施する企業も増えてきた。つまり,なにも毎日きちんと出社する必要はないことになる。コロナウイルス対策を奇貨として,働く人の多様性により留意した勤務体制や環境の整備が必要である。

参考文献・資料

[1]伊藤忠商事(株)HP
 https://www.itochu.co.jp/ja/csr/employee/safety/working_style/index.html
[2]厚生労働省HP
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/summer/index.html
[3]『日本経済新聞』2018.10.31付
[4]日本学術会議, 2018, 「提言 サマータイム導入の問題点:健康科学からの警鐘」
[5]Sladek Martin, Michaela Kudrnacova Roschova, Vera Adamkova, Dana Hamplova and Alena Sumova, 2020, Chronotype Assessment via a Large Scale Socio-Demographic Survey Favours Yearlong Standard Time over Daylight Saving Time in Central Europe,
Scientific Reports, Vol.10 pp.1419-.
[6]Dunster, Gideon P., Luciano de la Iglesia, Miriam Ben-Hamo, Claire Nave, Jason G. Fleischer, Satchidananda Panda, Horacio O. de la Iglesia, 2018, Sleepmore in Seattle: Later school start times are associated with more sleep and better performance in high school students, Science Advances, Vol.4.
[7]Saadoun Bin-Hasan, Kush Kapur, Kshitiz Rakesh and Judith Owens, 2020, School Start Time Change and Motor Vehicles Crashes in Adolescent Drivers, Journal of Clinical Sleep Medicine.
[8]Juda,Myriam, Celine Vetter and Till Roenneberg, 2013, Chronotype Modulates Sleep Duration, Sleep Quality, and Social Jet Lag in Shift-Workers, Journal of Biological Rhythms, Vol. 28 No. 2, pp.141-151.
[9]Milner, C. E., and Cote, K. A., 2009, Benefits of Napping in Healthy Adults: Impact of Nap Length, Time of Day, Age, and Experience with Napping, Journal of Sleep Research, Vol.18, pp.272-281.
[10]Wise, M., 2018, Naps and Sleep Deprivation: Why Academic Libraries Should Consider Adding Nap Stations to their Services for Students. New Review of Academic Librarianship, Vol.24, No.2, pp.192-210.