「うちは、ほぼ全員が中途採用」。合皮メーカー、ボンドメーカー、不織布メーカーなど、さまざまな業種から集まった“知恵”と“経験”が雪ヶ谷化学工業の財産だ。そうした集合体から生まれるのは、他社にはない独自の企画力と開発力。現在は、化粧用スポンジに変わる主力商品として水質浄化素材の「Y-CUBE」で飛躍を狙う。

 知らない者同士が集う組織をまとめるのは大変ではないのか——。そんな問いかけに坂本社長は「考えたこともなかった」と答える。今はITツールを入れて“働きやすさ”の後方支援作りに着手している。

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社長に就任して以来、働きやすい環境づくりを整備してきたと話す坂本氏

ITツールで"なすべきこと"が見えてくる

 雪ヶ谷化学工業では、人事制度・評価制度といった仕組みに関しては、時代に合った方法に整備中だという。坂本氏は社長就任後のこの2年間、働きやすい環境、前向きに働ける環境の整備に力を入れてきた。

 「世代が変わり、弊社にも20代後半から30代前半の若い人材がたくさん入社してくるようになりました。転職組を採用する場合、『前の会社でこれだけ頑張れば、これだけ評価されていた』といった比較材料を持っている。そうした方が弊社に来た際、弊社の制度が見劣りしたら、採用した社員に申し訳ない。その思いから新たな人事制度・評価制度を作り、ようやく退職金制度まで漕ぎ着けることができました」

 そうした整備を総務担当者と相談しながら進めていく中、勤怠管理・経費精算の効率化を進めるためにチームスピリットの「TeamSpirit」を導入した。

 「もちろん従来も勤務管理を実施していましたが、日常の仕事の中でどうしても出勤・退勤の記録や経費精算など、後から『これ、何だっけ?』となることはあるじゃないですか。その点、ツールを使えば確実に記録が残るし、休暇も含めて細かい点をしっかり補強できる。

 それによって、社内のいい加減さがなくなればいいなと思っています。実はこれって、全ての業務に共通していることだと思うんですよ。『これくらいでいいか』と、これまで何となく曖昧にしてきたことを明確にすることで、自分のなすべきことも明確に見えてくる」

その場で採用を下す徹底した中途採用主義

 坂本氏は半導体製造装置のディスコ出身であり、自身も中途入社である。驚くことに、雪ヶ谷化学工業の社員は、ほぼ全員が中途採用者である。このユニークな採用方法は先代からの習わしで、今後も変えていくつもりはないという。

 「例えば開発部には、合皮メーカーから来た社員もいれば、不織布を作ってた社員もいます。営業部の部長はもともと射出成形メーカーだったし、営業担当には接着剤メーカーや、それこそ化粧品会社から来た社員もいます。アルバイトから社員に登用し、現在は役員をやっている社員が一人だけいますが、総務など間接部門も基本は中途です」

 さまざまな業種でスキルを積んだ人材の「知恵」を持ち寄り、独自の企画力や発想力を生み出してきた。これまでも、知恵の集合体だからこそ成し得た"気づき"により、思いもよらない使用法を発見したことがあった。

 「高機能ポリウレタンの『テラポリカ』という素材があります。これはもともと材料メーカーから液状ポリカーボネートが持ち込まれ、『これを何とかスポンジにできないか?』と言われて開発したものです。なぜ弊社に話が持ち込まれたかというと、おそらく大企業に持ち込んで失敗したか、相手にされなかったからだと思うんですが(笑)。そして我々は液状ポリカーボネートなら『劣化しないスポンジ』が作れるんじゃないかと思いつき、スポンジ化に成功したんです。

 そこで、できたスポンジの特性を調べてみたところ、弊社の社員が『このスポンジだったら、スピーカーに使えるんじゃないか』とピンときたんですね。これは、さまざまな産業の知見を持っている社員が多いゆえの発見でした」

テラポリカを採用したスピーカーのパーツ。社員の閃きから生まれた製品だテラポリカを採用したスピーカーのパーツ。社員の閃きから生まれた製品だ

 中途採用の長所を受け継ぐ一方で、社員募集そのもののやり方に関しても坂本氏の工夫がみられる。

 「コストをかけていい人に来てもらう確率を上げる。転職エージェントの紹介制サービスを利用しますが、転職希望者に我々がどう映っているか、自社の立ち位置を考えて採用活動を行います。

 例えば弊社の規模では10人も20人も良質な人が面接に来てくれるわけではない。そこで私が直接面接をして、『これは!』と思う方にはその場で採用をお伝えします。伝家の宝刀です(笑)。本当に入ってほしい方に来ていただいたときは、相手にも驚きがあったほうが弊社に来てもらえる可能性が高くなるかなと思いまして(笑)」

 同社は町工場や中小企業が多い東京都大田区に本社を構えている。そうした地に本社を置くことにこだわりがあるのかと思いきや、坂本社長はあっさりとこういう。

 「こだわりはないですよ(笑)。私も引き継いでまだ2年なので、いっぺんに全てを変えるというわけにはいかないんですが。最適な働く環境について聖域無く考慮していきたいと思っています。

 弊社が発展したのはこの地(東京都大田区)です。近くに工場があったんですが、その名残で本社もここに置いているというだけです。企業はやっぱり人だと思っていますから、いい人に来てもらって効率的に働いてもらうことを考えると、最低限、駅の近くがいいですね。いい人に来ていただきやすい環境を整えるということです」

一度はお世話になったことがあるだろう虫さされ薬の「あのスポンジ」も同社製一度はお世話になったことがあるだろう虫さされ薬の「あのスポンジ」も同社製

小さな素材が会社の未来を変える

 現在、化粧用スポンジ「ユキロン」に次ぐ主力製品として雪ヶ谷化学工業が注力するのが「Y-CUBE」(水処理用微生物固定化PVA担体)である。高い親水性と優れた耐摩擦性を持ち合わせたこの素材によって、水処理施設のオペレーションコスト削減に貢献することを目指している。坂本氏が注目しているのは、下水管のフィルタリングだ。

 「雨が降ると地下水脈へ辿り着くわけですが、これだけ道路があって車が走っていると、雨水が汚れてしまいます。つまり、我々の飲み水の源泉が汚れてしまうので、フィルター処理をしなくてはならないのです。現在の東京の下水管はかなり昔のインフラで、昨今のゲリラ豪雨など想定していません。ちょうどこれから改修工事にとりかかる予定で、今後はゲリラ豪雨にも対応できる下水管に変えていくという話が出ています。その際、雨水が地下水脈へそのまま流れ込んでいかないようにフィルタリングする。そこにY-CUBEが使えるかどうか、効果説明をさせてもらっているところです」

雪ヶ谷化学工業の次代のエース「Y-CUBE」。小さな素材だが、大きな可能性を秘めている雪ヶ谷化学工業の次代のエース「Y-CUBE」。小さな素材だが、大きな可能性を秘めている

 もっとも実績を積んでいるのが海水のろ過である。Y-CUBEを通すことにより、海水中のビブリオ菌も10の5乗個から10の2乗個にまで減少するとの結果が出ている。

 「2020年の東京オリンピックでは、カヌーやトライアスロンなど、東京湾を使う予定の競技があるんですが、今は(そうした競技の予定地に)大腸菌がウヨウヨしていて泳げない。その浄水対策にもY-CUBEが貢献できないか検討しています。

 さらに微生物をY-CUBEの中で繁殖させ、いわゆる担体として汚水を分解することもできるため、この4月から公共下水処理場でのY-CUBEの採用が決定しました。これをきっかけに、全国の公共施設で導入を検討していただければ嬉しいですね。

 結構、汚水はいろんな場所にあるんですよ。もちろん下水がもっとも大きいですが、下水が汚れる原因は、実はトイレットペーパーにあるんです。ということは、トイレットペーパーを製造する製紙会社さんも大量に汚水処理をしなくてはならない。そこにもY-CUBEを提供し始めているので、これも花開くのではないかと期待しています」

 面白いことに、Y-CUBE自体の効果も偶然の産物だったのだという。

「担体としての用途は想定していましたが、菌がフィルタリングできるなんて思っていませんでした。それから、素材自体の特性があり、違う素材でやっても同じような効果は出ない。実はちょっとした独自製法があり、普通の製法だとY-CUBEで実現している機能にはならない。ですから、特許を取って独自性を確保しています」

大企業は委縮しすぎ、中小だからできる冒険

 ユキロンに変わる看板を手に入れつつある坂本氏は、Y-CUBEの飛躍に比例するかのように社員の増員にも目を向けている。

 「2014年11月、ある展示会でY-CUBEを発表したら思った以上に盛況で、さらにたくさんの話が一度に押し寄せている状態なんです。正直、今の体制でこれを全てスピード感を持って進めていくのはなかなか難しい。Y-CUBEの仕事が立ち上がっている最中ですから、ここからいつ走っていくかを見極めなければなりません。アクセルを踏むタイミングでは、バーンと人員を増やさなくてはいけないと思っています」

 となれば、見据える先は上場か。しかし、今後の展望に関しては意外な答えが返ってきた。

 「上場は考えていないですね。これは先代に感謝したいのですが、弊社は無借金経営なので、今の状態では上場するメリットが考えにくい。今後、莫大な投資をするのであれば考えなくもないでしょうけど、今は持っているものでできる環境ですから。

 実のところ、製品開発の見通しとか、会社の見た目などはあまり意識していないんです。なるようにしかならないと思っていますから。ただし、中小企業でありながらもさまざまなところがきちんと整理されていて、社員が生き生きと働いているようなイメージは常に持っています。結局、働く人の前向きさと風通しの良い組織を育てていくと、自然といい結果が循環するという考え方です。

 今、大企業って萎縮しすぎなところがありませんか。社内外どこかからクレームが来ると過剰に反応してしまう。所帯が大きくて個々人が組織や事業の全体像を見えていないと『それって、本当に問題なの?』と思うようなところでも、簡単に変えてしまうケースってたくさんありますよね。事業の全体像が見えやす小さな組織の方が、そういう事は起きにくいし、働く人の「働きがい」も大企業よりあるんじゃないでしょうか。

 そんな状況だからこそ、弊社に限らず中小企業はいろんなことができると思っています。社内を活性化して、外に向けて目を広げていけば、中小企業が主体となってもっと日本が元気になると思っています」


雪ヶ谷化学工業 坂本昇氏インタビュー

text:Masaki Koguchi(Spool)/Takanori Kuroda pic:Takeshi Maehara